第17章
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もう…、2人とも何処まで奥に行ったのよ!
かれこれもう数十分は歩いているだろうか。
道にもなっていない草や木の間に身体を滑らせながら、なんとか前に進む。
着ているジャージにも草や葉っぱがどんどんくっついてきて、
時々はたき落とさないといけない。
手首に付けたスポーツウォッチを見れば、やはり森に入って20分は経過してる様だ。
その事実に私はギョッとした。
はぁ…、もう暫く探して見つからなかったら引き返さないと。
帰り道を確認しようと後ろを振り向けば、鬱蒼と茂る木々が集うばかりだった。
風になびく葉っぱがザワザワと不安な心を煽る。
日も夕方まで傾き、綺麗に見えるはずのオレンジ色の太陽さえも、
不気味に見えて仕方がなかった。
跡部君にときめく様なドキドキとは違う鼓動が、私の心を支配してくる。
周りを見渡せば何処も同じ風景ばかりで、
今この瞬間、自分が何処から歩いてきたかさえも見失った。
あ…どうしよう…。
これって…
「迷子??」
ポツリと森の中で呟いても、シンと静まり返るだけだった。
先程まで聞こえていたテニスの音も、皆んなの声援も。
何も聞こえない。
汗がゾクリと背中を撫で、私は身震いをした。
と、とにかく2人を探し出さないと。
私は今まで前だと信じてきた方向に踵を返す。
手で草や木を掻き分けてきた為、擦り傷だらけな事に気付く。
土や何かで黒くなり、所々にある切り傷から血が滲んでいた。
そんな手をギュッと握り、改めて足を踏み出す。
ガサゴソと掻き分けて進み、辺りをキョロキョロと見渡した。
耳を澄まして周囲の音を聞き分ける。
…。
……。
ん…?
なんだか人の声の様なものが聞こえる。
もう一度耳を澄ませてみれば、やはり微かにだが声が聞こえた。
私は慎重に歩みを進める。
声の様な音は徐々に、確かに耳に届いてくる。
私の歩みもだんだん早くなる。
あっ…!
私の瞳は確かに捉えた。
垣根の様な木の向こう側に、グレー掛かった白髪と黒髪の癖っ毛が動くのを。
葉っぱの間から見える山吹色のジャージ。
仁王君と切原君だ!
私は安堵からか彼らの方へ向かって走っていた。
草が足に絡んでも、そのままの勢いで止まらない。
早く彼らと合流したかった。
合宿の最初の方で結んだポニーテールも、ゆるゆると解けてくる。
いっそのこと取ってしまえとヘアゴムを手首に戻せば、
走っている風をより髪で感じることが出来た。
「2人共!今まで何して…う、ひゃぁ!!」
すんでのところで木の根っこに引っかかりズザァ!とすっ転ぶ。
2人の驚く声が耳に届く。
イタタと顔を上げれば、垣根の向こうから覗き込む2人と目が合った。
仁王君はニタリと笑い、切原君はゲッ…と青ざめた様な顔。
私は多分、自分に何が起こったのか分からない様なポカンとした顔をしていたんだと思う。
安堵と恥ずかしさから頭の中がグラグラした。
「おーおー、随分と派手な登場ぜよ。倉永」
そうクツクツと笑って、仁王君が私の手を引っ張り抱き起こしてくれる。
私はあははと笑い、力が抜けてしまった。
何はともあれ2人と合流出来て良かった…!
って違う!私はサボってる2人を連れ戻しに!と1人で葛藤していると、
未だゴソゴソとしている切原君に目が行った。
「もー、切原君も仁王君も!練習サボってこんな所で何してるの!」
ガバッと立ち上がり、何やらコソコソしている切原君を見下ろす。
仁王君が堪忍ぜよ、と笑う。
すると切原君の手元には、
「ニャァ?」
1匹のトラ猫が切原君にガシリと捕まっていた。
うにゃうにゃとジタバタしている。
そんなネコを抱きかかえている切原君は、バレちったか。と舌を出した。
そのまま彼が立ち上がれば、ムスッとしたネコもブランと身体が伸びる。
私がどういう事?と詰め寄ると、切原君が慌てて言葉を並べた。
「いやっ、まず聞いてくださいよ倉永先輩!
練習中にネコが歩いてるのを見かけて、危ないからって!森に!」
「うんうん、後ろめたい人程よく喋るよね」
私のその言葉に、ゔっ!と彼が口を引きつらすのを見逃さない。
相変わらず仁王君はニタニタと面白そうに口元に弧を描いている。
あなたも同罪よ、仁王君!と私が睨めば、懲りない様な屈託のない笑みを浮かべた。
再度切原君を注意しようと彼の方へ向けば、パチリとネコと目が合う。
綺麗な瞳。
少しブルー掛かった澄んだ瞳。
少しボサッとした毛並みだが、色は綺麗なブラウン。
時折ヒクヒク動く小さな鼻と長い髭。
無意識に、あの人と被せてる自分がいた。
心にいつの間にか焼き付いて離れてくれない、あの人。
気付けばいつもあの人の事を考えてしまう単純な私の心。
彼に触れたい指先が、そっとネコに触れるとネコは目を細める。
そのままコテンと私の手に首を預ける。
うっ…可愛い。
た、確かに可愛いけど…!
