待ち合わせのその先に
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キラリと太陽が眩しい。
空は高く青い。
遠くに見える入道雲は、やっぱり夏だと再認識させられる。
額から流れ落ちる雫を、レースであしらったハンカチで拭った。
跡部君遅いなあ。
久々のデートは私が外で待ち合わせたいと言って渋谷のハチ公に落ち合うことになってるのに。
だって毎回毎回、家の前にベンツを停められても、ね。
たまには中学生のデートをしたいな。
人混みを眺めても大好きな彼の姿が見えない。
見ず知らずの、格好だけ似ている男性を目で追っては溜め息を吐く。
その度に不安ばかりが募っていった。
やっぱりいつも通り迎えに来て貰った方が良かったのかも知れないなあ。
待ち合わせ時間は当に10分過ぎている。
本当に珍しい。というか初めてだ。
彼が遅刻するというのは。
遅刻・・・。
もしかして、迷子?
ありえるかもしれない。
いつも車で移動してるし。
時にはヘリ、ジェット機。
馴染んだ歩道以外、彼は自身の足で歩かないだろう。
大丈夫かな、ああ、どうしよう・・・。
携帯は持っていない。
親がまだ駄目だと言うから。
跡部君から貰った、彼だけの連絡先が入っている携帯は恐れ多くて使えていない。
こんな事になるなら持ってくれば良かった・・・!
もう15分過ぎた。
そろそろ探しに行こうかと思った矢先に、トントンと肩を叩かれた。
私は思わず笑顔で振り向く。
「ぁ、跡部く・・・っ」
「おとと、残念!菊丸だよぉーん!なになにぃ?跡部とデート?」
爽やかにニコリと微笑む男性は愛しの彼じゃなくて、お友達の菊丸君だった。
ふと気が抜けると、菊丸君が私を気遣う態度を取る。
この前の練習試合で顔を会わせただけなのに・・・。
ちょっと、馴れ馴れしい、かもしれない。
俺は暇だからウロウロしてるっ、と笑顔で言われれば愛想笑いで返すしかなかった。
身体が少し、近くって。
人混みのせいで菊丸君が押されて、私はすっぽりと彼の身体に隠れる。
跡部君以外の男の人なんて近くにいたことが無いから、怖い。
菊丸君は逆光でくぐもった顔を照れ笑いさせるけれど、私は笑えなかった。
この笑顔が、この近さが、跡部君だったら良かったのに。
早く・・・来てよ。
私の気も知らずに、目の前の彼は笑顔で言う。
「いやぁ、参っちゃうよね。人が多くてさっ」
「そ、そうだね・・・」
愛想笑いしか出来ない私に腹が立つ。
ちょっと"嫌だ"と言うだけで良いのに。
無意識の考慮に妨げられる。
今度から、跡部君に迎えに来て貰おう。
彼から貰った携帯もきちんと使おう。
ああでも、今反省したって彼は許してくれるのだろうか。
まず怒鳴り散らされて、冷たい目で見られて、嫌みを言われて、それからそれから。
彼は人に怒るとき、そんな態度で怒る。
そして、・・・愛想を尽かされるのだろうか。
別れ話、というか一方的に切られるんじゃ無いだろうか。
彼に怒られたことは無いけれど、そんな感じじゃないだろうか。
勝手な空想でみるみる内に凹んでいく。
不安が心に溜まっていく。
顔がくしゃくしゃになる、辛くて。
そんな私を菊丸君は心配してくれるけれど、返って煽っていくだけだった。
彼の言うこと言うことにヘラヘラと笑う自分が大嫌いだ。
大丈夫大丈夫と呟いて、心配かけまいと変に笑って。
本当は叫びたかった。
跡部君の名を。叫んで探したかった。
「倉永!!」
その声に私の身体はピクリと跳ねる。
菊丸君は表情を曇らせた。
何処からか私を呼ぶ声がした。
聞きたかった声だ。
振り返る前に後ろに引っ張られる。
安心できる胸板に抱き締められる。
背中に彼の温かさを感じた。
ああ、この力強さは。香りは。
私は一瞬で緊張が解ける。
「跡部君・・・っ!」
