失われる境界
※嘔吐が性癖な友人の誕生日にあげたものなので思いっきり嘔吐しています(環が)
苦手な方は絶対に読まないでください※
いつもの「気配」というものがある。そこにいる、という気配だけではなくて、「あ、今、話しかけようとしているな」という気配や、「これ、そろそろ必要だろうな」、という気配や、生活全般の気配。それは相手との関係が密になればなるほど、鋭敏になるものだ。
気配が、ない。環が部屋から出てくる気配がない、と壮五が思ったのは、環との約束の時間の十五分ほど前のことだった。約束、と言っても、オフがてら二人で新しいスニーカーを買いに行くだけなので調整の余地は多分にある。が、問題は環が時間に遅れそうだということではなくて、その「気配」の在り方だった。起きている気配がない、のは良い。起こせばよいだけ。でも――違う。なんだかこう、静かすぎるというか、うまく説明はできないが、壮五にしか感じ取ることのできないよくない胸騒ぎが体の中心をよぎったのだ。
そういえば。昨日は、環の二十歳の誕生日から二日後で。大和と三月が環にお酒を買ってきて、飲ませていた。それはそれは値が張るものから、環が好きそうな果実系やスイーツ系のリキュールまで。それを環は、「いがいとおいしい。ジュースみてぇ」と言って、壮五が止めるのも聞かずに「だいじょーぶだいじょーぶ」とぐいぐいのんでいたっけ。
壮五のような度が過ぎた絡み酒はもちろん、大和や三月のように酔って羽目を外すわけでもなく、二人が買ってきた酒のあてと一緒に、ぐびぐびと、特に変わった様子もなく飲んでいて、「環くんってお酒、強いんだな」と感心をしたものだ。でも、念のため壮五は酒を飲まずにいた。その後、リビングで寝てしまっていた環を自室に連れて行き、その時は体調に変わったところなどなかったようなので、水を飲ませてベッドに寝かせた。すうすうという規則正しい寝息に安心して壮五も自室に戻ったのだが――
「環くん、起きられるかな? ……開けても、いい?」
返事が、ない? と思いきや――「んー……」という重いけれどか細い声が聞こえてきて、「開けるね」と宣言するのも忘れて環の部屋に飛び込んだ。
「だ、大丈夫!? 環くん……!」
ベッドの中で枕に頭を突っ伏してうなっている環を見て、壮五はいちもにもなく駆け寄った。
「……あたま、…………」
「頭が痛いのか?」
「がんがん……」
「そっか。二日酔いだね。お薬持ってくるからちょっと待っててね」
「まっ……て……」
「え、なに?」
「ぐるぐるする……」
「ぐるぐる? 気分が悪いのか?」
ベッドサイドに腰掛けて環の背中に手を置くと、環が「うっ……」とうなった。
「顔色が良くないね。ちゃんと眠れたのかな?」
「や……かも」
「え?」
「せなか、それやばい、かも」
「背中、触らない方がいいのかな?」
顔を覗き見ると、赤い目が潤んでいる。
「きもち……わ、かんな……」
環としても、背中をさすられて気持ちがいいのか、悪心が加速するのか、判断できないのだろう。この二日酔い独特の感覚は、壮五にも覚えがあった。何をされても、つらい。見苦しいので誰にも苦しんでいるところを見せたくないが、でも、誰か――自分が頼れる人であれば、そばにいてほしい。以前、薬を飲んだ後、環の手で頭をゆっくりなでられたら、信じられない速度で体調が回復したことを思い出した。いつも環はどうしてくれたっけ。
「環くん、気持ちが悪いのなら、一回吐いてしまった方がいいかも」
「は……くん?」
「うん。胸がむかむかするでしょ。吐いたらすっきりすると思うよ。吐けそうかな? トイレまで行け……なさそうだね。ちょっと待ってね」
洗面器でも持ってくるかと壮五が立ち上がろうとすると、環がわずかに動いた。手が、壮五の方に少し動いただけで、つかまれたとかそういうわけではなかったけれど、壮五にはその手が何を言わんとしているのか、わかってしまった。うつぶせで、苦痛を逃そうと懸命に息をしている環に、きゅっと身を寄せた。
