雨が降る
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お前に連れ出された、小さな七夕祭り。
“これでも大きい方なんだよ”
そう言うお前の顔はこれまで付き合ってきた中で一番楽しそうで。
お前が楽しいならまあいいかと俺は気にしないでいた。
わざわざ俺のために新しい浴衣を着て、髪を盛って、可愛らしい花飾りを付けて。
そんなお前を引き連れた歩き、振り向く男共に俺は自慢顔をする。
お前らの隣を歩くブサイクな女よりも、俺の彼女の倉永の方がはるかに可愛くて、素直なんだ。
横顔をちらりと見れば、血色の良い唇が俺の名前を刻んで、思わず公衆の面前でキスをしたくなる。
屋台に並ぶ品がなくて、とんでもなく安いB級グルメを俺たちは食べながら歩く。
上を見上げれば七夕飾りがとても綺麗で。
ま、こういうのもたまには良いのかもしれねえな。
時刻は夕方になり、ポツポツと街灯が付き始め、七夕飾りも綺麗なイルミネーションに変わる。
“綺麗だね”
そう言う彼女の肌にイルミネーションが反射してキラキラしていた。
「アーン?お前の方が綺麗だぜ?」
「跡部君・・・よく平然とそう言うセリフ言えるよね」
本当のことだからだ、と俺が言葉を付け足すと彼女はプイとそっぽを向いた。
顔が赤くなってやがる。
ククと俺が喉で笑えば彼女は無言で歩行者天国に置いてある笹に指をさす。
「願い事、書こ!」
「あんな紙っぺらに俺様の願いが全部書けるわけねえだろ」
「叶えてもらえるのは一つだよ!」
そんなことを言いながら俺たち二人は並んで短冊に願い事を書き付けて、同じ位置にぶら下げる。
二人で笑いあった瞬間に鼻先がポツリと濡れた。
雨。
あんなに綺麗だった七夕飾りも雨に濡れ始め、俺たちも濡れないようにとそばの建物で雨宿りをした。
最悪だね、と言うお前の顔はしかめっ面でも可愛くて。
俺はお前が愛しくなった。
しばらく二人で雨を眺めながらボゥっとする。
この時間が幸せだと俺は思った。
俺がテニス部で忙しい中、コイツと会える時間なんて限られているものだ。
今日だって、何週間ぶりの休みで会えたんだ。
もっと倉永との時間を大切にしたい。
そう思った矢先に、隣でお前が不意に呟く。
「・・・別れよう、か」
時が止まった気がした。
俺の耳の聞き間違いだと信じたかった。
心臓が脈を一時的に早く進めた。
寒気がした。悪寒がした。鳥肌が立った。
考えたくもない。
お前と別れるなんて。
反吐が出る。虫唾が走る。
不吉なことを言うお前に俺は咄嗟に振り向いた。
お前、本気でそう言ってんのかよ。
そんな俺に彼女は取り繕うように首をブンブンと振る。
「ああ、違う違う!!織姫と彦星の事!」
「アーン?ったく、紛らわしい奴だな」
けれど、彼女の否定の一言で俺の気持ちは落ち着きを取り戻す。
俺の感情をこんなに左右できるのは、やっぱりお前だけだ。
自分の単純さに内心笑いつつも彼女の話に耳を傾ける。
ザアザアという雨の音が心地よいBGMとなって。
よく聞くよね。
七夕に降る雨は、織姫と彦星が流した涙だって。
皆は別れ際の涙だって言うけれど、私は違うと思う。
嬉し涙、だと思ってるよ、私は。
だって1年越しの再会だもんね。
嬉しいに決まってるよ。
1日だけ会えて、他の364日は会えなくて。
毎日毎日・・・皆のための仕事ばかり。
きっと仕事の苦労を重ねるたびに、お互いに“会いたい”っていう気持ちが募るんじゃないかな。
そして7月7日の夜に、やっと会えた。
好きっていう気持ちが、溢れて溢れて。
それが涙になって、今降ってるんだろうなあ。
ね、跡部君。
自分の熱い気持ちを述べて、俺に首を傾げて問う倉永。
俺は彼女の話を聞いて他人事とは思えず、胸が熱くなる。
俺たちは決して1年間という長い時間ではないけれど、ずっと会えない時間が続いた。
俺が部長やら生徒会やらの仕事でバタバタしている時、ずっと俺を待ってくれていた。
確かに、倉永の言う通りだ。
仕事をすればするほど、お前が恋しくなる。
時間が開けば開くほど、会いたいと願う。
きっとお前も俺を待てば待つほど胸を焦がしていたのだろうか。
夜が寂しくなる。
今日一日の出来事を思い出しても、お前との思い出は作れず、出てくるのはいつも同じことばかり。
お前が恋しい。
好きが溢れた。
そして、
7月7日の今日、・・・やっと俺たちは会えた。
だからお前は精一杯のおしゃれをして着飾って。
だから俺はこんなにも気分が良くて。
互いに再開を楽しんだ。
・・・この雨。
俺は彼女の細く柔らかい手を引っ張り、雨の降る道へと出る。
今は雨宿りしている人たちばかりで、道は空いていた。
「えっ、ちょっと跡部君!濡れちゃうよ!」
「お前がこの雨が織姫と彦星の再開の涙というのなら、俺は喜んでこの涙に打たれよう」
そうでないといけない、と感じた。
1年に1度の、降るか降らないか分からない雨。
星たちの涙を、聖水を、俺は浴びたい、と。
温かく、撫でるように優しい雨となった。
俺たちは手を繋いで、雨に濡れたお互いの短冊を見合う。
そこには俺と倉永の字で、全く同じ願い事が書かれていて。
俺たちは顔を見合わせて微笑んだ。
ああ、こんなにも幸せでいいのだろうか。
こんなにも幸せな気持ちはあるんだろうか。
やがて雨が止み、夕方から夜へと、空が変わっていた。
俺たちは再び歩き出す人々の中で。
“愛しい”という衝動に駆られて、抱き合う。
しっとりと濡れて、体温が伝わって、心地よい。
互いを、感じ合う。
好きが募る。
やがてキスをする。
軽く軽く、触れるぐらいの優しいキス。
幸せだ。
「好きだ」
そう彼女の耳に呟いて、上を見上げれば。
綺麗な星空が俺たちへ光を注いでいた。
誰もいなくなった道に、大きな笹が風に吹かれている。
短冊が、ふわりふわりと風になびく。
“恋人とずっと一緒にいたい”
そんな、俺たちの願い。
星に願うなんてナンセンスだと思ったけれど。
この願いが俺の願いたちの中で、一番に強い願いだ。
END 2014/7/7