Chance and machine
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授業中。
それは午後の勉強最中のことだ。
俺の制服のズボンで携帯が勝手に震えた。
細かく言うとメールが来たからなのだが、俺が意図してそうやったのでは無いのだからやはり「勝手」なのだ。
皆が手元のノートに頑なに必死で、先生も事素早く黒板に綴っていく中、俺は堂々と携帯を開いた。
開いたといっても今はスマートフォンの時代なのだからか細い電気が走る画面に指を滑らせただけだが。
画面にポツリと見慣れた漢字が寂しそうに表示される。
その人はいつも何かと理由を付けて俺を呼び出すのだが、今日もまた一段と訳の分からない理由で呼び出されてしまった。
"死"
と一文字だけ。
この文章とも言えない文章を読み解くことが出来るのは世界でただ一人、いや宇宙でただ一人だろうか。
この俺だけだろう。
取り合えず読み取れることは二つ。
その人、その彼女の身の回りでの不幸かそれに近い何かがあったということと、授業後取り合えずいつもの喫茶店に向かえば良い事だ。
不幸中の災いのことに今日は部活がない。
つまり喫茶店に行かなくては行けないという事だ。
俺は溜め息一つ吐くと、再びスマホへ指を滑らせ返信をした。
"分かりました"
たったそれだけの言葉を。
退屈な授業が終わったあとに颯爽と去ろうとすれば取り巻きの女子たちに囲まれる。
俺はあからさまに嫌な顔をするが彼女たちはそれでもお構いなしといった感じだろうか。
急いでんだ、それだけ言えば渋々退いてくれる彼女たちの方がまだ可愛く見える。
これから会う彼女に比べれば。
人の予定も知らないで勝手に呼び出してくるところは常に無頓着ではっきり言うと面倒だ。
しかし素直に従ってしまう自分が居るのにも納得いかない。
この俺のやり方としては自分の領域に女を連れ込むほうが幾分やり易いものだが。
学校の外へ出れば教室より格別に寒く、もう12月中旬だと言うのも肌に染みて分かる。
寒さに身を縮めながら自分の車を携帯で呼び、すぐに喫茶店へ向かう。
その喫茶店は、まあ普通の喫茶店だ。どちらかといえば学生たちが集うというよりサラリーマンやOLの方が多いのか。
少しの心の準備をしながら。そうじゃないと彼女は何をいうか知れたものじゃない。
彼女の発言は突飛過ぎるんだ。
今日はどんなことを言われるやら。
喫茶店に到着し、カランと扉を開ければ見つける。
いつもの場所、店の奥の窓際の席。そこが彼女のお気に入りだった。
そんな彼女が俺を見つけ、無機質に手を招く。
俺の入店で出てきたウェイトレスに待ち合わせということと、ホットコーヒー一杯をついでに頼んだ。
そのまま俺は彼女の向かいに座る。
いつも無表情。ズバリ言うと容姿端麗。
腰まで靡く黒髪と、大きな猫目で美人だと人は判断しちまうが…。
彼女が口を開くと人は血相を変えて退散するだろう。
俺がため息を吐けば彼女は読んでいた本を閉じ、伏せていた目を俺へと結びつけた。
いつ見ても綺麗な瞳だと俺は思う。
「…遅いわ。いつまで私を待たせる気?」
綺麗な桜色の唇で毒を吐く。そんな彼女が首を曲げればさらりとした髪がミルク色の肌にかかった。
「あのなあ。俺だって急いできたんですよ、先輩」
俺がそういえば「そんなこと知らないわ」なんて気取ったことを言って窓の外を見る彼女。
俺が彼女のことを“先輩”と呼ぶからには、彼女は本当に年上だから、ただそれだけ。
彼女とは俺が中学に上がってすぐに出会った。だから当時の俺は中学1年で、彼女が中学3年。
俺は入学そうそう氷帝テニス部を乗っ取った王様で、彼女はずっと前からのマネージャー。
俺が何かをやらかすと、彼女がそれを冷たい目で咎め言葉の刺で俺を縛り付ける。
そんな繰り返しが1年続いて、俺が通学2年になるとき、彼女は俺との別れを惜しみもせずに高校へと進んでいった。
正直、寂しかった。
俺はそのやりとりで彼女に何らかの情は湧いていたし、同様に彼女も俺に情を持ってくれていると思っていたからだ。
けれど、それから俺はよく呼び出しを喰らうことが多くなった。理由は聞いても教えてくれねえ。
ま、今日の理由は幾ら何でも教えてくれるだろうが。
使いたくもない敬語を使って俺は彼女に問う。
「で、何なんですか。“死”って」
「あぁ、死んだの。私が」
彼女は言った。
さらりと、いつも通りに機械的な唇の動きで。
俺が呆気に取られていると、桜色の唇に弧を描く。
その様子は常に優美なのだ。彼女は。
変なところに情欲を感じる。
「説明が足りなかったかしら。あなたの眼力はそんなものなの?跡部景吾くん」
「俺の眼力は“死”の理由なんて見抜けないですよ」
「...跡部景吾くん、生まれ変わった私の前では敬語は無用よ」
はぁ?