環の体温と呼吸を改めて感じたその時――最近はいつも頼もしいばかりの環が、小さく丸まって震えてしまっているという状況に――もちろん、心配ではあるが、なんだか無性にいとおしく、慈しむべき存在に思えて、壮五は「僕が必ず守らなければ」と決意をかたくする。
壮五は、かろうじて手の届く位置にあった小さなゴミ箱を手繰り寄せると、お菓子が入れっぱなしになっているコンビニの袋から内容物を丁寧に取り出し、ゴミ箱にかぶせた。
「環くん、大丈夫だよ」
壮五が背中をさすると、環が「うっ」と軽くえずいた。
「吐いちゃった方がよくなるから。僕も手伝うから、頑張ってみようか。上半身、少し起こせるかな? そうそう。ゴミ箱の中、吐いちゃっていいからね」
「そ、ちゃ……うっ……」
はあはあと、環の呼吸が短く荒くなる。
「おぇ……っうっ……は、は……」
「そうそう、その調子。大丈夫だからね」
「うぇ……は、」
そのまましばらく背中をさすったが、吐き気はあるものの、なかなか決定打がないらしい。少し思案したのち、壮五は、
「環くん、ちょっとごめんね」
「な、……うっうあ”……!」
えずく環の口内に、人差し指をさしこんだ。環が、目を見張る。舌の付け根をぐっと押すと、
「うっうおえ”っ……!」
びたびたびた、という音とともに、ゴミ箱の中に環の吐しゃ物が落ちた。壮五の指から手に吐しゃ物がかかり、つーっと、肘をつたってぽたりとベッドシーツに落ちた。
「ん……全部、出たかな? 気分はどう?」
は、は、という呼吸が段々落ち着いてきたかと思うと、環は眉をしかめて、きっ……と、壮五を見やった。
「しんっ……じらんねぇ! あんた、正気かよ!?」
「ご、ごめん! いやだった? でも二日酔いの悪心は吐くのが一番の薬で――」
「そこじゃねぇよ! 指突っ込んで、俺のゲロかかったじゃん! きたねーだろふつうに!!」
「環くんが楽になるなら僕はかまわないのだけど、やっぱりいやだったよね。ご、ごめんね。次からは別の策を考えます……!」
「あー……いや」
うなだれる壮五を前に、
「しゅんってさせたいんじゃなくて……」
環は、首の後ろに手を当てた。
「……ありがと、そーちゃん。マジで、けっこう楽になった」
そう言いながら箱ティッシュから何枚かまとめてティッシュを出し、壮五に渡した。
「ほんと? それならよかったけど……」
「指、も、びっくりしたけど。いやだったんじゃなくて……ほんと、びっくりしただけ。……え、てか、もしかして、口に手突っ込んで手ぇゲロまみれになるのって、もしかして酔っぱらいの中ではふつー……?」
「いや……普通かどうかは……どうかな……? 相手が環くんだから、あんまり考えてなかったかも」
「あ……そーなん……?」
環が、黙る。何か考えているように、あごに手を当てて下を向いた。
「まあ、でも、」
それから、納得したように壮五の顔を見る。
「考えてみたら、俺も別に平気かも。そーちゃんのゲロなら。てか今までけっこうあびてっし。そーちゃんのゲロ。あー、そっか。俺も、平気。平気なんだ、そういえば……」
「そ、それはいつも、本当に申し訳なく思っていて……! でも環くん、昨日は体調に変化はなかったみたいだけど、翌日に出るタイプなのかな? というか、本来強いんだろうけど、初めての飲酒で体がびっくりしちゃったのかもね」
「ん-……それは……」
「これからは少し気を付けた方がいいかも。あ、これは自分を棚に上げて言っているんじゃなくて、君にはなるべくつらい目にあってほしくなくて……!」
「ん、だいじょぶ。つーかこれからは、あんま飲まない」
「そうなの? お酒、好き嫌いあるしね。環くんがあんまり好きじゃないならそれでいいかもしれないね」
