Non stop
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男の子の綺麗な髪も風に靡いていた。
そんな髪を掻き上げて、目を細めて笑う。
「俺様専属の歌手にしてやろうか、クク」
「っ?せ、専属・・・?ぁ、生徒、会長の」
「跡部景吾だ」
トン、と屋根から飛び降り私の前に来てしゃがみ込む。
行動に臆して呆気に取られていたら、綺麗な瞳と目が合う。
ジィっと見られる。
まるで品定めされているような気分になったけれど、本当に綺麗な目をしているなぁだなんて呑気に考える。
真顔だった顔が、また笑うのを見て私は無意識に肩が降りる。
そしてよく笑う人だ。と私は目をパチクリさせた。
形の良い唇からは、聞き心地の良い低音の声が自分の鼓膜を震わせた。
この人はどんな旋律を奏でるのだろう。
「・・・気に入った。お前、1年の倉永だろ」
「っ?!な、なんで知って・・・」
「アーン?俺様は生徒会長だぜ?そんなことぐらい知らないでどうする」
「すごい、です」
「フン、お前、歌ってる時は堂々としてるくせに」
よく言われることを言い当てられて私は顔が赤くなった気がした。
よく言われる。本当に。
彼が長い睫毛の備わる目を閉じ、膝に手を当てて軽々と立ち上がる。
それに比べて私は重々しくお尻を上げてパタパタとスカートをはたいた。
目の前に立つ彼を見上げて、あまりの背の違いに私は口をへの字にした。
彼は私を気にかけることなく、屋上の柵に肘をついて景色を眺めていた。
オレンジに染まり行く景色に彼の大きな背中はなんだか似合っていた。
けれど彼は何故か溜息を吐く。
なにかあったのかなと私の心が問いかけようとする。
けれど実際の私の行動は、胸に手をやり、キュッと力無く握り締めるだけ。
二人の屋上に、二人だけの沈黙が訪れる。
私は少し動悸の激しい胸を抑えながら、
歌で沈黙を破った。
ゆっくりと、聞き心地が良いはずの、バラードを歌う。
彼はまるで私の歌を待ちわびていたかのように
タイミング良く私に振り返った。
屋上の柵に肘を置いて、背中を預け、長い睫毛を伏せながら。
口角は緩やかに上がっていて、私はそんな彼の姿を見ると、
・・・何だか胸が変な感覚になった。
トクントクンと優しく刻む。
気持ちが良かった。
そんな感覚にドギマギしながら彼に目配せすれば、薄く開いた楽しげなブルーと交わる。
不思議な人、と思った。
同時に、だから生徒会長なんだ、と変な納得も。
歌い終わり、私は彼の目を覗った。
人に評価をされるのは嫌いだが、彼の意見は聞きたいと思った。
彼は形の良い唇を動かす。
「サンキュー、倉永」
私の頭をポンポンと軽く撫でて。
床に落ちたラケットを軽々と拾い、上品な薔薇の香りを靡かせながら、
階段へと続く扉を開いた。
そのまま行ってしまうのかと思ったら、クルリと振り返る。
私にビシッと綺麗な指先を向けて。
「それと、今度から俺様を名前で呼ぶこと。・・・いいな」
じゃあ、またな。と言って去っていく彼―景吾先輩―の姿を最後まで眺めた。
そのまま、また私はへたれ込む。
今度は景色なんかのせいじゃなくて、紛れもなく景吾先輩のせい。
顔が熱くて、先輩の姿が忘れられなくて。
ドキドキが止まらない。
独り屋上で、小さく小さく体操座りでうずくまった。
歌いたい。
とにかく、歌いたい。
今、自分が感じている事とピタリと当てはまる歌を。
小さく、小さく歌いだせば、いつの間にかオレンジ色に染まった空に大きく歌っていた。
また来てくれるかな、なんて淡い期待を抱いていれば、景吾先輩は定期的に来てくれて、
いつの間にか放課後は一緒に過ごすようになっていった。
先輩の部活へ見学に行ったり、私の歌に付き合ってくれたり。
景吾先輩の前で歌う度、想いが募って噴き出しそうになる。
けれど、それはダメ。
先輩の恋人はテニス。
私なんかの感情で、かき乱すわけには行かないの。
辛い想いが募るほどに、皆がよく聞いている、恋愛ソングを歌いたくなるのは私の心が単純な証拠で。
そんな気持ちを隠しながら、私は先輩の前で歌う。
先輩はいつでも、どこでも快く私の歌を受け入れてくれて。
たまに、二人でデュエットもした。
愛が生まれた日だとか、三年目の浮気だとか。
流石と言っていいほど男女の恋愛もの。
それでも真剣に歌う景吾先輩に、また私は溺れていく。
好きで、好きで、苦しい。
そんな感情を抱いて、もう1年が過ぎようとしていた。
卒業式。
先輩の卒業式。
桜の花が散る、綺麗な晴天の日に。
私たちは屋上で会う約束をした。
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