第4章
夢小説設定
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放課後のチャイムが学園中に鳴り響く。
俺はそれを合図に立ち上がり、鞄とテニスバッグを持つと忍足に声をかけた。
「おい、部活行くぞ」
今日は生徒会がない。
だから早く行こうと忍足を誘ったのだが、肝心の奴は鞄にせっせと物を詰めて、
一枚のプリントにシャーペンを走らせていた。
「悪いなあ、ちょっと提出せなあかん物があんねん。先行っといて」
「チッ、しゃーねーな」
忍足のそんな言葉もそこそこに俺は即座に教室を出た。
俺が廊下を歩けば周りの女どもは沸騰する。
気分は悪かねえが、毎日にもなるとそれはそれで俺を面倒な気分にさせる。
なんな雌猫共をスルーし、靴箱に着き靴を履き替える。
校舎の外へと足を踏み出せば、春色の太陽が俺を眩しく照りつけた。
下校していく生徒の間を横切り、テニスコートへ向かおうとすれば、
どこからだか鈴の音がしたような気がした。
思わずその方向へ目を移せば何かがあるような気がした。
“気がした”
それはほとんど“勘”に近いもの。
普段の俺はそんな不確実な物事に行動は起こさない、はず。
しかし今日の俺は本当にどうかしていて、気がする方向に足を進めていた。
そこには青く茂った一本の大きな木があった。
きっとこの氷帝学園の中で一番大きな木ではないだろうか。
俺はその木の下に行き辺りを見渡した。
しかし誰一人としてこんな外れた場所にはいなかった。
遠くに先程まで俺のいた校門へと続くレンガで作られた通路が見える。
そちらは賑やかで騒がしいが、俺のいるこの木の下は、やけに静かで涼しかった。
・・・やはり気のせいだったか。
そう思い、立ち返ろうとすれば頭上から小さく漏れたような声がした。
続いて枝が折れる音と小さな女の子の悲鳴。
俺は咄嗟に両腕を伸ばし、落ちてくるものをソっと受け止めた。
・・・!!
落ちてきたソイツは俺から言葉を奪う。
裸足の小さな少女。
ソイツは恐怖で小さな身体をより小さく縮め、
いつの間にだか握っている俺の制服をギュッと離さない。
美白で綺麗な肌にはさっき落ちた時に傷を付けたのか、細く鮮血で描かれた傷が頬にあった。
綺麗な黒髪は俺に春の香りを運んで、地面に靡いていた。
そんな少女が俺の腕の中に収まっているというのに、全く腕に負担がかからないぐらい軽かった。
ソイツは目をギュッと瞑って開かない。
こんな少女は今朝の少女。
俺は驚きと上気していく気持ちを必死に押さえつけ、少女に声をかけた。
「おい、起きろ」
「ふ・・・にゃ?」
ゆっくりと開かれる少女の瞳に思わず俺は息を飲んだ。
綺麗に、深く輝く黄金の瞳。
潤しく、鈍く、秀麗な少女の瞳。
その目は俺を確実に捉え、何度か口を空ぶらせてから、息に言葉を乗せた。
「んっ、あとべ・・・けーご?」
幼声でそう呼ばれれば、俺の心臓は一気に速度を増す。
それは俺にはどうしようもなかった。
勝手に鼓動を刻む俺の心臓。
これは驚きから。
どうして俺の名前を知っているのだと、心臓が彼女にそう問いかけていた。
彼女は眠たそうに小さくあくびをし、目をこすった。
そんな些細な彼女の行動さえも俺は凝視してしまう。
そして、何かにピンとくる俺の心。
コイツは、まさか。
「お前・・・、名前は?」
「ぬ?桜木 鈴」
ああ、やっぱりそうか。と納得する俺の心と、
そんな偶然があってたまるかと反発する俺の心が感情となり押し寄せる。
下ろせ、と一言言うとスタンと綺麗に着地する。
立てば遠くに見たよりずっと小さいのが分かった。
ダボ付き、廃れたジャージを身に付け、俺を見上げる少女。
素足の少女。
俺が少女に問いかけようと口を開こうとすれば、少女のお腹の音が俺の言葉を止めさせた。
そして、何を思ったのか言おうとした言葉とは違う言葉が俺の口から躍り出た。
「腹減ってんだな。うちへ来るか?」
「うん!」
“チリン”
と赤いリボンと共に錆びれた鈴が首元で鳴った。
部活のことなんてもはや頭になかった。
俺が電話をして車を呼び出せば、すぐ行くとのことだった。
校門へ向かうため歩みを進めれば、少女―鈴―はチマチマと俺の後に付いてくる。
俺はそれに少しの優越感を覚え、気分が良くなった。
が、それはすぐに壊される。
「あああああ、ああああとべええ!?なんなんその子!めっちゃカワエエやん!!」
ああ、忘れていた。このド変態な男ことを。
俺は思わず片手で頭を抑えた。
鈴は、誰? とでも言いたそうな顔持ちで首をかしげる。
そんな少女の様子に忍足はメガネの奥の瞳を鈍く光らせ、今にも飛びつきそうな体勢で
少女のことを凝視していた。
っと、ヤベエな。
咄嗟に俺は鈴を抱え上げ、ダッシュで待機させてる車へと向かう。
「あっ、跡部!!待ちいや!どこ行くねん!!」
「悪いな忍足!!監督が来たら休むと伝えてくれ!」
車のドアを開いて待機している運転手の横から、思いっきり少女を車に押し込んでドアを閉めた。
鈴は面白いようにキャッキャとはしゃぐ。
ったく、忍足の奴・・・。
あれは完全に狙っている目だった。
ふと少女に目を移せば、車に初めて乗るかのように窓に指紋をベッタリと付け、外を眺めていた。
走行する車の中はやけに静かで、俺は少しの疲れを覚える。
これからどうしようか。
少女をチラと見れば、今度はグースカと間抜けな顔をして早くも眠りについていた。
・・・何者なんだコイツは。
本当に、それにしてもどこかで見たことのあるジャージだと裏側のタグを盗み見れば、
そこには汚らしい字で
“ひおしねやし”
と書いてあった。
ああ、“ひよしわかし”か。
と、頭の中で文字変換をしたところで一瞬、冷や汗をかいた感覚に陥る。
は?
