Non stop
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桜の香りをほのかに感じながら、オレンジへと変わりゆく空を眺めていた。
私の胸は静かに高鳴っていく。
もうこの感情とは1年間付き合った。
けれど、今日でもう最後なのかもしれない。
こぼれ落ちそうな涙を無造作に拭き取る。
先輩ももう卒業。
私は二年生になるけれど、先輩は高校生。
別れてしまう。会えなくなってしまう。
それが私にとってとてつもなく辛くて、もどかしいことだった。
漏れそうになる嗚咽を我慢するかの如く、自分の口から悲恋ソングがポロポロと出てくる。
ああ、どうしてこの手の歌詞は私の心にほどよく浸透するのだろう。
細々と独りで歌っていれば、後ろの階段の扉が開く音が聞こえた。
そこには愛しの先輩が息を切らして立っていて、私の心がドキリと跳ねた。
「よお、聖。随分悲しげに歌ってんじゃねーか」
「ッ、先輩・・・卒業おめでとうございます」
「あぁ、ありがとう」
祝いの歌でも歌ってくれよ、と先輩に言われれば、私は快く頷いて卒業の歌を歌いだす。
先輩は慣れたように柵にもたれ掛かり、長い睫毛を伏せながら口元を上げる。
そんな先輩の姿も今日で見納め。
そう思うと、我慢していた涙がポロポロと流れ始め、歌っていた声も震え始める。
けれど私は歌い続ける。
私には、歌ことしか景吾先輩を祝えない。
先輩もそんな私の姿に、優しげなのか、慈愛なのか、微笑みをくれる。
先輩にも、私のこんな姿を見納めだと思っていて欲しい。
切実にそう願いながら私は歌いきった。
先輩は軽く拍手すると、私の涙を指で拭ってくれた。
予想もしなかった先輩の行動に私は驚く。
今までに、手以外にお互いの身体に触れたことすらないのに。
それも最後の優しさ。と私は先輩の手を受け入れれば、彼は笑った。
「ワルツ、口ずさめるか?鼻唄でもいい」
「っ、え?」
「今夜、俺様の家でパーティーがあるんだよ。思えばダンスなんて今まで練習していなかったしな」
「い、一応ちょっとなら」
「よろしく頼む」
先輩はそう微笑むと、私の腰に手を回し、片方の手を絡める。
へ、ぇ・・・ちょっと待って、私も踊るの?
訴えの目線を彼に届ければ、先輩は微笑むばかり。
これはやらなくちゃダメな感じだ、と私は内心羞恥の溜息を吐く。
そして意を決してワルツを口ずさんだ。
「た、タララララーン、タッタ・・・ぅぅ」
「ックク、そうだ。その感じで行け」
先輩の意地悪そうな笑に嬉しいやら恥ずかしいやらで身体の体温が上昇していく。
先輩が触れている部分が熱い。いや、それ以外も熱い。
身体も、今まで体験していないぐらいに近い。
先輩の上品な薔薇の香りでクラクラする。
ここまで近いと、薔薇の香りと共に先輩自身の香りまでする。
ボゥッ...と夢見がちな頭を必死に回転させながらうろ覚えのワルツを口ずさむ。
先輩は楽しそうに私をリードしてくれる。
練習なんて必要ないんじゃないかと思うぐらい綺麗で、完璧で、私は惚れ惚れする。
ワルツなんて十分に踊ったことのない私をここまで引き込むのだから大した物だと、
改めて景吾先輩のスペックの高さに感心した。
夕焼けの屋上に、タンタンッと軽い靴音が二人分鳴り響く。
太陽が映し出す私たちのシルエットはなんとも儚くて、切なかった。
「タララー、ジャッジャン!・・・っと、これでいいですか先輩。・・・景吾先輩?」
「・・・」
キュ、と靴音が響き、ワルツが終わっても先輩は私を離そうとしなかった。
先輩は私を深いブルーの瞳で見つめた後、強く抱きしめる。
先輩の身体は温かかった。
私は驚きで身を固くしたが、それは次第に溶けていった。
私も先輩の背中に手を回す。
先輩の背中は大きかった。
英国の別れ方ってこんな感じなのかなと、一人でドギマギしていれば、次第に先輩の香りで何も考えられなくなった。
クラクラ、クラクラ。
こんな気持ち、歌でも表現しきれない。
嬉しいのか、恥ずかしいのか
驚いているのかすら、よく分からない。
ただすごくドキドキしているのは分かった。
こなにドキドキさせてくれる人と、離れ離れになってしまう。
それがどうしても嫌で嫌で、仕方なかった。
私は先輩にしがみつく。
行かないで、どこにも行かないで。
駄々っ子のように泣いた。
彼は愛しいように私に微笑みを向ける。
先輩は、私にキスをした。
触れるか触れないかぐらいで、リップ音が私の混乱した頭を一瞬だけ無にさせる。
なんで、どうして。
先輩にそう言えば、また抱きしめられる。
「お前が好きだ。聖」
「ッ・・・あ、ぅ、ひっく」
「離れたくねえ」
先輩の言葉にうんうんと首が痛くなるほど頷いた。
私も先輩が好き。
離れたくない、一緒にいたい。
「お前の歌を、ずっと聞いていたい」
そう言ってくれる人は、今までにもたくさんいた。
けれど、私は今までにない喜びに胸浸る。
「景吾先輩が望むのなら、ずっと」
私は旋律を奏で続ける。
先輩のために疲れ果てて、動けなくなるまで歌い続けたい。
限度を迎えても、きっと乗り越えてみせる。
その気分に任せて、感じるままに。
旋律に身を任せよう。
私の歌は止まらない。
桜の香りを春の優しい風が運ぶ。
オレンジ色の空はどこか儚げで、懐かしい雰囲気を醸し出していた。
先輩は形の良い口を開く。
私と出会えてよかったと。
髪を無造作に掻き撫でた。それは先輩の癖。
お前は俺専属の歌姫だと、幸せそうに微笑んだ。
この声が枯れるまで歌い続けよう。
流れ出すコトバは自分の喉でオトとなりメロディへと変化する。
メロディは口から飛び出すと空気へ溶け込み、周りに響き渡る。
そこで初めてヒトは“うた”を耳にして、ココロへ浸透し“歌”になる。
先輩は、歌で笑顔になった。
歌姫も、笑顔になった。
END 2014/8/11