第18章
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私たちが女子テニス部の部室に着くと、既に結構な人数の女子生徒で賑わっていた。
え、なにこの人だかり…!
多分殆ど1年生、だけどポロポロと在校生の姿も見える。
20人…いや、30人近くはいるだろうか。
私と内田さんも顔を思わず見合わせる。
耳を澄ませば、彼女達の会話が聞こえて来た。
「私達もテニス部に入れば跡部様と仲良くなれるかな〜!?」
「在校生は入部しちゃダメっていう決まりは無いしね!」
なるほどそういうことかと私たちは納得した。
みんな跡部様目当てなんだ。
内田さんもそうだし、彼目当てでは無い子は少なく見える。
何よりテニスバックを背負っているのは私しかいない。
自分だけ気合いを入れて来た事にちょっとだけ恥ずかしくなった。
しかし待てども待てども現テニス部部員からの案内は無く、部室前に集まっている私たちは困り始めていた。
とっくに部活の時間は始まってるのに…目の前にあるコートには誰もいないし…
どうしよう?と内田さんに聞こうと顔を見上げた時、彼女は勇敢にも前に出た所だった。
「あのさ!最初に着いた子は誰かな?何か聞いてる?」
彼女の問いに部室ドア前にいる同じ新一年生の子がおずおずと手を挙げる。
彼女曰く、先輩達が部室に入っていくのを見て声を掛けたが、この入り口に集合という事だけを告げて今だに出て来ていないという話だった。
なんともいい加減な…
と私が思うのと同時に内田さんは集団を掻き分け、無遠慮に部室のドアを開けた。
ギョッとしたのも束の間、彼女は部屋の奥に届く様な声を掛ける。
「すみませーん!入部希望なんですけど!」
彼女が開け放ったドアの中は見た目よりも結構広く、現テニス部員達が奥のソファで寛いでいるのがみえた。
5、6人は居るだろうか。驚いた様に固まり、こちらを見ている。
内田さんは構わず入って行き、先輩の前に立ってもう一度言った。
「入部希望です、何か指示貰えますか?」
ポカンと口を開ける先輩方。
次の瞬間ドッと笑いが起こる。
未だ、彼女は微動だにしない。
答えを待っていた。
ケラケラと笑う先輩達はようやく次々に声に出した。
「マジでずっと待ってたのウケる!」
「跡部様効果凄いね〜!めっちゃ居るじゃん!」
「んじゃあまず体操服に着替えてグラウンド10周からかな!」
本当に、心象は最悪だ。
なんだこの先輩達は、と部室前に集合した生徒達は心底感じているだろう。
私もその1人だった。
ウンザリする様なこの気持ち。
やはりやる気がみるみる失われていく子もいた様で、1人、また1人と離脱し帰っていく。
独り部室に乗り込んだ内田さんは「分かりました」とだけ言って戻って来た。
彼女の瞳は熱くギラついていた。
私の不安そうにしている顔を見るとパチンとウインクする。
「やってやろーじゃん!」
彼女はそういうが早いか服を体操服に着替え始める。
私は思わず焦って彼女の身体を隠す様に覆い被さった。
「ちょ、ちょっと!ここ外だよ!」
「だって絶対中で着替えさせてくれないよ、ここ結構奥だし、女子部員以外そう来ないって!」
彼女は恥じらう事なくサクサクと着替えていく。
内田さん…今日初めて出会ったけど凄い子だな…。
私は思わず彼女に感心してしまう。
まだ残っている女の子達も含め、部室の側面に並んで見られる面積が少なくなる様に皆んなそそくさと着替えた。
グラウンド10周…。
明らかに素人が急に走る距離では無い。
仮入部だとしてもだ。
内田さんの「やってやろーじゃん!」が脳裏でこだまする。
そうだ、今日1日だけでも取り敢えずやってみよう。
このままスゴスゴと引き下がるのはなんだか私も悔しい。
私もポニーテールをキュッとキツく締め、着替え終わった子達に声を掛けた。
「みんな!取り敢えずグラウンドに行こう!」
「よっしゃ〜!」
内田さんに急に肩を抱かれ、若干よろけつつもグラウンドへと向かう。
他の子達も私たちへ続く。
内田さんの体温が心地よい。
そして何より彼女は力強い。
私はどんどん彼女の魅力に飲み込まれていくのを感じた。
「あ!」
内田さんが声を上げると、そそくさと脇道にそれる。
なんだなんだと皆んなで着いていけばそこは氷帝男子テニス部のコートだった。
パコン!パコン!と心地よい音が響いてくるのが分かる。
私も思わず上擦った気持ちでコートへと駆け寄る。
そこには入学早々”跡部様”と呼ばれ始めた彼がコートにいた。
相手は氷帝テニス部の先輩達だ。
コート周りに倒れている人たちは全員彼に負けたの…?
数人、といっても10人を超えた人達がコート周りで息を切らしていた。
一方で彼のフォームには一切の無駄がない。
軽やかで、しなやかで、とても美しいテニスだった。
けど、少し力を抑えてる?
