第18章
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ふわりと桜の香りがそよぐ青空の下、私は少しダボついた新品の制服で新しい学校へ向かっていた。
ドキドキした気持ちで落ち着かず、私はタッタッタとリズム良く走る。
早速持って来た自前のテニスバックもかちゃかちゃと音を立てる。
ママに結んでもらったポニーテールが気持ちよく風にそよいだ。
たまに頬を掠める桜の花びらに目を細めると目指していた場所が徐々に近くなっている事に気が付いた。
東京の私立校、氷帝学園。
歴史ある立派な門が私の目の前にあった。
周りを見るとゾロゾロと他の生徒達がその門の中へと吸い込まれていく。
私も前髪を整え、サッとスカートも直し、さも余裕があるかの様な振る舞いでその門をくぐった。
先程から落ち着かず、内心とてもドキドキしている。
本来ならエスカレータ式で幼稚舎から中等部へと進級するのだが、私は氷帝学園中等部1年生として編入学して来たのだ。
イギリスのハイスクールへ通う予定だったのだが、両親の都合でこの春、急遽日本へと戻って来たのだった。
帰国後の直ぐの入学試験、面接、制服や教科書準備等々本当に大変だった。
何故、氷帝学園なのかといえば単に家の立地の問題と、両親曰く多少の融通が効くからということだった。
そして3日、4日間で早急に準備を済ませ、本日に至る。
本当に…急に日本へ戻るなんて言われた時はすごく焦った。
ふと、周りを見ると在校生や自分と同じ新中学一年生が混ざり合いながら登校していた。
もちろん知り合いや友達なんて居ちゃいない。
日本人の同級生なんて久々だなあ。新しい学校生活…どんな風になるんだろ。
「友達、出来るかな…」
ポニーテールをキュッと結び直し、生徒達に紛れて昇降口へと向かった。
昇降口へ着き、クラス表を見て靴を靴箱へと入れる。
時折挨拶しあったり、同じクラスだと抱き合ったりしている人たちは幼稚舎からの人達なんだろう。
私は既に独りぼっちになってしまった気持ちで教室へと向かう。
教室に着いてからはトントン拍子だった。
席に着いて少し経つと担任の先生が入って来て軽い自己紹介と出席を取る。
「次、倉永 聖さん」
先生の呼ぶ声に、落としていた視線を上げ、軽く返事をする。
すると私の前の席の女の子がくるりとこちらを向き、小さな声で「よろしく!」と声を掛けてくれた。
その声におっかなびっくりしながらも「こちらこそ」と返すと、彼女の形の良い唇がニコリと笑みを浮かべた。
全員の出席を取った後、出席番号順で体育館へと向かう。
もちろん入学式の為だ。
新入生も在校生もゾロゾロと体育館の入り口からまとまって入っていく。
そして用意されていた席へと座れば、暫くは色んな来賓の方々の話を聞くことになる。
どれぐらい時間が経っただろうか、この間、偉い人が入れ替わり立ち替わり新中学一年生に祝辞を述べていた。
それを一年生は黙って聞く。
もしくは寝ていたのかもしれない。
少々中弛みしつつあった空気の中に、司会の先生の言葉が響く。
「それでは次に新入生代表による入学の挨拶に移りたいと思います。代表者は前へ」
隣の人が大きな口を開けてあくびをする。が、それが呆然とした表情へと変化する。
私も伏目がちだった視線を思わず顔ごと上げた。
コツコツと存在感のある靴音が体育館内へと響いていた。
それがトントンと階段を上がる音へと変わると、ようやく音の主が視界に入る。
周りの生徒も何事だと少しざわつく。
さらりとしたゴールドブラウン。大きな青い瞳、だけどその瞳は熱くギラついている。
男の子の中では比較的小柄な少年で、しかしポケットに手を入れながら歩くという新入生とは思えない大きな態度。
誰もが視線を奪われていた。
彼は大胆に、けれども丁寧にマイクを掴み上げる。
「新入生代表、跡部景吾くん」
司会の先生の言葉が再び聞こえると、それが合図かの様にしなやかに指を掲げて彼は叫んだ。
「今日から俺様が氷帝学園のキングだ!」
少年の声だけれど、凛とした力強い声が私の耳へと響く。
私は手を掲げて胸を張っている少年の事しか見えてなくなっていた。
ドクン、ドクンと自分の鼓動が強く聞こえる。
少し、身体が熱くなった。
ポーッと見上げていると少年と目が合った様な気がして、慌てて目を逸らす。
わ、私を見たんじゃないよね…。
さっきまでのざわつく声が無くなり、体育館内も打って変わったかのようにシン…としていた。
みんな彼の突拍子もない言葉に驚いている。
改めて彼を見上げると、マイクに向かってまた言葉を走らせるところだった。
「この氷帝学園に一流の環境を揃えた!それを生かすも殺すもお前ら次第だ」
彼の口元には自然と笑みが溢れていた。含み笑いと言った方が正しいか。
なに、どういう事??一流の環境って…。
私は困惑して首を傾げた。
他の生徒もあまりピンと来ていないのか同じ様に首を傾げている。
「自分を甘やかすな、充実した学園生活をテメエでつかみ取れ!」
彼は満足したみたいで、舞台に上がった時の様にまた存在感のある足音を踏み鳴らして去っていく。
少年には似つかわしくない高笑いと共に。
彼の言っていた事は入学式が終わった後、嫌というほど分かった。
クラスへ戻った後、明日以降の授業の説明やその他連絡事項が伝えられる。
それが終われば本日の学校のイベントは終了だ。
そのまま帰宅するも良し、学食に寄って昼食を食べるのも良し。
もちろん新一年生の部活動見学も今日から数週間に渡り行われる。
私はもちろん…!
