A fortunate joke
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「けーぃちゃんっ!」
登校中、そう呼びながら俺の周りを仔犬のようについて回るのは、俺の幼馴染のうるさい奴。
彼女の振りまく笑顔は皆を和ませる力がある。
そのせいか、彼女は常に皆の中心となり、輝いていた。
俺は景ちゃん景ちゃん、と裾を引っ張る彼女をポンポンと撫でる。
「アーン?どうした」
「ほらっ、見てみて空!ゆーふぉーだっ!!」
こんな調子でいつもくだらないジョークを言い、俺をのせようとする。
腕にぴったりとくっつく彼女と俺は別に付き合ってなんかない。
昔から、こうしていた。といえば理由になるのだろうか。
俺が彼女の顔を見下ろすと、お返事ちょーだい、の瞳で訴える。
「UFOなら日吉に見てもらえ」
「えー、若君。ノリが景ちゃんより悪いもん」
俺がそう言えば、彼女は日吉の応答の真似をする。
それが妙に似ていて、思わず俺は吹き出した。すれば彼女は嬉しそうに花を咲かせる。
ずっとこんな日々が続けばいいのに。そう思った。
俺は昔から彼女に恋をしていた。
彼女は俺の気持ちを知っているだろうか。いや、知らないだろう。
彼女も俺に思いを寄せてくれていないだろうか。いや、ただの幼馴染だろう。
別に俺から想いを告げてもいいのだが、それだけじゃあつまらないと感じる。
タイミングを図っては逃し続ける毎日。アイツの笑顔が俺の想いを告げる口を妨ぐ。
もし、拒絶されたら、俺はどうすればいいのだろう。
そんな“IF”の世界に囚われていた。というのもあった。
そんな俺の気持ちも知らないで、彼女は元気に俺を引っ張り教室へと押しやった。
忍足がこちらに気づき、笑顔で彼女の名を呼ぶと、彼女は迷い無しに奴へと飛び込んだ。
皆と仲の良い彼女。
男女の中を知らない彼女。
そんなアイツに惚れた俺は不幸だと思った。
放課後、部活の最中に彼女が俺の見知らぬ男子生徒と校舎裏へ消えていくのが見えた。
・・・まさか。
彼女はモテる。俺ほどでは無いが、ほかの女どもよりモテているのは確実だった。
やはりあの人懐っこい性格が原因か、それとも笑顔か。
そしてその告白はだいたい決まって俺が傍にいない時に起こる。
“けーぃちゃーん!やばいっ告白されたっ!でも振っちゃったっ!!”
何度そのセリフを聞いて、肝を煎ただろうか。そんな思いを味わうのは嫌気がさした。
別に放っておいてもいいのだが、なんだか今日はそんな気分にならなかった。
フン、覗きにでも・・・行ってみるか?
傍にいた忍足に一言“抜ける”と告げて、俺はラケットを脇に抱えてテニスコートから外へ出た。
校舎裏に近づくにつれて聞こえてくる彼女と男子生徒の声。
「あのっ僕、ずっと好きだったんです」
俺がたどり着く頃、ちょうど忌々しい告白が聞こえた。
彼女はなんと答えるのだろう。彼女はいつもなんと断っているのだろう。
心にふと浮かび上がった疑問に俺は足を止め、耳を澄ました。
俺のいる場所から角を曲がれば彼女たちのいるところ。
トン、と校舎にもたれ掛かれば、同時に彼女の声がした。
「あのっ、気持ちはありがたいんだけど・・・私っ、好きな人がいるのっ」
断り慣れているような、少し悲しげのような声が俺の耳元へと届いた。
だが、振る振らないの問題ではなく、
俺は“好きな人がいる”と言った彼女の言葉だけが、頭の中で反響した。
アイツ、好きな奴がいやがったのか・・・。
それから泣きながら返る男子生徒と目が合えば、そいつは俺を一瞥して消えていった。
アイツはどうしているだろうと角を曲がれば、こちらに背を向けボーッと立ち尽くしてる彼女がいた。
おい、と声を掛ければ彼女は泣いていた。
「・・・どうした」
「バカ。知ってるくせに」
確かに俺は知っていた。彼女は人の気持ちを考慮し、感情が移入してしまい、涙を流してしまうこと。
昔から度々あった。心優しい女の子。
好きな奴とは誰だ、そう問いたかったが止めた。
俺もそこまでデリカシーの無い男じゃあねえ。
彼女は俺の目の前にちょこんと立ち、グスグスと袖で涙を拭けば、「嘘泣きだよっ!」と笑ってみせた。
面白いジョークだな、と俺は言ってやると、彼女の頬にキスをした。
無理して笑う彼女を見ていられなくて。嫌われるのも承知で、俺は彼女にキスをした。
彼女は驚き微笑むと、俺に抱きつき、そして俺は彼女の香りに溺れた。
落ちる自分のラケットがやけに現実を主張していた。
コイツ、こんなに小さかったのか。
俺の胸元に縋り付く彼女は恋しくて、愛しくて。俺の感情を麻痺させる。
「・・・なの」
彼女の言葉が聞こえた。
「けいちゃんが、好きなのっ」
頬が紅く染まった彼女の言葉で俺の中の“何か”が沸騰する。
ああ、ヤバイ。駄目だ。・・・抑えられねえ。
俺はまたキスを落とす。今度は彼女の涙で濡れた唇に。
最初は優しく。
だけど次第に荒くなっていくキスと己の欲望。
それはコイツの声が俺の気持ちを高ぶらせているからか。
「ッん、・・・ふぁう、ん」
彼女の甘い声が俺の頭の中を蕩けさせる。
こんな声も出せるのかよ・・・。
俺の知っている彼女は、小さくて、可愛くて、どこか抜けていて。
だけど今俺が愛する女は、しっかりと大人の身体に近づいていて。
柔らかな彼女の身体が俺に押し付けられる度に齷齪する。
彼女の腰のラインを撫でれば、それだけで彼女は身体を震わせた。
それは俺の黒い欲望を掻き立てるのと同じ。
これ以上、駄目だ。これ以上・・・。
俺は、彼女の肩を持ち、一気に引き離した。
「ふぁ、け、ぃちゃん?」
「好きだ。俺も。どうしようもねえくらい」
昔から、好きだった。
そう俺が俯けば、彼女からのキスが降ってくる。
「知ってるっ!」
彼女は顔を真っ赤にさせて微笑んだ。
本当に、最高に、面白いジョークだと俺は笑って。
またキスへと溺れた。
こんな彼女に惚れた俺は幸せだと感じた。
Fin. 2014/1/31