「違くて、昨日はなんか……あんたが好きなお酒、俺、いっぱい飲める体質なんだみたいに思ったら嬉しくて、ちょっと調子に乗った」
「そ……そうなんだね」
「おー。……あ、嬉しそうな顔」
「あ、ご、ごめん。不謹慎にも少し嬉しくなってしまった……」
「いーよ。でも別に、お酒、楽しかったけどそこまでめっちゃ好きってわけじゃない……と思うから、メッゾの酒担当はあんたに譲る。これからも俺はお世話係で」
お世話係で、と言うときの環の顔が甘くなった気がして、壮五は少し、胸がずんと熱くなった。
「なんだか忍びないな……でも、今日は僕に君がその担当だね。今まで世話させてきた分、丹精込めてお世話させてください。それで、今日は環くん、頭痛もあるだろ? 薬飲んで寝ていた方がいいよね」
「えー、でも、スニーカー……」
「それはまた買いに行けばいいよ。布団も洗濯した方がいいし……君のベッド少し片づけるから、口ゆすいだら、僕の部屋で寝てて。僕も、今日は君とゆっくりしようかな。最近ちょっと忙しかったろ、僕たち。だから……いい?」
壮五が汚れていない方の手で環の頭を撫でると、逡巡の後、環がこくりと頷いた。
「じゃ、そうと決まったら……立てそう? ……ん、よかった。じゃあ洗面所に寄ったら、そのまま僕の部屋に行ってね。吐いた直後は胃に何も入れない方がいいから、朝ごはんは少し時間が経ってからにしようね。それから――」
壮五が、ふと環の顔を見た。かと思うと――きゅっと口を結んで、すぐに反らした。
これがなんの気配か、環は知っていた。でも――。
考える。普通に考えたら、実行に移さない方がいい。だって、吐いた直後だし。唇は拭いたけど、きっとそういう問題ではないし。でも、別に――
(俺、そーちゃんが吐いた後でも別に平気だから、いっか)
そう思って、立ち上がろうとしている壮五の服の裾をつかんで、そっとくちびるを寄せた。
苦手な方は絶対に読まないでください※
いつもの「気配」というものがある。そこにいる、という気配だけではなくて、「あ、今、話しかけようとしているな」という気配や、「これ、そろそろ必要だろうな」、という気配や、生活全般の気配。それは相手との関係が密になればなるほど、鋭敏になるものだ。
気配が、ない。環が部屋から出てくる気配がない、と壮五が思ったのは、環との約束の時間の十五分ほど前のことだった。約束、と言っても、オフがてら二人で新しいスニーカーを買いに行くだけなので調整の余地は多分にある。が、問題は環が時間に遅れそうだということではなくて、その「気配」の在り方だった。起きている気配がない、のは良い。起こせばよいだけ。でも――違う。なんだかこう、静かすぎるというか、うまく説明はできないが、壮五にしか感じ取ることのできないよくない胸騒ぎが体の中心をよぎったのだ。
そういえば。昨日は、環の二十歳の誕生日から二日後で。大和と三月が環にお酒を買ってきて、飲ませていた。それはそれは値が張るものから、環が好きそうな果実系やスイーツ系のリキュールまで。それを環は、「いがいとおいしい。ジュースみてぇ」と言って、壮五が止めるのも聞かずに「だいじょーぶだいじょーぶ」とぐいぐいのんでいたっけ。
壮五のような度が過ぎた絡み酒はもちろん、大和や三月のように酔って羽目を外すわけでもなく、二人が買ってきた酒のあてと一緒に、ぐびぐびと、特に変わった様子もなく飲んでいて、「環くんってお酒、強いんだな」と感心をしたものだ。でも、念のため壮五は酒を飲まずにいた。その後、リビングで寝てしまっていた環を自室に連れて行き、その時は体調に変わったところなどなかったようなので、水を飲ませてベッドに寝かせた。すうすうという規則正しい寝息に安心して壮五も自室に戻ったのだが――
「環くん、起きられるかな? ……開けても、いい?」
