Me who became a king
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1月5日 23:47
跡部王国建国記念日前夜祭。
俺はちょうどその時刻、前夜祭パーティーの酔いを冷ますため、
明かりも灯していない真っ暗な自身の部屋に戻っていた。
ただ広いだけであるその部屋には、宝石が贅沢に散りばめられたベッド。
深紅の布にに黄金の骨組みで組み立てられた柔らかで無機質なソファ。
真ん中にポツリと薔薇が息も切れ切れに生けられている木製のテーブル。
暖かくなるはずが冷えきっている暖炉。
羊の毛が目一杯使われている寂れたカーペット。
そしてバルコニーへと繋がる窓の側に、満月の光を浴びて健気に輝く国王の王冠。
ただ、それだけがある部屋だった。
俺は部屋に入り、方苦しい正装から血のように綺麗なマントを無造作に剥ぎ取ると
ソファに投げ捨て、身をドサリとベッドに押しやった。
肌に優しいシルクのシーツが俺を優しく受け止める。
目を閉じれば、たった今うんざりして出てきたオーディトリアムから
政治家、資産家、どこぞの姫、御嬢様が奏でる醜い喧騒が聞こえてくるよう。
美しく甘美なオーケストラの演奏もその中じゃ喧騒と言ってもなんら代わりない。
醜い。本当に醜い。
本当に国の記念日を祝うためにここに来ているのか。
俺にはこれを期に、自分達の顔を広めようと
必死に表を取り繕っている人間共しか目に入らなかった。
ふうと息抜きに溜め息を吐けば、より心がズンと重くなるだけ。
こんな調子で明日の祝辞は行えるのだろうか。
それが開催されるバルコニーをチラリと見れば、フワリと風に踊るカーテン。
いつの間にか開け放たれたバルコニーへと続く扉。
そしてその近くに、直接に満月の輝きを受けてより雅やかに光を放つ俺様の王冠。
よりも釘付けになる見慣れぬもの。
部屋が暗いのにも関わらず、何故かはっきり見えた。
驚きのあまり息を飲む。
そうせざる負えなかった。
深々と興味の色を浮かべた見慣れたブルーの瞳。
それは王冠に釘付けとなっている。
いつの日か着ていた、汗と涙で廃れたアイスブルーのジャージ。
着慣れたようにソイツは身につけていた。
そして、まつ毛の長い綺麗な右目の下にはチャームポイントの泣きボクロ。
俺はソっと自分の物に触れた。
ソイツは不思議な淡く光るベールに包まれていた。
それは・・・ソイツは・・・
昔の俺だった。
「これ、俺様のものなのか?」
ソイツは小さな口を開き、幼声で俺に言葉を届けた。
背も小さく、筋肉もあまり付いていない華奢なソイツ。
ブルーの瞳が俺を捉えれば、眩しくなり思わず目を逸らして“あぁ”と呟いた。
すれば、また輝いた瞳で王冠を羨ましそうに見つめる。
なんなんだ、どうして俺がいる?昔の俺が。
身体は疲れきって動かないが、頭だけが異常に早く回転した。
しかし結論は分からずじまい。
そんな間にもソイツは王冠の周りをまるで仔犬のようにクルクルと回っていた。
トタトタと小さな足音が俺の部屋に静かに響く。
俺は目をギュッと瞑り、これは夢だ、悪い夢を見ているんだと思い込ませ、目を開く。
目を開けばそこに小さき俺が俺を覗き込んでいた。
「ッ・・・!?」
「お前、やったんだな。ついに!」
ソイツは歓喜の声を上げると同時に俺に飛びつく。
一緒にベッドへと身体を沈めれば、ソイツは冷たくも温かくて心地が良かった。
ひやりと冷たい手が俺の頬を捉える。
「無理するな」
その言葉が俺を震わす。目を見開く。