日吉若・・・?
・・・訳がわからん。
コイツが日吉の幼い頃のジャージを着ているとなれば、奴と関係があることは蓋然だが・・・。
忍足の言う“恋”とは別のものを感じた。
それに妹だとしても、日吉に下の兄弟なんていたか・・・?
考え込むのと同時に跡部邸に到着する。
持っていたカバンを全て運転手に託し、グースカ寝ている彼女を抱きかかえ、
外へ降り立てば、外で待機していた執事のミカエルとメイド達が目を見張った。
「け、景吾様、そのお嬢様は・・・?」
「アーン?・・・まあ拾い物だ」
俺はそう言うと、メイド達に少女を風呂に入れるように命令し、
ミカエルには新しい洋服と甘いお菓子やフルーツを用意するように頼んだ。
疑問に思いつつも俺の命令に従う彼らに俺は少し失笑した。
まあ、訳がわからんだろうな。
今の俺もそうだ。
正直、混乱している。
グランドピアノ、蓄音機、大理石のテーブル、アンティークなソファ。
そんな応接間で優雅に紅茶を持って待機していれば、
閉ざされた扉の向こうから何やら騒がしい声が聞こえた。
うにゃぁあああ!離せっ!
ダメですっお嬢様!!
あ、あっちへ行きました!
こら、待ちなさい!!
ぬ゛ぅーーー!!
ドライヤーをかけませんと・・・っ
嫌じゃぁぁ!!どらいやーヤダっ!
風邪引きますわ!
ドスンバタンと騒がしく響く屋敷内。
俺は可笑しくなってククと喉で笑った。
なんだ、腹減ってても元気じゃねーの。
元気が良すぎて屋敷の者は困っているようだが。
バタバタとギャラリーを駆け回る皆の足音。
そんなに走られちゃあ、風呂に入れさせた意味がないだろう。
俺は笑いが堪えなくなって一人ソファに寝転んで笑った。
面白い奴だ、本当に。
ココに連れてきて良かった、と笑いの息を次ぐ。
バンっ!と俺のいる応接間のドアが開かれるとそこには不機嫌そうな少女を抱えた、
見た目ボロボロのメイドが息も切れ切れにそこに立っていた。
少女はキチンと与えられた深緑のワンピースを身につけていた。
「け、景吾様っ。お嬢様をお連れしました」
「フ、大変だったようだな。礼を言う」
「・・・うむぅ」
メイドに解放され、テチテチと俺の向かいのソファへフワリと座れば、髪も綺麗にソファに掛かる。
失礼します、とメイドと入れ違いに入ってきたのはミカエル。
チョコケーキ、チーズケーキ、マカロン、ラムボール・・・。
メロン、バナナ、パイナップルにキウイ・・・。
お菓子の盛り合わせとフルーツの盛り合わせがそれぞれ運び込まれてくる。
少女はそれに目を輝かせた。
最後にコトンとオレンジジュースが置かれると、俺に“食べていいのか?”と目線を送る。
俺がニヤリと頷けば、彼女は輝かしい笑顔で小さな口にたくさんのものを詰め込んだ。
相当お腹が空いていたんだろう、ほとんど食べきってしまう。
「随分メイド達に抵抗したな、あれほどまでに疲れさせるとは・・・なかなかやるじゃねーか」
「ぬ、別に・・・あれぐらい朝飯前じゃ、あ、いや、朝飯前なの」
不自然な語尾に俺は思わずククと笑えば鈴は何が悪いと俯く。
きっと訛りと方言を気にしているのだろう。
俺が気にしなくて良いと少女に囁けば、笑顔の花が咲いた。
「で?お前はどうして俺のことを知ってんだ」
「にゃ、お前さんを探していた。氷帝学園とやらの生徒会長さんじゃろ?」
小さな口でチューチューとオレンジジュースを飲みながらそう呟く。
そうだ、と口を動かせば少女は単刀直入に俺に言った。
「わしを氷帝学園に入学させて欲しい、それに」
「日吉若と同じクラスに、か?」
俺が少女の言葉を奪うと少女は一瞬驚いたような顔をし、流石じゃ、と妖艶に微笑んだ。
フン、面白い話だ。
出来なくない話でもねえし・・・、だが。
コイツはまだ何か秘密を隠している気がしてならなかった。
小さな身体に似つかず度々大人びた表情。
そして充分な数の語彙。
メイドをも疲れさせる体力、身の熟し。
只者じゃ無いことは明らかだろう。
俺がお前は何者なんだと聞けば、少女はこう言う。
「ん、キチンと話せば入学してもいいのか?」
「ああ」
分かった、と少女が呟き、俺が瞬きをした瞬間、鈴はグランドピアノの上に跳躍した。
シュタン、と華麗に着地すればワンピースがハラリと舞い降り、
一匹の黒猫が黄金の瞳で俺を静かに見据えていた。
ああ、今日は本当に驚きと上気の連続だ。
と俺は頭を抱えて笑った。
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