返事が、ない? と思いきや――「んー……」という重いけれどか細い声が聞こえてきて、「開けるね」と宣言するのも忘れて環の部屋に飛び込んだ。
「だ、大丈夫!? 環くん……!」
ベッドの中で枕に頭を突っ伏してうなっている環を見て、壮五はいちもにもなく駆け寄った。
「……あたま、…………」
「頭が痛いのか?」
「がんがん……」
「そっか。二日酔いだね。お薬持ってくるからちょっと待っててね」
「まっ……て……」
「え、なに?」
「ぐるぐるする……」
「ぐるぐる? 気分が悪いのか?」
ベッドサイドに腰掛けて環の背中に手を置くと、環が「うっ……」とうなった。
「顔色が良くないね。ちゃんと眠れたのかな?」
「や……かも」
「え?」
「せなか、それやばい、かも」
「背中、触らない方がいいのかな?」
顔を覗き見ると、赤い目が潤んでいる。
「きもち……わ、かんな……」
環としても、背中をさすられて気持ちがいいのか、悪心が加速するのか、判断できないのだろう。この二日酔い独特の感覚は、壮五にも覚えがあった。何をされても、つらい。見苦しいので誰にも苦しんでいるところを見せたくないが、でも、誰か――自分が頼れる人であれば、そばにいてほしい。以前、薬を飲んだ後、環の手で頭をゆっくりなでられたら、信じられない速度で体調が回復したことを思い出した。いつも環はどうしてくれたっけ。
「環くん、気持ちが悪いのなら、一回吐いてしまった方がいいかも」
「は……くん?」
「うん。胸がむかむかするでしょ。吐いたらすっきりすると思うよ。吐けそうかな? トイレまで行け……なさそうだね。ちょっと待ってね」
洗面器でも持ってくるかと壮五が立ち上がろうとすると、環がわずかに動いた。手が、壮五の方に少し動いただけで、つかまれたとかそういうわけではなかったけれど、壮五にはその手が何を言わんとしているのか、わかってしまった。うつぶせで、苦痛を逃そうと懸命に息をしている環に、きゅっと身を寄せた。
環の体温と呼吸を改めて感じたその時――最近はいつも頼もしいばかりの環が、小さく丸まって震えてしまっているという状況に――もちろん、心配ではあるが、なんだか無性にいとおしく、慈しむべき存在に思えて、壮五は「僕が必ず守らなければ」と決意をかたくする。
壮五は、かろうじて手の届く位置にあった小さなゴミ箱を手繰り寄せると、お菓子が入れっぱなしになっているコンビニの袋から内容物を丁寧に取り出し、ゴミ箱にかぶせた。
「環くん、大丈夫だよ」
壮五が背中をさすると、環が「うっ」と軽くえずいた。
「吐いちゃった方がよくなるから。僕も手伝うから、頑張ってみようか。上半身、少し起こせるかな? そうそう。ゴミ箱の中、吐いちゃっていいからね」
「そ、ちゃ……うっ……」
はあはあと、環の呼吸が短く荒くなる。
「おぇ……っうっ……は、は……」
「そうそう、その調子。大丈夫だからね」
「うぇ……は、」
そのまましばらく背中をさすったが、吐き気はあるものの、なかなか決定打がないらしい。少し思案したのち、壮五は、
「環くん、ちょっとごめんね」
「な、……うっうあ”……!」
えずく環の口内に、人差し指をさしこんだ。環が、目を見張る。舌の付け根をぐっと押すと、
「うっうおえ”っ……!」
びたびたびた、という音とともに、ゴミ箱の中に環の吐しゃ物が落ちた。壮五の指から手に吐しゃ物がかかり、つーっと、肘をつたってぽたりとベッドシーツに落ちた。
「ん……全部、出たかな? 気分はどう?」
は、は、という呼吸が段々落ち着いてきたかと思うと、環は眉をしかめて、きっ……と、壮五を見やった。
「しんっ……じらんねぇ! あんた、正気かよ!?」
「ご、ごめん! いやだった? でも二日酔いの悪心は吐くのが一番の薬で――」
「そこじゃねぇよ! 指突っ込んで、俺のゲロかかったじゃん! きたねーだろふつうに!!」
