Thought is told
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今日は学園のあちらこちらでハートが飛び交っていた。
自分の想いを伝えてその人と新たな関係を築き上げる人たちもいれば、
またその築き上げた絆をより深いものにしていく人々まで。
私は、どっちなんだろう。
スクールバッグに入っている彼へのチョコの存在を確認しつつ溜息を付いた。
もうすぐで放課後。
私はいつもまでも恋人に渡せないでいた。
ほかの人には簡単に渡せたのに。
自分の教室の席で頭を悩ませながら唸れば、後ろから私の肩を叩く人が一人。
「なあ倉永」
「ん、あ。忍足君」
「チョコ、ありがとうな。義理でも嬉しかったで」
そう言って微笑む彼もまた学園の中じゃ指折りに人気の高い人物で。
今日も何個か、いや、何十個かチョコをもらっている姿を目撃した。
もちろん私もいつもお世話になってます、という意味を込めて彼にチョコを渡したけど。
彼の言葉に私がいやいやそんな、と首を振ると彼は心配そうに私の瞳を覗き込んだ。
「で?跡部にはいつあげるんや」
「う、うぅむ」
「ずっと待ってんで?あの男」
そう言って忍足君が見つめる先には不機嫌そうな跡部君がいて。
私は少し心を痛めた。
だって・・・。緊張して渡せないもん。
そう忍足君に言えば、どこのおこちゃまや。とか言ってデコピンされた。
しっかり渡しときや。と彼が席に戻れば、下校のチャイムが鳴り響いて皆が席を立つ。
だけど跡部君はドンと座っていて。
ドキドキする胸を抑えながら跡部君へと近づけば、彼を呼ぶ女の子たちの声。
頬を赤らめながら好きな人にチョコを渡す彼女たちは、とっても可愛い女の子で。
チラリと見えたチョコが私の手作りのチョコより質の良いものだと知る。
あげるの、やめようかな。
ポツリと思った考えがジワジワと胸の中で広がっていく。
跡部君だって学園一でモテるし、チョコ、飽きちゃってるよね。
嫉妬なんてよりも先に諦めが生じる。
やめとこ。
教室からブラリと出れば部活へ行く最中の滝君と会って。
彼は両手いっぱいにチョコレートの箱を抱えて幸せそうな笑みで私に問いかけた。
「やあ、倉永さん!見てよこの大量のチョコ」
「フフ、すごいねっ。でもそんなに貰ったら食べるの大変じゃない?」
私が首をかしげてそう問えば、滝君はまあね。と髪を靡かせながら頷いた。
太っちゃいそうだし。と小さな笑いが起これば彼はでもね。と言葉を続ける。
「たとえ知らない子でも、俺のことを想って作ってくれたんだからすごく嬉しいよ」
「・・・そっか、そうだね」
倉永は俺にはくれないの~?と覗き込見ながら意地悪そうな顔をする。
私はその滝君の言葉にドキリと鞄の中のチョコの存在を確かめた。
だけどあげる気にはならなくて、首を横に振ると滝君は少し微笑む。
残念、でもまあ跡部に渡すんだよな。やるねー。
と、呟いて去っていった。
違うの滝君。これは、このチョコは・・・。
どうしようかと考えてふと昔見たドラマのシーンを思い出す。
結局想い人に渡せなかった主人公。
それを屋上へ持って行って投げ、バカヤローと叫ぶ。
なんとなく私はそれに憧れていて。
今なら出来る気がする、と屋上へ向かった。
ガチャりと重い扉を開けたその向こうは嫌なほど青空が広がっていて。
こんなにも綺麗で美しいというのに、人は誰もいなかった。
フェンス越しに下を見ればやっぱりハートが飛び交う風景で。
憂鬱な気分を押し殺し、鞄から彼へのチョコレートを取り出す。
不器用な私でも、綺麗に包めたと豪語していたラッピングは妙に色あせて見えた。
中には初めて作ったトリュフチョコレートが。
それを思い浮かべたらますます渡すのが嫌になって、私はフェンス越しの青空を見つめた。
「ば、ばかやろー・・・」
誰もいない屋上で独りで叫ぶにはやっぱり恥ずかしすぎて。
だけど勇気を持って振り上げれば、スっと手の内から消えていくチョコレート。
あ、あれ?
