不器用な春
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お前はまるで風のよう。
俺が必死に手を伸ばし、お前を捕まえようとー手に入れようとーしても
フワリと春の香りを微かに残し、過ぎ去ってしまう。
思えばお前という名の春と出会ったのも、
桜が可笑しいほど咲き乱れ、皆が酔狂になっていた時期だったか。
そんな頃の朝日が照らす、眩しい教室の中。
お前は無愛想にニコリともせず俺に言った。
「あなた、王様なんだってね」
俺の為にわざわざ用意されたようで、
それでいて他人行儀な言葉。
それも仕方ないのかもしれない。
お前は転校してきて、俺と初めて会ったのだから。
お前はその言葉を吐くとすぐに行ってしまったが、
俺は何も映らないお前の瞳に興味を持った。
暗く、それでいて澄んでいる漆黒の瞳。
その瞳にこれから一体何が映るのか。
俺は何故かとても知りたくなった。
ーーーーー不器用な春ーーーーー
そんな頃から一枠外れ、夏もこれから始まるぞと言う時。
青い葉が生い茂り、初夏の夕暮れ爽やかな風が、俺らが残る教室を吹き抜けていく。
その風を頬や髪、身体で感じる。
そしてこの程よく風流な環境に一緒に身を任せている春に俺は目を向けた。
「おい、倉永」
「・・・なに?王様」
春は俺の呼びかけに俺よりも冷えた瞳で目もくれず機械的に応える。
"王様"
そう呼ばれることは俺にとって誇り高く、名誉なこと
そして当たり前のこと。
だが、春が言うソレは俺を苛立ちへと追いやる。
本当に可愛げのない女。
いつも孤独でヒトリの女。
いつも自ら孤独を選ぶ女。
この冷たい春には友達と呼べるほどの人間はいない。
俺様がじきじきに話しかけてやっても、
春から吹き出る風はいつも皮肉を身にまとっていた。
しかし、そんな冷淡な風を感じている内に気づいた事がある。
暖かな春の風邪は、酷く芯が冷えるような風に多い被さられている。
だが俺はその中の春のような暖かな風に、
少しずつ、少しずつだが確かに触れられるようになっていた。
「今日は無いのか。あれ」
「沢山あるわよ」
冷たい春が取り出す、色とりどりのレター。
春にはぴったりな色ばかりの鮮やかなレター。
まるで春に咲く花たちのように。
だが、俺はその花たちを奪い取ると、一気に破り捨てた。
いらねえ。こんな物で俺の心が動くと思うんじゃねえ。
自分から春に求めた代物なのに目の前で破り捨てる。
そんな矛盾した俺の行動に春は疑問の風を吹かした。
"片付けるのが大変そうね"
そんな風が俺を優しく吹き付ける。
付け加えて貴方が掃除するんでしょう?と、
まるで他人事のように少し冷たい風が頬を触れる。
ばーか。どうして俺が雌猫共にそれをお前に預けるように言いつけ、
なぜ俺が目の前でそれを破り捨てると思っている?
「フン、不器用な奴」
春の風に俺の言葉をぶつける。
そして俺自身にも。
分かってる。
本当はこんな事じゃ自身の気持ちも何を伝えたいのかも分かるはずがない、と。
互いに不器用すぎる。
忍足にもそう呟かれた。
"互いに不器用過ぎんで?自分ら。冷たくされるちゅうのも問題やなあ"
分かってねえ、分かってねえぞ忍足。
冷たいから良いんだ。
その時俺はそう感じた。
他の女のぬるま湯とは違う、彼女の冷酷な冷たさ。
例えれば、一向に飼い主に懐かない自尊心高き猫のように。
そいつを手懐づけることは、非常に難しく同時に楽しく思えた。
彼女の全ての目線、仕草、物言い、そして冷たさ。
全て俺の興味の対象。
“早く俺様を好きになれ”
そんな失笑してしまうほどの下らない望みも、この胸に秘めてしまっている。
だが、俺が堕ちた理由は彼女の“冷たさ”だけではない。
「分かってる。そんなこと」
彼女が自嘲気味に微笑む。
荒れた野原にヒトリ孤独に咲くたんぽぽ。
確かに咲くたんぽぽ。
俺はこの花をもっと大きく、力強くしたかった。
そして、守ってやりたいとも思うようになっていく。
小さく小さく咲く花に、
この寂しげな花に俺は魅了された。
似合わねえと自分でも思っている。
「あなたも不器用ね。憐れなぐらい」
「うるせえよ」
口から出た言葉とは裏腹に心の中でそれは痛いほど知っている、と肯定した。
だからこうも上手くいかない。
彼女の心の扉を開く鍵は一体どこにあるのか。
もう開いているのか。
最初の頃よりかよっぽど口を聞いてくれるようにはなったが。
「これ、片付けておけ」
「自分で破っておいて、よく言えるわね」
「言ってろ。・・・生徒会の仕事がまだ残っている」
“だから教室で待ってろ”
この言葉がいつも彼女の手綱を離さない。
俺の手の内へ彼女を縛り付ける言葉。
馴れ合いが嫌いだと言っているのに。
そう反発の言葉を吹かすが、いつも俺に従う健気な春。
素直な気持ちと精一杯の皮肉。
それを総て合わせて俺が好意を抱く倉永。
俺はそんな彼女に背を向け立ち去ろうとすると、
春の吐息と共に歌が聞こえた。
「頑張って」
君の吐息、香り、そして歌を背中でこれでもかというほど取り入れ、
俺はそいつで胸を焦がしながら生徒会室へ向かった。
いつからだろうか。君に惹かれたと気づいたのは。
いつからだろうか。君をこんなにも愛しいと感じたのは。
君は春。
皆は冬だと言うけれど、俺の凍てつく心を溶かしたのは、
確かに君という名の春だった。
To be continued. 2013/12/27