「環くんが楽になるなら僕はかまわないのだけど、やっぱりいやだったよね。ご、ごめんね。次からは別の策を考えます……!」
「あー……いや」
うなだれる壮五を前に、
「しゅんってさせたいんじゃなくて……」
環は、首の後ろに手を当てた。
「……ありがと、そーちゃん。マジで、けっこう楽になった」
そう言いながら箱ティッシュから何枚かまとめてティッシュを出し、壮五に渡した。
「ほんと? それならよかったけど……」
「指、も、びっくりしたけど。いやだったんじゃなくて……ほんと、びっくりしただけ。……え、てか、もしかして、口に手突っ込んで手ぇゲロまみれになるのって、もしかして酔っぱらいの中ではふつー……?」
「いや……普通かどうかは……どうかな……? 相手が環くんだから、あんまり考えてなかったかも」
「あ……そーなん……?」
環が、黙る。何か考えているように、あごに手を当てて下を向いた。
「まあ、でも、」
それから、納得したように壮五の顔を見る。
「考えてみたら、俺も別に平気かも。そーちゃんのゲロなら。てか今までけっこうあびてっし。そーちゃんのゲロ。あー、そっか。俺も、平気。平気なんだ、そういえば……」
「そ、それはいつも、本当に申し訳なく思っていて……! でも環くん、昨日は体調に変化はなかったみたいだけど、翌日に出るタイプなのかな? というか、本来強いんだろうけど、初めての飲酒で体がびっくりしちゃったのかもね」
「ん-……それは……」
「これからは少し気を付けた方がいいかも。あ、これは自分を棚に上げて言っているんじゃなくて、君にはなるべくつらい目にあってほしくなくて……!」
「ん、だいじょぶ。つーかこれからは、あんま飲まない」
「そうなの? お酒、好き嫌いあるしね。環くんがあんまり好きじゃないならそれでいいかもしれないね」
「違くて、昨日はなんか……あんたが好きなお酒、俺、いっぱい飲める体質なんだみたいに思ったら嬉しくて、ちょっと調子に乗った」
「そ……そうなんだね」
「おー。……あ、嬉しそうな顔」
「あ、ご、ごめん。不謹慎にも少し嬉しくなってしまった……」
「いーよ。でも別に、お酒、楽しかったけどそこまでめっちゃ好きってわけじゃない……と思うから、メッゾの酒担当はあんたに譲る。これからも俺はお世話係で」
お世話係で、と言うときの環の顔が甘くなった気がして、壮五は少し、胸がずんと熱くなった。
「なんだか忍びないな……でも、今日は僕に君がその担当だね。今まで世話させてきた分、丹精込めてお世話させてください。それで、今日は環くん、頭痛もあるだろ? 薬飲んで寝ていた方がいいよね」
「えー、でも、スニーカー……」
「それはまた買いに行けばいいよ。布団も洗濯した方がいいし……君のベッド少し片づけるから、口ゆすいだら、僕の部屋で寝てて。僕も、今日は君とゆっくりしようかな。最近ちょっと忙しかったろ、僕たち。だから……いい?」
壮五が汚れていない方の手で環の頭を撫でると、逡巡の後、環がこくりと頷いた。
「じゃ、そうと決まったら……立てそう? ……ん、よかった。じゃあ洗面所に寄ったら、そのまま僕の部屋に行ってね。吐いた直後は胃に何も入れない方がいいから、朝ごはんは少し時間が経ってからにしようね。それから――」
壮五が、ふと環の顔を見た。かと思うと――きゅっと口を結んで、すぐに反らした。
これがなんの気配か、環は知っていた。でも――。
考える。普通に考えたら、実行に移さない方がいい。だって、吐いた直後だし。唇は拭いたけど、きっとそういう問題ではないし。でも、別に――
(俺、そーちゃんが吐いた後でも別に平気だから、いっか)
そう思って、立ち上がろうとしている壮五の服の裾をつかんで、そっとくちびるを寄せた。
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