驚いて振り返れば、跡部君がクツクツと面白そうに笑っていた。
彼の手には私のチョコレートが収まっていて。
あ、と私が口を開けば、彼が先に言葉を漏らした。
「何してんだ。ックク」
「ッ・・・。返して」
恥ずかしさで彼の手の内からチョコレートを取り返そうとすれば、
見事に交わされ、逆にフェンスへと押しやられる。
ガシャンと鳴り響くフェンスの音はさっきの私の行動を笑っているように思えて、さらに身体が熱くなった。
彼がフェンスに手をかけて片手でチョコをヒラヒラと煽る。
「これ、俺様へのチョコだろ?何変なことして捨てようとしてんだ」
「ち、違うもん。それ跡部君のじゃないもん」
思わず意味のない嘘をついてしまえば彼はまた喉を鳴らして笑う。
箱の表面を私に見せつけて、だったらこれは何だ?と意地悪そうに名前のプレートを見せつけた。
それには私の字で“跡部君へ”と書かれていて、何も言えなくなった。
なんで自分で自分を追い詰めてんだろ。
虚しい気分に浸る。
「跡部君チョコいっぱい貰ってるんだから私のが無くても別にいいでしょ」
「いや、俺はチョコ一つも貰ってないぜ」
シレッという跡部君の顔を私は思わず二度見して、え?と言葉を溢れさせた。
全部断った。そう言う跡部君の顔は嘘を付いているように見えなくて、私は少し嬉しくなる。
跡部君はフェンスから私を開放して、シュル・・・と箱のリボンを解きながら呟いた。
「チッ、ずっと朝から待ってたのによ。お前、渡しに来ねえもんな」
「ご、ごめん」
「ん、うまいぜ。これ」
口にトリュフを一つパクリと食べた跡部君はそう呟く。
本当?と私が聞けば、本当だ。と答えてもう一つのトリュフを私の口へと入れる。
まぶされたココアパウダーがフワリと口の中で広がり、流れ出るように溶け出すチョコ。
初めて作った割には美味しいかも、と心の中で思った。
モグモグしている私に跡部君は口元に弧を描く。
お前も美味しそうだ。
そう呟くのが聞こえて顔を上げれば、彼の唇によって口が塞がれる。
驚きで顔を逸らそうとすれば、彼の手が頬へ伸びてきて逃れることはできなくなった。
二人で共有するチョコの味は、甘すぎて、くどくて。
頭の中が蕩ける様に痺れる。
鼻に霞むチョコの香りは私たちを翻弄させた。
「ん、む。ッふぅ」
「だが、甘過ぎる。今度はもっとビターのにしろ」
甘過ぎるのは苦手だ。
そう彼が呟いても一向に口づけが止まる気配が無くて。
私は思わず、なんで、と呟けば彼は吐息混じりにこう言った。
俺様に一番にチョコを渡さなかった罰。
プラスして俺様へのチョコを捨てようとした罰だ。
ごめんと呟いても彼は止めてくれなくて。
気づいたらまたフェンスに押し付けられていて。
シュル・・・とネクタイを外される感覚がして慌てて彼の腕を止めれば、今度はシャツのボタン二つを外される。
「ッんん!あと、べ君。ここ、外!っふぁ」
「外が嫌なら中でしてもいいのかよ」
そう言って彼は唇を今度は首筋に移し替える。
首に味覚なんてないのに、甘くてくどい感覚がそこにも咲いた。
口の中のチョコの香りに酔わされながら、彼の与える感覚に身を委ねる。
チゥッと鈍い痛みが首筋に襲えば、なぜだか彼に愛されてると感じて身体が震えた。
彼の口から届く水々しいリップ音で、頭がクラクラと揺らいでいくのが分かる。
なんだか、何でも言えそうな気がして。
私は彼の与える感覚から口を開いた。
「ッあ、とべ君、好きッ」
「あぁ、他には?」
「大好きッ」
「ッん、足りねえな」
彼の唇が徐々に下に行き始め、身体が震えた。
嫌、やめて。と私が届ければ、彼はクスリと鼻で笑う。
本当は嫌じゃねえくせに。
そう言って熱い吐息が胸元に掛かれば、たしかにそうだと私の身体が肯定した。
無意識に彼を抱きしめる私の手が本当に憎らしくて。
小さな吐息とともに互いに熱くなっていく体温は二人共感じ取っていて。
思わず私は口にした。
「跡部君ッ、好き、愛してるの」
「ッ。お前・・・」
なぜか泣き出した私に跡部君は驚き、直様服を直してくれて、私を優しく抱きしめた。
ヒックヒックと彼の胸元でたかぶる感情を、押さえ込めば押さえ込むほど反動で流れる涙。
ごめんね、跡部君。泣きたくて泣いてるわけじゃないの。
そう伝えたいのに口から出てくる言葉は嗚咽ばかりで私を苛立たせた。
「すまん、やりすぎた」
私がブンブンと首を横に振れば彼は目を見開いて、それから優しく微笑んだ。
制服の袖で必死に涙を拭けば、私も微笑んだ。
そんな私を見て彼は口元を手の甲で抑えて、フイとそっぽを向く。
あれ?
彼は覗き込んだ私に含羞んで手を差し伸べた。
「俺もお前を愛してるぜ、倉永」
「ッうん!」
とびっきりの笑顔で彼の差し出してくれた手を取れば、引っ張られておでこにキスを落とされる。
それが今までに感じたことがないくらい幸せに思えて、胸が高鳴った。
彼を、跡部君を好きになれて良かったと思った。
二人で屋上を後にしようとすれば、フワリと頬に霞んでいく冷たいもの。
それは、雪。
青空の中にチラチラと降る雪はとても綺麗で。
私は思わず呟いた。
ばかやろー。
ってね。
あなたにチョコを投げなくて良かった。
私は跡部君にキュッと抱き寄せられて、幸せに身を包みながら、
屋上を後にした。
Fin. 2014/2/14