無理なんかしていない、と心の中で呟いてもそれを目の前の俺が否定する。
インサイト
「俺様の眼力は誤魔化せねえよ」
ああ、何年ぶりに聞いた言葉だろう。
その言葉を俺はいつからか言わなくなった。
いや、言えなくなった。
なぜなら、
「お前、今でもテニスしてるのか?」
いいや、していない。
仕事に忙しく、テニスもご令嬢のお付き合いですることしか無くなり、
楽しめなくなって、辞めた。
不意に心に真田、手塚、そして越前リョーマの顔が思い浮かぶ。
。。。。。。。ライバル
俺が唯一認めた好敵手たち。
今でも、テニスをしているのだろうか。
そう思えば、羨ましい感情に自身が溺れた。
「なあ、あの王冠かぶってみせろよ」
あくまでもソイツは上から目線で俺に物を言った。
ったく、どこの王様気分だ。
俺は立ち上がり、満月の光受けて輝く王冠を手に取り、自身の頭に掲げた。
見た目より重く、ずっとつけていれば首が痛くなるであろうそれは、
俺の心の重荷でさえもあった。
そんな俺の気持ちも露程も知らずか、無邪気に口元を上げてみせた。
「かっこいいな。似合ってるぜ」
月の光に照らされ、輝く王冠。そして幼き俺。
何故か切ない気持ちに俺を陥らせた。
昔の俺は、自分では大人ぶり、みんなの上を行っていた気でいたが・・・
こう見ればただの生意気なガキに見えた。
それでもコイツは努力という物を悲痛ながら積み重ね、どれだけ己が惨めでも
努力を積み重ねた。
それが・・・今の俺はどうだ。
自分が嫌ならテニスでも辞め、喧騒から逃げ。
コイツの、・・・俺の今までの努力を踏みにじった。
こんなもの、つけている価値なんて無い。
王冠を脱ぎ去り、地面に叩きつけようとしたところで、
俺の手に、アイツの手が重なる。
アイツの勝気な目には涙が溜まっていた。
「自暴自棄になるな。もっと周りをよく見ろ」
「お前は頑張った、誰よりも頑張った。だからここに居る」
ソイツは言う。
俺に言う。
涙を流しながら俺に言う。
俺はただただ幼い俺の言葉に頷く。
「俺もお前を目指し頑張る。俺様の目標になるお前がそんなんじゃ駄目だろう」
アーン?
お決まりのセリフが口からこぼれ落ちれば、俺は微笑む。
アイツも泣きながら俺を強い力を持った瞳で俺を見据える。
負けてられねえな、俺も。
熱き思いがまた胸から溢れ出てくる。
懐かしいこの気持ち。
いつの間に俺の心から忘れ去られていた感情なんだろう。
試合前の緊張感、聞こえてくる歓声の高揚感、追い込まれた時のスリル。
それを全て兼ね備えた己の熱きこの思い。
この気持ちさえあれば大丈夫。
俺は
「やっていける、お前がいなくても」
俺の不安な気持ちが積み重なって出来た幻影。
目の前の俺に俺はそう言った。
アイツは微笑む、泣きながら。
俺も微笑む、熱き思いを胸に抱きながら。
そうすれば、アイツの身体を包んでいた光が徐々に増して、消えてゆく。
ああ、もう行ってしまうのか。
さっき俺が吐いた台詞とは裏腹にそう思う矛盾の気持ち。
俺の手を包むアイツの手がギュッと力が込もる。
フワリフワリと消えていくアイツ。
それは素晴しく美しくて、眩惑で、儚かった。
消えゆくアイツは最期にこう言った。
。。。。。。。キング
「良い国だな、王様」
俺は泣いた。
こんな俺を
王様と呼んでくれた、まだ幼い跡部景吾に泣いた。
そして12時を告げる鐘が鳴り響く。
1月6日 00:00
跡部王国建国記念日
俺様は真紅のマントを身にまとい、輝く王冠を身につけ、
みんなの待つ輝かしいオーディトリアムへと歩みを進ませた。
Fin →