放送室
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次の日。
私は朝起きた時から鼓動がオーバーヒートしていた。
昨日偶然に出会った、氷帝学園生徒会長の跡部景吾さんから助言された事をさっそく実行しようとしていたからだ。
「挨拶…、挨拶。軽く、おはよう!…こんな感じ??」
一人でぶつぶつ予行練習しながら登校しているとあっという間に学園へと着いてしまっていた。
ドコドコドコと心臓が暴れる。
小学生の頃なんかは見知らぬおじさんにも挨拶出来ていたというのに…!
過去の栄光に縋りつつも、校門をくぐる。
同学年、クラスメイトの顔がちらほらと揃っているが見えた。
挨拶しなきゃ!挨拶…。
こんなにもハードルが高いものだとはと改めて認識する。
みんな二人や三人なんかで固まって登校していて、独り身の入る術などないのだ。
いつもに増して挙動不審であろう私に近づく人もおらず。
靴箱まで歩みを進めてしまっていた。
これは今日は無理かも…と靴を脱いで自分の靴箱のドアを開ける。
すると自分の近くの靴箱、すなわち同じクラスの女の子が自分と全く同じ動作をしていることに気付いた。
「あっ!おっ、おはよう!」
咄嗟に声が出てしまっていた。
顔が熱くなるのを感じる。彼女との距離が近い。
そりゃそうだ、同じ靴箱に、同じように靴をしまおうと手を伸ばしているのだから。
そんな彼女は私の声に少し驚き、キョロ…と周りを確認した上で自分に声を掛けたのだと気付いたようだった。
「あ、お、おはよう…?」
彼女は目を丸くしながらも微笑みかけてくれる。
や、やった!自分から挨拶出来ました!跡部さん!!
私が心の中で彼に報告していると、今度はその彼女が私の顔を見て「あっ!」と声を出したのである。
「昨日の放送!跡部様が!!」
彼女が顔を赤くし、興奮したようにワタワタと身振り手振りをする。
すると取り出していた上履きがポーンと彼女の手から飛び出し、落ちる。
「きゃあ!ごめん!!」と拾う彼女に私は思わず笑みがこぼれた。
改めて靴をしまい、上履きを履き、二人で教室に向けて歩き出す。
「昨日跡部様が急にお昼の放送ジャックしたでしょ!?
あの時の詳細を是非倉永さんから聞きたいと思ってて…!」
「ジャックというか、マイクを強奪された感じだったけど…」
「是非!詳しく!!」
どうやら彼のファンクラブの一員である彼女は、昨日の放送の裏話を聞きたかったらしく、彼女の方でもタイミングを覗っていたそう。
というのもあの放送の後、あんな事(?)が起こったのにも関わらず、
私がシレッと教室に戻ってきては何事も無かったかの様に授業を受け、
本当の本当に何事も無かった様に帰ってしまった私を見て、声を全くかけれなかったのだという。
私自身としてはあの出来事に心臓バクバクだったのだが。
「倉永さんが放送委員に決まったときも本当は話しかけたかったんだけど、
なかなか話しかけられなくて…」
「えっ」
「放送委員の人に曲をリクエストしたら先生たちの許可通ればお昼の放送で流してくれるでしょ?
これをずっとリクエストしたくて…」
そう言って彼女はスクールバックから1枚のCDを私に見せてくれた。
そのパッケージに私は思わずギョッと目を見開いた。
「跡部景吾の好きさ好きさ好きさ…?」
「そう!毎晩聴いて寝るぐらい好きで!」
「…ごめんけど、本人の許可は下りても先生の許可が下りるかどうか…」
ガーンとショックを受けた顔の彼女に私はまたも笑わせてもらう。
私が彼女にCDを返したタイミングで丁度教室についた。
さっきまで心臓がバクバクしていたのに、話している内にとても穏やかになっていた。
彼女は教室のドアに手をかけ、彼と同じように私の方へ振り向きウインクした。
「倉永さんの話を聞きたい人はいっぱいいるんだから!」
そういって彼女はドアを開け放し、教室へ入っていく。
そうか、なんだ。きっかけだったんだ。
私は自分できっかけを全部潰してしまっていたんだ。
私の視界の中の彼女はクラスの女の子たちに声を掛け、昨日の跡部様の話聞けるぞ~!と集めている。
声を掛けられた女の子たちは目をキラキラさせて私の方へ視線を移していた。
男の子たちはやれやれ、またかといった様子。
私はアッという間に彼女やクラスメイトの女の子たちに囲まれる。
跡部様の話、放送委員の話、そもそもあの時の委員会の決め方が皆不満だった話。
色々。彼女たちの話は目まぐるしく変わり、私も今までに比べると一生分の話をした感じ。
たった一回の挨拶だったけど、コミュニケーションのきっかけは彼の言う通り挨拶なんだ。
彼はそんなつもりさらさら無いだろうけど、話の種も作ってもらって。
お礼、言いたいな。
話の中心から外れ、少しの休憩のつもりで窓際へ行くと
朝練が終わった各部活動の人たちがぞろぞろと校舎へ入っていくのが見える。
「倉永さんナイス!そろそろ拝める時間なんじゃない!?」
彼女のその言葉に今度はクラスの女子ほとんどが窓際に張り付く。
彼女曰く、跡部様目的でもあるけど他部活動のイケメン男子を拝める絶好の機会なんだそうで。
「きゃあ!来た来た!!」
誰かがそんな黄色い声を発すると同時に、私も思わずもう一度窓の外に目線を投げかけた。
目が合った。彼と。
バチン!と閃光が弾けたかのような感覚がした。同時にクラスメイトの声が遠く聞こえた。
距離でいうと、少し遠い。
が、彼だと分かるぐらいには近い。
ドクン、ドクンとまた心臓が高鳴る。思わず胸を押さえた。
「跡部様が校舎を見上げるなんて珍し~!倉永さん、見える?!」
彼女の言葉に生返事で返す。
目が、離せられない。
彼がフッと笑う。
そして形の良い唇を動かした。
良かったな。
周りのクラスメイトは跡部様なんて?!なんか喋った?!と大騒ぎ。
構わず私は彼の目をまっすぐ見つめてコクリと頷いた。
END 2024/05/28