5時53分の空で見つけた君と僕

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夏が終わり、秋へと向かう冷たい空気の中
僕は毎日の日課のランニングをしていた。
夏場では、太陽の日差しが強くとても走れる気候ではない為、僕は早朝の日が出る前に走っている。
来年は高校へ進学する。
サッカー部のみんなとも試合に出れるのはあと少しだけ…
自分の今の青春を全て全力でぶつけたくて、体を鍛えて毎日走っていた。

「はぁ…、はぁ…、」

冷たくなって来た空気に、強い風
鼻先が冷えて赤くなり、肺には冷たい空気が入ってくる。
それでも僕は毎日走っていた。
でも、そんな僕が脚を止める出来事があった。




そろそろ日が出始める時間【5時53分】を腕時計が示している。
夜空は青色から紫色、黄色、オレンジ…
とても幻想的に染まるこのひとときが、1番好きだ。
丘になっているお気に入りの公園まで駆け上がり、夜明けの空を仰ぐ。

「今日も綺麗だ…」

誰もいない時間、この空を独り占めしている僕は何て贅沢なんだろう…
空気が澄んできているせいか、夏場よりますます綺麗に見えてくる。


キコォ… キコォ…


静かに鳴る錆びた金属音に、一瞬心臓が跳ねる。
ハッと音が鳴った方を見ると、遠くに1人、ブランコに腰掛けて同じように空を眺めてる人がそこにいた。
髪の毛はクシャッとウェーブがかかっていて、真っ白なシャツにパンツ姿。
身長的に男性だろう。
しかし、なんとも華奢で、シャツからのぞく腕は折れそうなほど細い。
僕は空を眺める事を忘れて、その人を凝視していた。

しばらく彼を見つめていて、気がついたら上がっていた息も整い、今は気付かれない様に息を潜める様に呼吸をしていた。

カシャンッ

彼がブランコから立ち上がった瞬間、目に眩しい光が挿し込んでくる。

「あ…」

日の出だ

思わず太陽を手で隠して目を瞑る、そして、ゆっくり目を開けると、ブランコには彼の姿は無く、小さく静かに揺れるブランコだけだった。

「あれ?どこいったんだろ?」

走って僕はブランコの方へ向かった。
ブランコの先は緩やかな傾斜と芝生が広がっていて、他には何も無い。
なぜか彼の姿はどこにも無かった。
その時ふと思った

「まさか、幽霊でも見たんじゃ…、白い服着てたし、痩せてたし…。マヂかぁ」

思わずブルっと武者振るいが走り、太陽を背に慌てて丘を下り自宅へと走り出した。
でも、
幽霊だとしても、
自分の目が、彼を離さなかった、一瞬でその後ろ姿に惹きつけられてしまったのは事実で…




「テヒョン…、テヒョン!おぃ!」

「あ、悪い。何?」

「いゃ、大丈夫?ぼーっとするなんてお前らしくない」

「だよね。自分でもそう思うよ」

「廊下見てみろ、隣のクラスのヒュニンカイが、呼んでるぞ」

「テヒョンーー!あ、気づいた!こっちこっち!」

韓国とアメリカのハーフのヒュニンカイは僕の親友で、同じ学年で、同じサッカー部。
ヒュニンカイは補欠で、僕はスタメン。
ヒュニンカイはサッカーというより、ダンスと歌、ピアノが上手くて、ほぼ僕に合わせてサッカー部に入っている様な物だ。
この間は、ヒュニンカイとヒュニンカイのお姉さんで路上ライブをやってたりしたっけ。
それでも、スタメンに入りそうな勢いで上手いのは彼のセンスの良さだろう。

「カイ!ごめん!魂飛んでた!」

「テヒョンにしては珍しいね、何かあった?★」

彼が大好きな葡萄ジュース片手に、ウインクを決めてくる。
思わず頬が緩んだ。
良かった、いつもの自分に戻れそうだ。

「それがさ、今日さ、朝走ってたら変な人見たんだよ。もしかしたら幽霊かも」

「幽霊!?ギャァー!無理無理!そーゆう話!」

「ちょっ!叫ぶなよ、声が大きい!」

やっぱり幽霊なのだろうか、だとしたら少し怖い気もする…。





それでも僕は次の日も同じ道を走った。
朝焼けに空の色が変わり始める。
あぁ、やっぱりなんて綺麗なんだろうか…。
昨日と同じ時間に公園の高台に駆け上がると、無意識に視線はブランコへ行った。