と思わず俺は口に出してしまった。
彼女は俺の顔を見る。感情の何を見せる訳でもなく。真っ黒な瞳で俺を見つめる。
ああ、なんだ。そう言うことか。
今までの彼女は死んで、生まれ変わった彼女が目の前にいる訳だ。
けれど本当に輪廻天性したわけではないだろう。気持ち的な問題か?
ちなみに、彼女にいつ生まれ変われたのかを聞けば「昨日の夜よ。私にしては感情に溺れ、つい浸ってしまったわ」と答え、
どこでと聞けば、「ベッドの中でよ。いやだわ跡部景吾くん、いやらしい顔しないで」と答える。
ちなみに俺はいやらしい顔なんて堕落した表情は生憎持ち合わせちゃいねえんだが。
「ま、敬語を使わずにすむなら俺も願ったり叶ったりだ」
「生まれ変わった私はいつもと味が違うわよ。どうせなら舐めてみる?...ほら」
自然に手をさしのべる彼女の手は雪のように白く、マネキンのようにしなやかだった。
そっちの味かよと内心でつっこみをするが、この指一つ一つ、恋人となった男がいたら舐めるのだろうか…?
俺は彼女の手から瞳へ視線を移す。
「舐めねえよ、変態じゃあるめえし」
「あら、おかしいわね。以前はそこら辺の女の子に手を出してばかりだったのに」
「そんな記憶は生憎持ち合わせてねえし、俺は女に興味ない」
そう言えばてっきりいつも見たく冷徹な言葉で俺に返すと思っていたが、違った。
彼女は彼女らしくもなく口を紡ぎ、傷付いたような顔をしたのだ。
思わず驚く。こんな彼女の顔なんて見たことも無かったのだから。
少し遅めに、そしてこんな絶妙な空気の中、先程のウェイトレスがコーヒーを運んでくる。
そのまま飲めばジワリと苦味が広がって、少し心に染みた。
「本当になんの用だ。俺も暇じゃねえんだよ」
「跡部景吾くん、レディに恥をかかせるなんて男としてどうかと思うわ」
「はあ?…今日のお前、いつもに増して意味がわからねえ」
「生まれ変わったからよ、そうよ、私は今までと違うの」
途中から自分に言い聞かせるようにして語尾と勢いが小さくなる彼女は本当に生まれ変わったかと思うほど普段と違った。
けれどいくら彼女と言葉を交えても進展しないこの状況、彼女の通常以上の理解不明の言葉に流石にイライラしてくる。
彼女はなぜだか少し焦っているように見えた。それは俺の見間違いだろうか。
いつもはこんなに人間らしくないのだ。もっと無口でしなやかにそこに存在する人形のような奴なのに。
俺の気持ちも知ってか知らずか、彼女は自分の世界へと没頭する。
更に苛立ちが募る。
死んだだの、生まれ変わったのだの、敬語はやめろだの。変わったと言っちゃあいつもとはやはり違うのだが、いかんせん漠然としすぎてわけがわからない。
こいつは何がしたいのだろうか。
手元にあったホットコーヒーもいつの間にか飲み干し、ため息をついて窓の外を見た。
外はチラチラとか細い雪が舞っていた。
彼女は突然席を立ち、腕を組んで俺を見据えた。
「私と結婚しなさい。跡部景吾くん」
凛と響く彼女の声が店内に響く。
周りの客がざわついているのが空気に伝わる。
俺は窓から目を離さずに、口元を緩め、微笑んだ。
END 2014/12/1