俺の隣に
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情けない声と共に俺は飛び起きた。
呼吸が荒い。それを必死に押さえながら、カーテンから指し込める太陽の光に目を細める。
呼吸と共に激しい鼓動を打つ心臓が痛くて、俺はシーツをグシャリと握った。
質のよいシルクのベッドが俺を優しく包む。まるで「落ち着いて」と言っているみたいに。
けれど、生憎そんな気分じゃねぇんだ。
最悪だ。・・・最も見たくない夢を見ちまった。
思わず頭を抱えると、しっとりと汗をかいていることに気がついた。
じっとりとした気持ちの悪い汗は、自分の背中から尻の方までツゥ・・・と流れ落ちるほど。
こんなに寝起きの悪い朝は初めてだぜ。
ベッドから立ち上がれば、クラリと目眩もプラスされてもっと怠くなった。
未だに収まる事を知らない自分の心臓が憎い。
試合の前の高揚した緊張感、恋人と初めてキスをした優しいときめき・・・なんてものとは無縁とも言えるこのビート。
脈打つごとに先程みた悪夢は現実だと知らされる。
自分の汗によって若干透け気味のパジャマを見れば、本当にこんな汗をかくものなんだなと思った。
爽やかな青春の汗ではなく、嫌な気分の悪い冷や汗だ。
シャワーを浴びようとも思ったが、そんな気分でもねえ。
俺はパジャマをバサリと脱ぎ捨て、クローゼットに入っている制服のシャツに袖を通した。
汗がシャツを肌に引き付けて着にくい。
それにすら苛立ちながら俺はやっと着替え終えて、朝食を取った。
いつも通りにスープを口に運ぶも、味なんて感じている余裕なんてねえ。
心は悪夢に囚われたままだ。
居心地の悪すぎる黒いもやに、俺の心は取り残されてきた。
それは食事を食べ終わってからも、車に乗っている間も、ずっとだった。
モヤモヤとする心と頭でボーッとしていれば、運転手に呼ばれていることに気づいて急いで車から降りる。
ああ駄目だ、もっとしっかりしてねえと。
・・・しっかりしてねえからあんな夢見るんじゃねーの?
自問自答をしながら校門を潜る。
ここだ、俺は夢の中のこの場所で悪夢の主人公になった。
それは校門から昇降口までの距離、綺麗なタイルで整備されている大通りだ。
ここで、俺の恋人は・・・。
脳裏で勝手に再生される悪夢の感触を俺は忘れようと頭を振る。
けれど、どうしても思い出してしまう。
思い出さないようにと意識すればするほど濃く、鮮明に。
尚且つもっと悪い夢だったかのように加工されながら再生される。
ここで俺の恋人は、他の男に声を掛けられ、何故か仲睦まじく肩を寄せ合い・・・。
有ろうか事が、絡め合うように唇をも密着させあったのだ。
その残酷な光景を見せ付けられた俺は夢の中でさえ怒りで震え、空虚感に駆られながら、醜く嫉妬し。
そして、失望したのだ。
彼女じゃない。自分自身にだ。
実際、現実の恋人は絶対にそんな軽発な行動はしないし、第一俺を裏切るような真似はしない。
ただ、俺は夢の中でその押し寄せてくる汚い感情に溺れるだけだったんだ。
夢の中なら自分の立場に関係無くその男を彼女から突き放し、グウの一発でも入れてやるのに。
ただ目の前で起こる出来事に悲観して嘆いて、勝手に苛立っているだけだ。
夢の中とは不都合なものでなかなか自分の思い通りにいかない。
無意識に深い溜め息が口から洩れた。
「・・・跡部君、おはよ…?」
不意に聞こえた恋人の声に驚いて俺は後ろを振り向く。
そこには不安そうに瞳を曇らせて俺を下から覗き込んでいる可愛らしい恋人がいた。
流れるような栗色のセミロングが風に靡いていて俺はなんだか胸が苦しくなった。
本当に、どうしたの?
そう小さな唇で刻まれる心配の言葉は俺の心に酷く突き刺さる。
彼女に気づかれるほどに今日の自分は可笑しいのだと胸の内で笑った。
恋人の顔を見ると、やはり今朝の夢が記憶から引きずり出されるのだ。
ああ、やっぱり気分悪ぃ。
俺は首をかしげる恋人をそっと抱き寄せて、自分の胸に閉じ込めた。
驚く彼女が益々愛おしく感じ、髪にキスをする。
「なんでもねぇよ、倉永」
優しく恋人の耳へと声を囁けば彼女はフルリと身震いをし、身体が熱くなったのを感じた。
時折周りから聞こえる雌猫の悲鳴や冷やかしの声に恋人は酷く反応を示す。
ああそうか、通路のど真ん中で朝からこんなことをやっちゃ確かに目立つ。
本当に抵抗しているのか分からないないほどの非力な力でやんわりと俺の胸を押し返している。
俺の胸の中でぷはっと顔を上げて真っ赤な顔をして「恥ずかしい、離して」と懇願する恋人に堪らなく欲情した。
恋人の潤んだブラウンの瞳が更に俺のその感情を煽って仕方がない。
今朝あんな夢を見たからか、今日はいつも以上に倉永が欲しくて仕方が無かった。
「なあ、今日は俺様の家に泊まっていけ」
「ぇぅ、今日…?今度じゃダメな…」
「駄目だ」
彼女の細々と呟く唇に俺は自分の口を押し付ける。
んんっ、という恋人の可愛らしい声が殆ど雄叫びに近い雌猫どもの声によってかき消された。
チュッと水々しい音を立てながら口を離せば、恋人は顔が真っ赤だ。
羞恥心か怒りからか、俺は喉でクツクツと笑う。
すると恋人はフルフルと震えながら小さな口を大きく開けた。
「跡部君のバカっ!人前でこういうことしないでって言ってるのに!!」
「ほう…じゃあ今夜だな」
「っ!そういう事じゃ無いのにぃ」
しょんぼりと項垂れる恋人の手を取り、甲に口付けをする。
するとハッとしたように顔を上げ、また眉を下げさせる。
今日の跡部君、なんだか…。
変。
と、俺様の恋人は言うなり靴箱に駆けていった。
残された俺はフン、と髪をかきあげる。
確かに変だと。自覚しながら。
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