誰もいない。

良かった…のか?
空を見上げながら、ゆっくりとブランコの先の芝へと歩いていくと

「!?」

そこには人が仰向けに倒れていた。
さっきの所からは傾斜になって見えなかったんだ。
思わずビックリして少し跳ね上がると、仰向けに倒れていた人は瞑っていた目をゆっくり開けて、しばらくボーッとした後、上から見下ろされてる事に気がつき、ゆっくりとこちらに焦点を合わせた。
クシャッとウェーブがかかった髪の毛と、白いシャツに白いパンツ姿は、まさに昨日目にした彼だった。

「………ッ!」

近くで見ると、彼の顔は女の子みたいに可愛く、目はクリッとしていて、七色に光った空が映り込んだ瞳とオレンジ色に染まる頬、影ができるほど長いまつ毛に引き込まれそうになった。

「あ、お邪魔してすみませんでした」

咄嗟に出た一言がこれだった。
彼はゆっくりとパチパチと瞬きをして、何も言わずにキョトンとしていた。
僕も謝ったのならその場を去れば良いのに、離せない彼の姿をジッと見下ろして、この顔から何をどんな声が、言葉が発せられるのだろうかと好奇心に飲み込まれていた。
何か言ってくるかな?
冷静に相手の出方を待っていたが、彼は視線を僕の目からオレンジ色に染まり始める空へ移した。

「………。」

逸らされた視線と沈黙にどうしたら良いのか、今更引き上げても変だろうし
かと言って、また声をかけたら嫌がられるだろうか。

「どこか遠くで、時々呼ばれてた気がしたんだ。それって君だったの?」

「え?」

意外と彼の声は低く、落ち着いていた。
寝ていた状態を起こし、彼は朝焼けに染まるオレンジ色の光に頭から足先まで染まる。
その姿に、背中に天使の羽が生えているのでは無いかと一瞬目を疑ってしまったが、もちろん彼の背中からは何も生えておらず、普通の人間だった。

「君みたいな声だった気がするんだ。少し高めで…」

「僕は今日初めてあなたと話すので、違うと思いますが…。大丈夫ですか?」

「そっか…。違うか」

残念そうに笑い俯くと、また空を見上げた。
また生まれる沈黙に、ぎこちない空気が流れてる気がした。

「僕はいつもこの辺りを走っているんです。昨日あなたがブランコに乗ってる後ろ姿を見かけたんです。この辺に住んでるんですか?」


彼がこちらを見つめる。
思わずドキッとして鼓動が早く鳴る。
何か言いたげな目をしていたが、諦めたようにスッと立ち上がり、歩き始めた。

「ねぇ、見て。光ってる」

僕の質問に返答する事なく、彼は空を指差す。
言われたとうりに、指差す方を見ると、太陽の光が溢れ出してきて、虹色の光が放射線状に輝き出した。
見た事がない綺麗な景色のせいか、それとも彼に見つめられたせいか、まだ心臓の鼓動は鳴り止まない。
隣に並んでご来光を待つと、彼は自分の耳たぶを触った。
見ると、触った耳から、キラキラ光る宝石よような長めのピアスが揺れていた。同じように虹色に光り、眩しい。

「じゃあ、僕は帰るね」

急にそう言って歩き出す彼に、ビックリして、もっと話してみたいと思ってしまったせいか、咄嗟に手首を掴んだ。
今にも折れてしまいそうな細くて白い手首。
急に引き止められビックリしてた彼は少し焦ったように瞳が揺れ動き、逆の手で僕を指差し、そしてクルクルと手首を回し始める。
それはまるで魔法をかけるかの様に…






目を開くと僕は自分の部屋のベットの中にいた。

「あれ?今何時だっけ…。今日は学校休みの日だったっけ…。部活は…」

顔の横にあったスマホを手に取り、画面を開くと時刻は【7:53】【土曜日】を表示した。
窓から挿す日の光で朝を確認し、僕は伸びをした。
少し走ってくるかなとクローゼットを開けると、そこにいつもあるはずのジャージが無い。