身体に対して少しばかり大きなテニスバックを背負って席を立つ。
行く先は決まっている。
ギュッとバックの紐を握り踵を返そうとすると、不意に声を掛けられた。
「ねえねぇ、一緒に学食行かない?」
振り返ると入学式前に声を掛けてくれた女の子が話しかけてくれていた。
先ほどは緊張であまり気に掛けられなかったが、とても可愛い子だった。
スラッと背も高く、身体も細い。
ボブかショートヘアか、毛先がクルりと内に入っていて似合っている。
人懐っこい様な微笑みは確かに私に向けられていた。
「ごめん!自己紹介まだだったね。私、内田リナ!」
よろしく!と差し出された握手を私は自然と返していた。
「よ、よろしく!私は倉永 聖」
ニコッと微笑み返せば、彼女は笑顔にもっと花咲かせた。
別に女子テニス部へ急ぐ事もないか、と思い彼女の提案へと乗る。
学食へと向かう為に一緒に廊下を歩いた。
「そのテニスのリュックって、もしかしてテニス部に入るの?!」
彼女がリンリンとした笑顔で訪ねてくる。
妙に浮き足立ってるのが気になった。
「うん、そのつもり。テニス、習ってるの」
私がそう返すと、彼女はやけにハイテンションになってキャーっと私は抱きついてくる。
なになに?!
私が驚いて身を固めていると彼女は言った。
「あの跡部様もテニス部に入るんだって!」
「アイツもテニス部に入部希望出してるらしいぞ」
廊下ですれ違った赤髪のショートヘアの男の子と内田さんの声が妙に重なった。
赤髪のショートヘアの子と長髪で髪を束ねた子がこちらをチラリと見、気に留めずに先へと歩いていく。
その後ろからふわふわした太陽の様な髪の子が楽しそうに話しかけていた。
私は頭をブンブンと振って内田さんの顔を見る。
跡部様…跡部様って
「さっきの生徒代表挨拶の…」
「そう!跡部様!」
嬉々として答えてくれたのだが、何故だかクラリと眩暈がした。
思わず眉間に手を当ててしまう。
跡部様…?様って何…。
私のその反応で彼女は察してくれたのか、説明をしてくれる。
「絶賛話題沸騰中!視聴覚室がシアターみたいになってたり、スポーツジムさながらのトレーニング設備を跡部様が学園のために寄付してくれたらしいの!」
規模のデカさに思わず卒倒しそうになる。
なるほど、彼が代表挨拶で言ってた事はこういう事だったのか。
確かにこの話が本当なら実際に一流の環境を用意してくれたことになる。
彼女は携帯を取り出し、他のクラスの友達から聞いたの!とメール見せてくれた。
もう既にファンクラブを立ち上げようとする動きもあるらしい。
女の子の団結力って凄いよね…と思いながら気を改めて学食へ向かうと、そこでも私は圧倒される事になった。
「こ、これって…」
「すっごーい!!これが跡部様が用意した学食?!もはやレストラン!!」
早く早く!!と豪勢な学食…いや、本当にレストランみたいになってる学食…へと彼女に手を引っ張っぱられる。
とても、煌びやかな場所だった。
ドレスコードで入場しても不思議でないくらい。
最早ドレスコードを着てきた方が相応しいのだろうか。
テラスへと続く階段。
太陽煌めくバルコニー。
円卓に寄り添う背もたれの高い椅子達…。
今日は入学式だからかバイキング形式みたいで、とても大きい机の上に美味しそうな料理が並べられていた。
何処ぞの三つ星、いや、五つ星ホテルさながらのレストランだった。
席も充分に用意されている様で私たち2人は難なく座ることが出来た。
高級フレンチレストランを彷彿とさせる料理は、キチンとその見た目通り美味しいものだった。
取ってきた料理を口へ運びながら内田さんは驚いた顔をして言う。
「跡部様ってあの跡部財閥の御曹司なんだって!」
「だとしても、これ規模が凄いよ…普通ここまでするかな」
「御曹司なんだし、普通じゃないんでしょ!」
なーるほど、と半ば呆れ気味に話しながら食べていると、先程廊下ですれ違った赤髪の男の子と長髪の子が近くに座った。
また2人もやいのやいのと主に長髪の子がヒートアップしている様に見えた。
あの子達も跡部財閥の力を目の当たりにしたのかな?
デザートまで食べ終えて、置いていたテニスバックを背負う。
「そろそろ、行こうかな」
私がそういえば、内田さんも目を輝かせながら席を立つ。
「私も!一緒に行こ!」
「え!テニス、やった事あるの?」
「ぜーんぜん!でも跡部様もテニス部に入るみたいだし、なんだかおもしろそーじゃん!」
ニカっと爽やかに笑う彼女を見て、思わず私も笑う。
確かにテニスは面白い、楽しい。
彼女とゆくゆくは一緒にテニスが出来たらどれだけ楽しいだろう。
そんな事を考えながら私たちは学食を後にした。
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