私は振り返って抱き締めた。
彼も私を、強く強く抱き締める。
さっきまで心にあった不安なんて一気に抜けて、安心が滑り込んできた。
私の求めていた人。
「ふぇ、ぅっ・・・怖かった、よ」
「ごめんな、長く待たせちまって」
泣き出す私の涙を跡部君はすくい取ってくれる。
やっぱり私にはこの人しかいない。
跡部君じゃなきゃ駄目なんだ。
彼の瞳を見る。
深い深い、海みたいな色の綺麗な瞳。
その瞳には私が映っている。
いつも、私を映してくれている。
こんな何も無い平凡な私を。
跡部君は好いてくれてる。
私は答えなくちゃいけない。
「ひっく・・・跡部君大好きっ」
「・・・あぁ。俺もだ」
「ちょっとちょっと二人共!俺が居ること忘れてイチャつかないでよっ!」
抱き合う私たちの中に割ってはいる菊丸君。
跡部君はあからさまに嫌な顔をする。
・・・私も嫌だけど。
跡部君は腕を組み、菊丸君を見下すような態度を取る。
菊丸君を見る跡部君の瞳は私を見るときとは打って変わって、冷ややかで刺があった。
「で?なんでテメエがここにいるんだ。アーン?」
「たまたま倉永ちゃんに会ったんだにゃ、ねー♪」
「・・・っ」
クルリと私の方に振り向き、笑顔を近づかせてくる菊丸君。
私は思わず顔を背ける。
しばらく彼の視線を感じた。
けれど私は振り向かなかった。
すると、頬に柔らかい感触が、した。
・・・チュッ
そんな、水音と共に。
「へっ・・・えっ!?」
「なっ・・・!!」
「へへーんだ!俺の気持ちだよん。んじゃ、バイバーイ!」
驚きのあまり放けていると、菊丸君は人ごみを難なく掻き分けて行ってしまう。
思わず放けてしまう私。
振り返り跡部君を見ていたら、顔を真っ赤にさせてフルフルと震えていた。
ぁ・・・すっごい怒ってる。
その跡部君がこちらに手を伸ばし、乱暴に私を抱きとめる。
そして自分の袖を使って、菊丸君に触れられた私の頬を力強く擦った。
私はおとなしく目を瞑り、彼のされるがままになる。
するとまた頬に柔らかい感触。
薄目を開けると、あぁ今度は愛しの跡部君。
くすぐったい。気持ちいい。
ふにふにと私にキスをする跡部君に、私はどうにも言えない愛しさが沸いてくる。
私は跡部君に抱きつく。そして、彼の形の良い唇にキスをする。
「ふふっ、跡部君だぁいすきっ」
「大好きだ。・・・愛してる」
チュッと跡部君も私の唇にキスを落とす。
今度は誰にも邪魔されなかった。
二人してギューッと抱き合う。
ああ、幸せだ。
好きな人が、こんなに近くにいて。
好きな人が私を好いてくれて。
こんなにも温かい。
大好き、跡部君。
“愛してる”なんて照れくさくて言えないけど、いつか彼みたいに言いたいな。
私がそう噛み締めたとき、コホン、というおじさんの咳払いが聞こえた。
驚いて周りを見ると私たちに集中する目線の数々。
そう、ここは渋谷でハチ公の待ち合わせスポットのど真ん中。
人通りが多過ぎる中、私たちはハグして、キスして・・・!?
訳のわからない悲鳴を上げながら、跡部君を押し退けようとすれば、彼は全く真逆のことをしようとする。
押し退けようとした私の手を掴み、引き寄せる。
吐息が、掛かるぐらいに。
恥ずかしすぎて顔が熱くなるのを感じる中、
彼はずるいぐらいに艶やかな声で言う。
「いいじゃねぇか。見せつけてやれば」
「え、待って!ッんん」
直様口を塞がれる。
ザワザワと周りがうるさくなる。
緊張で心臓がドキドキじゃなくてバクバクとうるさい。
彼を感じる中、私はやっぱり跡部君の虜なんだなと感じた。
「ところでどうして遅れたの?」
「・・・慣れねえんだよ」
「え?」
「一人で歩道を歩くとか、慣れねえんだよ!」
「あ、跡部君・・・」(可愛い!可愛い!!
「チッ、迷子とか・・・。俺様の柄じゃねえな」
END 2014/8/25