「あれ、ジャージどうしたっけ?」

珍しく寝ぼけてるな、と辺りを見回すと、姿見に写る自分をみて驚いた。
鏡の中の自分はジャージを着ている。そして、白い霧が晴れてく様に徐々に記憶が蘇って来た。

「あの人、、、」

何をしたんだろうか。そして、どうやって帰って来たかの記憶が無い。

プルルルル、プルルルル

スマホの画面が明るくなり、部屋に鳴り響いた瞬間、何かスイッチが入った様に僕は走り出した。

「テヒョンおはよう、テヒョン?どうしたの?どこいくの!?」

母親の問いかけの声にも耳をかさず、僕はひたすら公園に向かって走る。

「はっ、、、はっ、、、」

もうすっかり朝日は登り、明るくなってしまった公園に初めて行く。きっといるはずのない彼の姿を探しに僕は走り続けた。
横断歩道を渡って、ひたすら道路沿いを走ると丘になっている公園が見えて来る。
僕の額からは汗が吹き出し、首まで汗が伝う。
一気に丘を駆け上がると、開けた公園に辿り着いた。
上がる息も、疲れでもつれる足も無視して、彼の姿を探した。

でも、思っていた予想は当たっていて、ここには人1人居なかった。


それからしばらく
毎日あの公園に、日が上る前の同じ時間に行ってみても、彼の姿はもうどこにも無かった。
たかが2回だけあった人なのに、何をこんなにも執着しているのだろうか。
学校でも、部活でも、ヒュニンカイが心配して声をかけてくれるそんな時でも、僕の頭の中には彼の儚い後ろ姿、細い手首、虹色に輝く瞳でいっぱいだった。

部活終わりの夕焼け
またあの公園に足を運んだ。
早く帰らないと、すぐに暗くなって歩くのは危なくなるだろう。
日が沈むこの時間帯【5時53分】は、朝日が登る空と同じ色をしている。
丘に登って、鞄を下ろし、目をつぶむて深く深呼吸をした。

「すぅ〜……、はぁ〜……」

特に高鳴る訳でもない心臓を更にゆっくりさせ、静かに目を開いた。
すると視界の端に揺れるブランコが入った。
ゆっくりさせていた心臓が一気に走り出し、体もブランコに座る人を目掛けて走り出した。

カシャン!!!

「うわっ!ビックリした!」

急に目の前に回り込んで、チェーンを掴んでいた両方の手を上から握ぎり離せない様にした。
目を見開いて、肩をあげて驚く顔は、まさに朝会った彼だった。
着ている服は朝とは真逆の黒いワイシャツにグレーのパンツ、首には黒いスカーフが巻かれていた。
そしてあの虹色に光り輝くピアスが揺れている。

「今まで、どこに行ってたんですか?あの時、僕に何をしたんですか?目が覚めたらベットで寝てたんです。あなたがやったんですよね?」

耳元で幻想的に輝くピアスが揺れる

「……君の名前は?」

質問には答えず、彼は逆に聞いてきた。

「カン・テヒョン。あなたは?」

「……」

「なぜ答えないのです?」

「………。テヒョン、手を離して…「1つくらい質問に答えたらどうですか?それに、手を離したらまた、僕に魔法をかけようとするでしょ?」

魔法…
そう自分で口にした瞬間、ふと思った。
この幻想的な魔法のような空。
朝も、今も、この時間だけ観れる、そしてその時間に彼は現れる。
彼の耳元の細長い水晶の様な、光り輝くピアスがうるさい程主張する

