第15章
名前変換
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次の日の放課後。
私は氷帝のテニスコートにいた。
忍足君は腕を組んで。
向日君はラケットを抱えながらしゃがみこんで。
宍戸君は長い髪を少しいじりながら。
日吉君と鳳君は二人して唖然と見ていた。
跡部君に必死に懇願するジロー君を。
「なんで駄目なのっ!」
「だからさっきから言ってるだろ。いつも寝ているお前を立海との練習試合には出せない、と」
「そこをどうにかっ!」
私はなんだか見ていられなくなって、忍足君を少し小突いた。
忍足君は私に気づき、話しやすいように少しかがんでくれる。
私は忍足君の耳にヒソリと声を落とした。
「どうにか出来ないかなぁ」
「ううん。跡部がなあ・・・。ってかあそこまで粘るジローも珍しいもんや」
忍足君とそこまでしか会話をしないうちに、ジロー君が跡部君に掴みかかりそうな勢いで手を合わせる。
跡部君は溜息を吐くと両目を閉じて考え込んでしまった。
サラリとしたブラウンの髪が跡部君の肌に触れる。
「もう、俺練習でも寝ない!頑張って練習するからぁ!」
「それが普通なんだよっ!」
横から宍戸君が横槍を入れる。
跡部君はそれと当時にパチリと目を開き、プルーの綺麗な瞳を私へと向けた。
同時にドキリと弾む自分の心。
どうしたの?と私が声を掛ければ跡部君はゆっくりと口を開いた。
「倉永はどう思う」
「えっ?私!?・・・んと、そこまでやる気出しているならジロー君の条件を飲んで、検討してみたほうがいいと思う」
「フン、なるほど」
「うぁ~、ありがとー聖ー」
ジロー君は私のところまで来て、そのままポフンと私にもたれ掛かった。
私はそのままジロー君の重みに耐え切れなくて、転んで下敷きになる。
それを忍足君や向日君が助けてくれる中、
跡部君はパチンと指を鳴らし樺地君を呼んだ。
樺地君を従えながら、いとも簡単に私の上に転がっているジロー君を引っペがし、
私に手を差し伸べる。
「・・・ほら」
跡部君が少し笑った。
少し困ったように、だけど面白そうに笑う彼のその表情も私は好きだと感じた。
「ありがと」
私は跡部君の手を握り、お礼を言うと力強く起こしてくれる。
跡部君は小さく頷くと、樺地君の方を振り返りいつもの調子で物を言った。
「おい、樺地。立海に電話だ。卦けるのは真田・・・」
「ウス」
「・・・やっぱり止めだ。おい、倉永。出掛けるぞ」
「へ?わ、私?」
「ここで倉永はお前しかいないだろ。行くぞ」
そういうのも束の間。
跡部君は忍足君に二・三言かけるとそのままテニスコートを出て行ってしまう。
私も皆にさようならを言ってから彼のあとに続く。
皆はポカンとした表情で私たちを見送った。
跡部君の車に乗り数十分後。
とある大きな病院の一室に私たちは来ていた。
消毒液の香りが充満する病院ならではの白くて長い廊下を私と跡部君は歩く。
跡部君の先立つ足は、大きな病室の扉の前で止まった。
ここかな、と名前プレートを見る。
「・・・ゆきむら、せーいち?」
どこかで聞いたことのある名前だと私は頭を巡らせる。
その記憶が発見されるのと同時に跡部君がまるで独り言のように呟いた。
「幸村精市。立海テニス部の部長だ」
コンコンコンと跡部君が扉をノックする。
すると中から優しそうな男の人の声が聞こえた。
「どうぞ、開いているよ」
その声を聞いて、跡部君は少し微笑むとがらと扉を開けた。
私もおずおずと病室の中を覗く。
すると真っ白な病室で色とりどりの小さくて可愛い花が咲き誇る中に、小さく微笑みかける男の人がベッドに座っていた。
この人が、立海の部長さん?