私が首を傾げると、彼はサービスエースで点を決めた。
彼のゴールドブラウンの髪がサラリと風で靡く。
彼自身の美しさにも、誰もが目を奪われる。
テニスの王子様みたいな子だな…あ、キング、王様か。
自分でキングって言ってたしと1人で頷く。
グラウンドへ一緒に向かっていた女の子たちがキャー!と黄色い声を上げる。
その声に私と内田さんがおっかなびっくりしていると彼女達の意中の彼がこちらを見上げた。
彼の綺麗な青い瞳。
また、バチンと目が合う。
いやそう感じただけなのかもしれない。
周りの女の子達も更に熱を持った声を上げ、自分を見た、私を見たと言っていた。
まあそういう事だ。私を見た訳じゃない。
入学式の時の目線もそうだ。彼は全体を見ていただけで私を見ていた訳じゃない。
目が合う理由も分からないし、と私はスッとコートを離れると内田さんもみんな行くよー!と声を掛けて続いてくれる。
けど、グラウンド10周に向かう子は半数以上は減ったか。
他の子達は引き続き彼の試合を観戦していた。
無理に連れて行く必要もないか、と私たちはまたグラウンドへ向けて歩みを進める。
「う、うわあ」
「すっごい広いねー!」
氷帝学園のグラウンド。
一部でサッカー部や陸上部も活動しているが、そこに私たちが混ざってもなんら問題ないぐらい広かった。
クルッと後ろを振り向くと、着いてきてくれた入部希望者は10人程度か。
彼女達も私たちと同じ様にグラウンドの広さに口を開けて驚いていた。
このグラウンドで10周…??
誰もがそう思っていだと思う。
実際私もそう思っていた。
内田さんだけは気負いもせず、まずは準備運動から!とラジオ体操さながらにしっかりと身体を動かしている。
取り敢えず、走ってみないと分からないよね…!
私も内田さんに続き準備体操を始めると他の子達もパラパラと不安そうな顔で準備運動を始めた。
「じゃあ2列になって走ろう!厳しくなってきたら途中リタイアもありで!」
内田さんが皆んなにそう声を掛けると、なんだかホッとした様な安堵の表情を全員が浮かべた。
トラックへ並び、軽く走り出す。ザッザッと皆んな足並みを揃えて。
ジョギングの様な軽いペースで私と内田さんを先頭に2列で走る。
鼻からスッスッと空気を吸い、はっはっと吐く。
ポニーテールがぽんぽんと弾む。
春の温かな香りがして私はなんだか心が躍った。
持久走やランニングは苦手意識があるけれど、やっぱり走るのは心地よく感じた。
ふと隣で走る内田さんを見ると、彼女も気持ち良さそうに風を切っている。
そのままキョロ…と辺りを見渡すと、氷帝学園の規模の大きさが分かる。
旧校舎に新校舎、体育館や講堂。
どの建物も年季は感じるけど、全て綺麗に管理されていた。
それに加えてあの跡部景吾くんが寄付したという学食のリニューアルや視聴覚室、トレーニングルームに、温水プールまで作ったとなると、学校としては本当に環境の揃った教育現場になる訳だ。
確かに学園パンフレットには載って無かったなと私は思わずフフ…と笑う。
これからの学園生活、一体どうなるんだろう。
まずはこの女子テニス部に入るかどうかだけど…。
走りながら私は思わず考え込む。
あの先輩達からテニスを教わりたいとも思えないし、一緒に試合なんて出来る気がしない。
氷帝学園に入る前に女子テニス部、ついでに男子テニス部についての大会記録をネットで調べたけど、女子テニス部に関しては学園HP以外に特に検索に引っかかることは無かった。
男子テニス部は全国区レベルらしく、試合の様子やトーナメント表などがあらゆる所に掲載されていた。
やっぱり公式戦ではあまり活躍してないのかな?
「す、すみません…リタイアします…ッ」
突然聞こえた声にハッと振り返ると、一緒に走っていた子達が息も絶え絶えに立ち止まる所だった。
ゼーハーと息を吸うのも辛そうにその場に立ち尽くしている。
そんな彼女達に内田さんは軽やかに声を掛けた。
「おっけー!急に止まると筋肉痛や疲労に繋がるから、少し歩いたりストレッチしてて!」
もはや声も出ないのか内田さんの指示に指で輪っかを作ってOKと伝える。
残るは私と内田さん含めて5人ほど。約半数がリタイアした訳だ。
今はトラック4周半といったところか、私もちょっとずつ息が上がっていた。
隣を走る彼女は呼吸も乱れてなく、汗すらあまりかいておらず短い髪の毛を綺麗に翻していた。
さっきも的確な指示を出してくれてたし…。
「…なにかスポーツでもしてた?」
私が思わずそう問いかけると、彼女はニカっと笑った。
「小学生の時に陸上をちょっとね!」
あぁ!と納得の声が出た。
彼女の走るフォームもすごく綺麗で、姿勢も良い。
彼女の真似をしてみようお背筋を伸ばし、正面を見る。
腕の振りもしっかりと。丁寧に。
そうすればなんだかさっきより軽く走れる様になった気がした。
真似したな〜!と微笑みながら彼女に腕を軽く小突かれる。
私も小突き返してお互いに笑い合った。
あぁ、これが友達、なのかな。
彼女の笑みを見ると、自然とそう思えた。
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