「テヒョン。手を離して」

「ダメです」

「もう日が沈むから…」

「日が沈んだらどうなるんですか?朝日が登ったらどうなるんです?何一つあなたは質問に答えてくれない。そんな人を離す訳にはいきません」

彼は顔を上げて俺の目をみる。濃いオレンジ色に染まった瞳が揺らめく。
そして、諦めた様に下に俯いた。

「僕の名前は、チェ・ボムギュ。名前言ったから手を離して」

「ボムギュさん、まだ質問は1つだけしか答えてないですよ?」

沈黙を貫きつつも、どんどん暗くなっていく空に、彼の顔には焦りが見える。本当に困っているのだ。そんな彼を見て僕は手を握る力を緩めた

「質問は良いです。その代わり、お願いがあります」

「…、お願い?」

「明日から朝と夕方またここで会って下さい」

「……、分かった」

そう言った彼の手から自分の手を離す。慌てて逃げ出すんだろうなと思っていたけど、彼はブランコに座ったままだった。
そして、片手を出してきて

「カン・テヒョン。どうぞ宜しく」

と握手を求めてきた。
予想と違う行動に呆気にとられながら、僕はボムギュの手をとり握手をした。そして、僕は帰るように仕向けられ、言われたとうりに公園を出た。
キラキラと光り輝くピアスの光が目の奥でまだチラついてる気がした。

それから僕達は1日2回会うようになり、沢山話をした。肝心な事については無視されたりしたが、公園に置いてある遊具で遊んだり、一緒に歌を歌ったり、笑いあったり…
話してみると、ボムギュはかなり子供っぽく、明るい性格で、良く喋る人だと分かった。

「それでさ、トトがさぁ〜」

ブランコを立ち乗りしながら自分の飼っているインコの話を楽しそうに話す。

「それって、トトから好かれて無いんじゃないですか?むしろ避けられてるんじゃ」

「おい!トトの飼い主は僕!トトの1番は僕なの!この間も新しい言葉を教えてやったんだ」

「またロクな言葉じゃないでしょ。何を教えたんです?」

「テヒョンって言えるように練習してる!なのにあいつ、ヒョンは言えるんだけどテって上手くいえないみたいでさぁ〜」

「……、鳥にテの発音は難しそうですね。てか、何で僕の名前何ですか」

「え、だって友達じゃん?」

ケロっとそう言う彼に、僕は凄い嬉しさが込み上げてきた。
自分の中で友達が増えていくのは凄い嬉しい。そうだ、ヒュニンカイにボムギュを紹介しようかな


あれ?
ヒュニンカイ…?


ふと思い出した。
最近彼と遊んでない、毎日毎日お互いくっついて過ごしていたのに、彼と話したのはいつだ?
何かが変だと考え始める僕の顔を横目に、ボムギュが悲しそうに俯いている事に気づく事は無かった。

「じゃあ、時間だから、僕帰るね」

ボムギュは揺れるブランコから飛び降り、チラッと振り返って手を振った。僕はまだブランコの上で、急に帰ろうとするボムギュにビックリする

「え?あ、うん。また明日」

咄嗟に答え、クシャッとした髪の毛がサラサラと風に靡く後ろ姿は斜面に消えていった。

僕は暗くなった道をゆっくり歩きながら家に向かう。夜空を見上げればキラキラと小さい星が輝いていた。
何で今日は急に帰ったんだろ?
スマホの時計を見てみれば、意外と時間はたっていなくて、帰るにしては早い時間だった。
名前はボムギュ、仲良しの兄貴分が2人いて、飼ってる鳥の名前はトト。
それ以外知らない。連絡先も、どこに住んでいるのかも、何も知らない。

「ただいまぁ〜」

「お帰り、テヒョン。外は寒かったでしょ?明日から更に冷えるみたいだから風邪ひかないようにしないとね」

「うん」

暖かい室内に、冷えた鼻先がじんわりと暖かくなった。
ご飯を済ませて、お風呂に入り、僕は眠りにつくべく布団に潜っていた。
時計の秒針の音だけが部屋に鳴る…。
目を閉じると、あの印象的なキラキラと虹色に光る、水晶のようなピアスが揺れるのを思い出す。
そして目の前に白く細い手が差し伸ばされる。

「カン・テヒョン。どうぞ宜しく」

あの時から始まった彼との楽しい時間。
この手を取ればまた、何とも言えない不思議な魅力を持った彼に会えるんだ。
凄い楽しみな気持ちが、口元を緩ませる。



「テヒョン……っ!!」



どこか凄い遠くで僕を呼ぶ声がした気がした。
僕は差し伸ばされた手を掴まずに、どこかで呼ばれた声に振り返った。
あたりは幻想的な夜明け前の景色。
冷たく爽やかな風が髪を撫でる。