「よお幸村。元気そうじゃねーか」
「フフ。君から電話がきた時はビックリしたけどね。・・・あれ?その子は」
優しげな瞳と視線が交じり合う。
小さく弱い光だけど、その光は決して消える事がないような。
そんな瞳の彼だった。
私は慌てて病室の中に入り、跡部君の横へと立った。
「跡部君と同じクラスの倉永聖です。えっと・・・」
「そんなに緊張しなくてもいいよ。俺は幸村精市。立海の」
「テニス部の部長さんですよね!」
「あぁ。よく知ってるね」
「で、どうだ。関東は厳しそうか」
跡部君が直球に、けれども心配そうに幸村君に言葉を投げかけた。
幸村君は少し曇った顔になったけれど、すぐに取り繕ったようにさみしげな笑顔を魅せた。
「無理、だろうね。まだ手術の目処も立っていないからさ」
「・・・そうか」
「ああ」
なんとなく気難しい雰囲気が病室を包んだ。
私はそんな空気を拒む。
なにか幸村君に声をかけようと思ったが、それは空振りした。
私は彼になんて言えば良いのか分からなかった。
迷った視線を置いた所に、色とりどりの綺麗な花があった。
私は思わず口を開く。
「幸村君が育てたお花?」
「ああ、そうだよ。それぐらいの趣味しか無くてね」
「でもすごく綺麗に咲いてる。幸村君はきっと幸せ者になるよ」
「・・・え?ど、どうしてだい?」
幸村君がはにかみながら弱々しい笑みで私に問いかける。
だけど拳はしっかりとシーツを握っていた。
彼は苦しそうで。辛そうで。
どれだけ慰めの言葉を受けてきただろう。
どれだけ同情の言葉をかけられただろう。
そんな彼にただの取り繕いの言葉なんて言わないし、言えない。
私は幸村君の瞳をしっかり見て、言葉を並べた。
「育てた花は育てた人を写すんだって。私にはこの花たち、幸せそうに見える」
「幸せそう・・・?花が」
「うん。幸村君は今じゃ不幸の身だと思ってるかもしれないけど」
「・・・」
「今を乗り越えれば、きっと幸せが訪れるんじゃないかなぁ。・・・分かんないけど」
私がうーん、と考え込むと幸村君は顔をうつ向かせて肩を震わせた。
どうしたのかと覗き込めば、目尻に涙を浮かべながら笑っていた。
跡部君も口元に弧を描いて笑っていた。
私はなんだか恥ずかしくなって身を縮ませる。
「コイツを連れてきて正解だったようだな、幸村。ちっとは元気が出たか?」
「ありがとう。すっごく元気出たよ、跡部。・・・倉永さんも」
「あ、いや・・・、どういたしまして?」
私がそう答えると幸村君は笑った。
その顔からは寂しさは薄れていた。
ああ良かったと私は胸を撫で下ろす。
彼には寂しさなんて似合わない。
少し照れて頬を掻くと、跡部君が私の頭を撫でた。
それを見た幸村君がクスリと笑って跡部君を見る。
「フフ、お似合いだね」
「・・・アーン?それより氷帝と立海の練習試合の事だが」
「ああ、構わないよ。良い刺激になるハズだ」
「じゃ決定だな。場所はどこが良い?送迎バスをやるから氷帝のコートでも良いぞ」
「うーん・・・。倉永さんはどこが良い?」
「・・・空気が美味しい所!!」
私がそう言うと二人は顔を見合わせて笑った。
それに私も照れ笑いを浮かべた。
最初の雰囲気とは売って変わったように、明るく輝いていた。
私は嬉しくなる。
私は場違いじゃないんだと安心する。
「そうだな。せっかくの練習試合だ。俺様所有のテニスコートを直々に貸してやるぜ、アーン?」
「ありがとう跡部。遠慮無くうちの部員をしごいてやってくれ」
「ああ。もちろん倉永も来るんだぞ」
「わ、私も!?」
「当たり前だろーが。何のためにここに連れてきたと思ってんだ」
嘘だと呟く私に、跡部君はしかめっ面で本当だと言う。
幸村君はニコニコとした顔で私たちを眺めていた。
でも今は信じられないけど正直とても嬉しい。
だって氷帝だけじゃなくて、立海のテニスもみれるってことだよね・・・。
そう頭の中で繰り返していけば、自ずと膨れ上がる高揚感。
私は思わず跡部君の手をギュッと掴む。
「ありがとう!」
「フン。ま、芥川だけじゃなく、あいつらにも良い刺激になるだろうからな」
楽しみだぜ、と呟く跡部君に私はまた笑みをこぼす。
するとそのまま幸村君とパチリと目が合い、私は慌てて跡部君から手を離した。
ホクホクと温かくなる私の顔は、どうやら照れているようだった。
相手の事を“好き”だと認識すれば、手を繋ぐこともこんなに恥ずかしくなるものだと初めて知った。
そして同時に、跡部君と一緒に居られる事を胸のうちで喜んだ。
そんな中、幸村君が顎に手を当てて、考えながら言葉を落とす。
「ちょっと倉永さんに頼みたいことがあるんだけど、いいかな」
「ん、いいよ。私に出来ることなら」
「悪いんだけど、うちの部員も少しだけ面倒を見て欲しいんだ」
「アーン?そんな役目は真田にやらせりゃいいんじゃねーのかよ」
跡部君が不満げな声で幸村君にそう言えば、彼は申し訳そうに笑う。
幸村君はベッドから降りて、ゆっくりな足取りで窓際へと行く。
私はそんな彼を見て、やっぱり病人なんだという再認識と、
この人がテニスコートに立っている姿を見てみたいと感じた。
そして彼はそこにある花たちに触れながらポツリと呟く。
「そういう役目はずっと真田に任せっきりだからね。たまには伸び伸びとテニスに集中して欲しいんだ」
「私、幸村君に協力するよ!」
「ったく、仕方がねえな」
「本当にすまない。あ、そうだ。注意して欲しい人物がいるんだけど・・・」
仁王と赤也なんだけど、分かるかい?
