第5章
夢小説設定
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とりあえずコートは使わず、空いたスペースで日吉は鈴と向かい合わせに立つ。
ラケットの持ち方すら知らない鈴は爪をガットに引っ掛けていかにも不自然な持ち方をしていた。
大きなため息をついて、まずここからかよ・・・と愚痴を零しながら彼女のラケットの持ち方を直す日吉は遠目で見ると兄のようにも見えた。
正しいラケットの持ち方を会得した鈴は期待に満ち溢れた顔で日吉に問うた。
「で、てにすとはどうやるんじゃ?」
「あー・・・、要するにそのラケットでボールを相手と打ち合うのが主要だな」
ほらこうやって、と日吉がズボンからテニスボールを取り出しラケットを使ってポンポンと二・三回地面についてやれば、黄金の瞳をキラキラと輝かせてボールに飛びついた。
そのままボールを捕まえられずに追っていく後ろ姿は正にボールと戯れついている猫とでも言おうか。
日吉はここからの長い道のりを想像してまた溜め息を吐く。
ボールを掴んで輝かしい笑顔で戻ってくる鈴によしよしと頭を撫でてから日吉は屈んで彼女に教える。
彼女の手を持ち、一緒にボールを地面に向かってついたのだ。そうすれば鈴は自分一人でやると言って日吉からボールを奪う。
やれやれといった様子で日吉は鈴の様子を伺うが、一回も成功しない。
地面にポンと落としてそのまま弾めないボールの上で一生懸命ラケットをふりふりと動かす姿はなかなかの滑稽だった。
その体の動きに合わせて彼女の着ている制服のスカートが靡くのを見て日吉は慌ててストップをかける。
そうすれば鈴は機嫌が悪そうに頬を膨らませ、ブーブーと文句を垂れる。
「・・・出来ん!しかもこれじゃあ相手と打ち合うてないじゃないか」
「お前に教えてるのは初歩の初歩だ。本当のテニスはこんなんじゃない」
ならば本当のてにすを見せろと騒ぐ鈴の元へ、かなり低姿勢の鳳が近づいてきたのを良いことに日吉は彼を捕まえ試合を申し込んだ。
そう。この試合を鈴に見せてやろうという寸法だ。
日吉は一旦彼女をベンチへと座らせ「ここで黙って見ていろ」と命令をすれば鈴はコクンと頷いた。
そのまま鳳の待機するコートへと戻れば、見学者に対しての単なる試合という気持ちがみるみる内に変わっていく。
負けたくない。絶対勝ってみせる。
そんな気持ちが弾けた時、試合は日吉からのサーブによって開幕された。
三十分だ。試合の時間はたったの三十分。
鈴を待たせまいとした日吉の本気のプレーによって鳳との試合を最高潮に短縮させた時間だ。
その間に鈴は感心し、楽しみ、欠伸をし、うたた寝をした後にてどこかへ行ってしまった。
その一部始終を試合をしながら見ていた日吉だが、自分から申し込んだ試合で途中で棄権が出来るはずなく鈴の行方を見送る羽目となった。
ったく、折角見せてやったのにどこに行ったんだアイツは・・・!
その時にふと先ほど目にした彼女の表情が脳裏を過ぎった。
それは日吉が試合をし始めた最中のこと。
テニスとはこうやるものなのかという関心の声と共に彼女の表に出た表情に日吉は一瞬だけ目を奪われたのだ。
ベンチから身をなりだし、小さな手で敷居の上部をギュッと掴んでいる様子。
紅く高揚した頬に桜色の半開きの唇、そこからは小さく可愛らしい八重歯がひょこりと覗いていた。
目をパチリと開かせ、期待と感心に満ちた黄金の瞳は真っ直ぐ日吉のプレーを追っていた。
正直、嬉しかったのだ。日吉は。
鈴に一瞬でもテニスに興味を持ってもらえたことが。
けれどアイツ、この短時間でどこか行きやがって。
ああ、一瞬でもアイツに見蕩れた俺が馬鹿だった。
日吉は悶々とした心持ちでぐるりとベンチを回って彼女を捜す。
ベンチからコートの方を見るともう通常の練習はとっくに始まっていて、普通に練習がしたかった日吉は少しの苛立ちを覚える。
けれど油断をしたら秘密をぶちまけそうな彼女を放ってはおけない。
今日はため息を吐いてばかりだと独り言を言いながら鈴を捜す旅へと出た。
一応のためコートも見回る。そこにいるメンバー一人一人に、鈴を知らないかと聞いても皆首をかしげ横に振るだけだった。
もちろんコート内のベンチでドカリと座る跡部にも聞く。けれど彼も「知らねえなあ」と含み笑いを浮かべるだけで日吉に協力をしなかった。
まあこんなものだと日吉はコートの外をも捜す。
花壇、噴水周り、昇降口、どこにもいない。
その中で、氷帝で一番大きいと思われる木の下に行って見上げてみたけれど彼女の姿はどこにもなかった。
本当にどこへ行ったんだ。
なんとなく捜していた心がジワリジワリと不安の色に変わる。
とにかく早く見つけ出さなくてはと学校を駆けずり回ったが、鈴を見つけることは出来なかった。
もうすぐで部活が終わりそうだという頃、日吉は不安と苛立ちまみれの心で部室へ戻った。
これだけ探してもいないということはアイツ、一人で家に帰ったのか?
ったく、今度見つけたら注意しておかないと毎度毎度こんなことになるのは御免・・・。
日吉は脳内で再生されていた彼女に対する愚痴を止めた。
そしてそのまま脱力をする。
・・・見つけたのだ。彼女を。鈴を。
夕日が傾き、部室に淡いオレンジの日が届いているソファに。
彼女はぐっすりと気持ちよさそうに寝ていた。
忍足と芥川に挟まれて。
いや、逆に元から寝ていた忍足と芥川の間に彼女が割って入った感じなのだろうか。
狭い隙間に小さな体を丸めて押し込んで。
頭は忍足の膝に乗せて、足は芥川の太ももを若干蹴り上げて。
二人はよほど疲れているのか何なのか、鈴がいてもなかなか起きないようだった。
そんな三人を、夕日が包むように照らすのだ。
日吉だけが除け者にされている感覚に落ち込む。
そしてその日吉の心はまた複雑になっていて、言葉では言い表せない感情が心の底から沸き上がってくる。
それは善いか悪いかといったら、やはり悪い方なのだ。
気持ちの感覚が負へと包まれる。
モヤモヤする、イライラする。
以前にも味わったような変な感覚、嫌な感覚だった。
その感情をコントロール出来ない日吉は思わず舌打ちをして鈴を揺すり起こそうとした。
それは単に鈴に起きて欲しいからじゃなく、きっとこの感情を終わらせるために取った行動だというのを日吉は意識してなかった。
身体が勝手にそうさせたのだ。
すれば彼女では無く、隣の忍足と芥川が目を開く。
パチクリと日吉を見やってそれから違和感の生じているお互いの隣を見て二人は息を飲んでいた。
忍足は口をパクパクしたかと思うと、「跡部が連れ去ってた子やん!?なんでここにおるの!?」と絶句し、
対して芥川は「・・・誰ぇ?この子」と呟いてからまた寝に入ろうとする。
日吉は今日沢山溜め息をした中でも一番大きな溜め息を吐いて、クークーと寝入る鈴を眺めみた。
本当にこれからどう過ごしていけばいいんだという、不安と現実に打ちのめされながら。
END 2014/12/05
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