「テヒョン?大丈夫?」

もう一度名前を呼ばれて僕は伸ばされていた手と、声の主を見た。
真っ白なワイシャツが空と同じ青からオレンジ色に変わっていく

「ボムギュさん。さっき名前呼びました?」

「うん、今も呼んだ。テヒョンって」

差し伸ばされた手を掴むと、手を引かれて僕は彼に接近する。
ぶつかりそうになって、思わずボムギュの細い体を抱きしめてしまった。
自分より華奢な肩、細い顔は、捕まえないと壊れてしまいそうだった。
思わず抱きしめる腕に力を込めると、彼はビックリして声を上げた

「テヒョン?ごめん、強く引きすぎた、どうしたの?」

「いゃ、ボムギュさんって必要以上に細いなと思って、つい…」

「何それ!あははは!細くてもそれなりに筋肉だってついてるよ」

ゆっくりと身体を離すと、楽しそうに笑っている彼の顔があった。
以前はお互いぎこちなかったのに、今となってはすっかり仲良しだ。
オレンジ色に染まる芝生を小走りに走りながら今日は何する?と考えたり、無意味に芝生に転がってみたり、笑いは尽きない。
笑い疲れたのか、芝生にうつ伏せになって静かになった彼が心配になり名前を呼んだ。

「ボムギュさん?」

あ、もうそろそろ日の出の時間だっけ?
腕時計を見てみると、そんなに時間は進んでいなかった。
ムクっと身体を起こす彼の表情は笑顔だったが、キラキラ光るピアスは何故か泣いている様に見えた。

「ねぇテヒョン。空ってさ、いつまでも、この朝焼けと夕暮れの空がある訳じゃないだろ?曇りの日、雨の日だってあるじゃん?」

「なんですか、急に。…嫌な事、、言わないで下さい」

そんなの分かりきった事だ。地球だって回っていて、雲が生まれ、雨を降らし、水を作り、緑を作る…、地球だっていつかは寿命が来る事だって知っている。

「曇りでも、雨でも…僕はボムギュさんと会いたいですよ」

「お!臭いセリフ!」

ニコッと可笑しそうに笑った顔を見て、少し安堵した

「さて、次は何します?僕サッカーが得意なんです!リフティング勝負をしませんか?」

足元にあったサッカーボールを手に取って軽く上に投げ、膝上に着地させた。


あれ??


「あれ……。僕、サッカー部で…あれ…」

何か思い出してはいけない事がふと脳裏に浮かぶ。
僕、いつからサッカーボールを蹴ってないんだろ。
膝の上でバウンドしたサッカーボールは次に受け止めてくれる場所が無く、地面に落ちて転がった。
転がっていくボールを目で追うと、その先は日陰になっていて、暗くなっている。






「テヒョン………っ!」






遠くで、名前を呼ぶ声が聞こえた気がした。
辺りを見回しても、目の前にいるボムギュしか人はいなかった。
何か分かってる様な顔つきで彼は首を傾げて顔を覗き込んでくる。
彼のオレンジ色に染まる瞳を見れば、さっきの事はすっかり忘れて、サッカーボールを手にとってリフティングしている所を見せてあげた。
彼は凄いはしゃぎ始めて、今度は自分がやってみるとボールを上に投げる。
膝の上にボールがトントンと楽しそうに弾んでいる。彼も楽しそうに真剣にボールを蹴っていた。







「テヒョン……っ!!」


さっきより近くでヒュニンカイの声がした。

「ヒュニンカイ…?」

ボムギュから目を離し、後ろを振り返る。
後ろにはブランコと、タイヤの遊具、それと僕がいつも入ってくる入り口と…
その先は暗い夜空が広がっていて、遠くで叫んで名前を呼んでいるヒュニンカイがいた。

ハッとしてボムギュの方を振り返ると、リフティングしていたはずのボールを抱えて立っていた。
ヒュニンカイのいる暗闇とは違って幻想的な空が広がる夕日の中で。
そして寂しそうな表情をしている。
耳のピアスの光が悲しそうに泣いていた。