幸村君からその名前を聞いて、私は思わず笑った。
知ってるよ、と頷き微笑めば、彼も微笑む。
そっか。と彼が呟き微笑むいたのを見たら、私は何故か小さな幸せを感じた。
ああ、会ったばかりだけど少しは信頼されてるんだなという事と、
私にも微笑んでくれるんだなという事。
小さな事だけど、私を喜ばせるのには十分だった。
跡部君も小さく笑い、幸村君にベッドへ戻るよう促す。
彼もそれに従いベッドへ寝転がると、跡部君と拳を合わせる。
「退院したら、まずこの俺様が先にお前を倒してやるぜ」
「フフ、楽しみにしているよ。俺もうかうかして居られないな」
そうやって微笑む幸村君は表情が穏やかで静かだった。
跡部君の言った事を望んでいる様にも見えるし、拒んでいるようにも見えた。
彼はとても複雑で、暗い顔を持っている。
それは話す彼を見ていて、端にチラリと感じられる黒い影。
それはどうしても私にはどうにかすることはできない影だった。
当人たちで解決しなきゃいけない問題だった。
跡部君は彼に別れの挨拶をすると病室を出ようとする。
ここで改めて彼の病室を眺めた。
窓辺や棚の上には色とりどりの花。
リナリア。ディモルフォセカ。マーガレット。ライラック。チューリップ。
鮮やかで綺麗に咲いていた。
それは中身も綺麗だった。綺麗過ぎた。
暗い影を持った彼が、色に埋もれている。
彼が育てた花なのに。花たちは幸せそうに咲き乱れているのに。
彼は閉ざされたままに思えた。
誰かが彼を支えないと。
私はしっかりと彼を見てことばを漏らした。
「ばいばい幸村君。また来るね」
彼は驚いた顔で、私の方向へ手を伸ばした。
その時同時に落ちた何か。
カシャンという音を立てて落ちたそれを私は拾い上げた。
小さな卓上カレンダー。
それには今日までの日付に赤いペンでびっしりとバツ印がしてあった。
私は何も感じなかったような顔で彼にそれを渡した。
彼は小さく「ありがとう」と呟き、ことばを続ける。
「俺も、待ってるよ」
私は微笑むと跡部君とそのまま病室を出る。
パタンと扉を閉めた途端に、零れ落ちる私の何か。
跡部君は私の肩を抱いて、溜め息を吐く。
「ったく、なんでお前が泣いてんだ」
ボロボロとこぼれ落ちる私の涙は、止まるということを知らないみたいに次々と私の頬を濡らした。
最後に見てしまったカレンダー。
そこに印されているバツ印からは、"早くここから出たい"という彼の想いがひしひしと伝わってきた。
今は花を愛で、悩むことしか与えられていない彼は、何を強く思うだろう。
窓の外に見える背景をどう感じるだろう。
それを考えると、また私の涙は止まらない。
そんな私に痺れをさして、跡部君は屈み込み、私を見上げた。
ブルーの瞳が温かく私を見つめる。
「倉永が泣いてどうする。本当に泣きたいのは奴だろうが」
「・・・うん」
「俺も、お前には笑顔でいて欲しいと思ってるぜ」
跡部君の言葉にハッとなり、彼を見つめ直せば、
温かなブルーの瞳は微かに辛そうな表情を見せていた。
私はゴシゴシと制服の裾で涙を拭くと、無理矢理笑った。
そんな私を見て跡部君も微笑み、呟いた。
「それにアイツはお前と、ことばを交わした瞬間に泣いた」
一瞬"そうだった?"と言いそうになる口を私は咄嗟に閉ざした。
そして納得する。
彼は彼の中で泣いていたのだと。
私は頷くと跡部君と共に病院を後にし、氷帝のテニスコートに戻り、皆に報告した。
立海との練習試合は今度の休日に。
跡部君がそう皆の前で言えば、
全員、威勢良く返事を返した。
END 2014/6/8
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