分かってる気がした。
でもずっと気づかないフリをしていた。

「テヒョン、ごめん」

ボールをぎゅっと両手に抱えて僕のところまでゆっくり歩いてきた。
そして、サッカーボールを差し出す。
それを手に取ったらどうなるか、、、

「ボムギュさん…」

「テヒョーーーン!!!」

「ほら、友達が呼んでる。帰らないと」

後ろで叫んでいるヒュニンカイを見て、ニコリと笑ってボールを押し付けてくる彼に、僕は首を横に振った。

「テヒョン、覚えてる?僕はテヒョンに呼ばれてここにきたんだよ」

「僕に呼ばれて…?」

「ずっとテヒョンに呼ばれてる気がして、ここの公園に来たんだ。そしたらやっぱりテヒョンに会った」

ボムギュが言っている事がよく分からなかった。

「ごめんなさい。全然心当たりが無くて、え?僕が呼んだ?」

「テヒョーーーン!!」

どうしよう、ヒュニンカイ。僕、何も分からない。覚えてない。
後ろで叫んでいるヒュニンカイに思わず助けを求めたくなった。

「ごめんね。テヒョンといる時間が楽しくて、僕、時間を止めてたんだ…」

ボムギュが話だし、僕の手を取ってサッカーボールを乗せようとしてくる。
でも、受け取りたくなくてそれを拒絶し、僕は逆に彼の手を握った

「解けたくない。この魔法から!」

彼の手を引いて、ヒュニンカイが待ってる暗い夜の方へ連れ出そうと引っ張ると、彼のもう片方の腕が反対側に引っ張られた
その瞬間、彼の後ろに2人の人が立ってるのが見えた。

「ボムギュ!いつまでいるんだ、帰るぞ!」

「あんまそっちに行くと帰れなくなるよ?」

長身の男性が2人。
ピンク髪の人がボムギュの腕を掴み、青い髪をした人がボムギュを手招きする。
あぁ、駄目だ。
連れて行かれてしまう…。

「テヒョン。大丈夫、また会えるよ。テヒョンがきっと見つけてくれる」

掴む僕の手からボムギュの手が引き離れた。自分の足元に暗闇が広がる。
彼は男性2人に引っ張られていく前に、急いで片手で自分の耳からピアスを外して僕の手に渡した。
そしてニコリと微笑むと、あの時と同じように人差し指を僕の前に突き出し、クルクルと回し始める。

「だめ、、、っボムギュさん!!」

手を握れない程、離されていく距離。
最後にピンク髪の男性と目が合った気がした。
その人は目が合ってビックリしたような表情を一瞬したが、記憶はそこで途切れた。









「テヒョン?寝てるの?テヒョ〜ン」

目を開けると、図書館で寝てる自分がいて、目の前には親友のヒュニンカイが自分の顔を覗き込んでいた。

「テヒョンって目が開いたまま寝るから、寝てるのかどうか判断に困るよ〜」

「あれ?寝ちゃってた」

「宿題、早くやらないと、もう日が沈んじゃうよ?」

図書館の机の上には開かれた教科書とシャーペンが転がっていた。
時計を見ると時刻は5時53分を指していた。
制服のワイシャツの袖には、寝てたせいか皺が寄っていて、ネクタイはヨレている。
僕達は高校生なっていた。
サッカーに青春を費やし、僕とヒュニンカイは同じ学校を受験して無事合格。今年から通い始めた学校で、お気に入りの放課後の図書館で宿題をしていた所だった。

机の上に夕日でキラキラと反射した光が広がっていた。

「あ、テヒョン!動かないで!」

「え?何??」

「この角度、テヒョンのピアスに太陽の光が反射してあそこの本棚に光が集まってる!!」

ヒュニンカイが立ち上がり、光が集まっていた場所に走り出す

「もう動いていい?」

「テヒョン!こっち!こっち!」

「はいはい」

ハイテンションのヒュニンカイに振り回されるように僕は彼のいる場所へ向かった。
奥の方にある、誇りを被ってそうな本棚の側面にはよく見ると扉の絵の落書きが描かれていた。
ヒュニンカイがその絵をなぞると、上のどこからか  カチャッ  と小さく音がした。
放課後の誰もいない静かな図書館だから、この音に気づけたと言えるくらい、小さな音だった。
ヒュニンカイと顔を見合わせて、2人で音がした天井を見上げる。
僕達は魔法の世界へ繋がる扉を見つけてしまったのだった。

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