「スゲー!倉永先輩!いとも簡単に手懐けた!!」
「ほー、大したもんじゃ」
えっ?と私は顔を上げ切原君と仁王君を見た。
相変わらず、切原君の手元ではネコが離して欲しそうにもがいていた。
すると切原君が頬を膨らませる。
「俺らには全然懐いてくれなくて、追っかけてたらこんな森の深くに来ちゃったんスよ!」
「正直、帰り道もよく分からんぜよ」
「えっ?!帰り道も分からないって…嘘!!どうやって戻れば…」
私も道が分からない事を伝えると2人は顔を見合わせて、マジかと零した。
いやそれはこっちのセリフ…とも思ったけど、
事実私も分からなくなってしまったからには2人を責めれない。
3人してその場で辺りを見渡す。
どれだけ森の奥に目を凝らしても、鬱蒼と茂る木々しか分からなかった。
夕暮れも大分日が落ちて、東の方角の空はもう紺色が広がり始めていた。
ん…?
あっちが東と言う事は…?
私はここのテニスコートに着くまでにスマホで見ていた地図を必死に思い出す。
氷帝学園からここまで、どれだけの時間を要するか出発時にチェックしていたのだ。
その際に見た地図の方角を思い出す。
「テニスコートは…ここから北に行けば…着く、かも」
「「えっ?」」
私のポツリと発した言葉に、2人は間抜けな声をハモらせる。
ポカンとしてる2人に私が先刻、スマホで地図を見ていた事を伝えると
助かったと言わんばかりに顔を輝かせた。
だから、多分あっちに歩けば着くはずと私がその方角へ指を指せば
勢い良く切原君が先頭を切る。
と、同時に捕まえていたネコがスルリと彼の手から逃れた。
私たち3人はその瞬間に偶然にも、あっ。と声を重ねた。
シュタンと華麗に着地を決めると、そのまま更に森の奥へと走って行く。
「おい、ちょっと待てよ!」
切原君がそのネコをまた追いかけて行ってしまう。
えっ?!嘘でしょ!?
仁王君は少し焦ったように”あのバカ”と舌打ちをした。
「おい、倉永!赤也を追うぞ!俺らまでバラバラになったら戻れるか分からん!」
「う、うん!」
私たちは間髪入れずに切原君の後を追いかける。
幸いにも切原君はネコを追いかけながら、捕まえようと声を発し続けているため、
周りが暗くなっても彼の居場所は迷わず追う事が出来た。
そもそも、そうやって追いかけるからネコが怖がって懐かないんじゃ…。
という疑問を考えている場合では無い。
時折顔に引っ掻き傷を作る木の枝を、腕でカバーする。
私の少し前を走る仁王君も厳しそうに目を細めていた。
「やーっと、捕まえた!!!」
ネコの嫌がる叫び声と共に、そんな切原君の大声が耳に届く。
私と仁王君もすぐさま切原君の場所まで追いついた。が、
「切原君!危ない!!」
そんな私の声に、えっ?と切原君がネコを捕まえながらこちらを向く。
彼がネコを捕まえた場所がいけなかった。
彼の足元の土がボロッと崩れていく。
彼は崖っぷちギリギリでネコを捕まえていた。
どんどん足元の土が壊れて行き、彼は身体のバランスを崩す。
私と仁王君はそれを眺めていた。
いや、眺めることしか出来なかった。
その一瞬がとても長いスローモーションの様に頭が錯覚していた。
今起こっている事を頭で理解しながらも、身体が追い付かずにいた。
ネコがこれを好機と取ったのか、切原君を足蹴りにして私の方へと飛んでくる。
彼は何が起こっているのか分からないと言った顔で、反射的にこちらに手を伸ばした。
ネコが私の胸元へと飛んで来た瞬間、私の何かが弾けた。
助けなきゃ…
助けなきゃ!!!
ネコをキャッチした流れで私の後方にいる仁王君にそのままパスをする。
仁王君はまだ呆気に取られた顔をしていた。
彼がネコを抱えるのを見届けると
私はすぐ、地面を蹴った。
切原君に手を伸ばす。
手を伸ばして伸ばして、伸ばし切る。
それは切原君も同じだった。
私たち2人の手が、ようやく繋がる。
彼も安堵の表情をチラリと見せた。
やった…!!
私の心が一息つこうとした。
けれど途端に身体がフワリと浮く。
私は地面に踏み止まれずにいた。
「赤也!倉永!!」
仁王君の叫ぶ声が遠くから聞こえた感覚がした。
あぁ、私。
崖から落ちたんだ。
頭の中はとても静かだった。
切原君が慣れない浮遊感に、口から漏れるような悲鳴を上げる。
彼は、彼だけは無事でいて貰わなくちゃ…!
立海の期待のルーキー。
テニス部にとって、大切な選手。
その選手をサポートし、守る事がマネージャーの勤め…!
そして今、私がしたい事!!
勢い良く落ちる身体。
必死に繋ぎ止めた手から切原君を手繰り寄せる。
頭を守るように、胸元でギュッと抱く。
私はどうなってもいい。
彼さえ無事だったら…!
強い衝撃が身体を包む。
一瞬、自分は死んだのだと思った。
そしてその瞬間、冷たい物が全身を濡らした。
運良く、下は川のようだった。
ゴボゴボと冷たい水が私達を掻き乱す。
口から気泡が勢い良く飛び出す。
水が私の身体の内部まで満たそうとする。
私は切原君を離さないように必死だった。
彼も私に抱き返してくれていた。
離してはいけない。
絶対に。
ゴッと、突然頭に強い衝撃が走る。
それは川の底で、自分の頭を打ち付けた様だった。
川の冷たさで頭の痛みが分からない。
ただ、気が遠くなる。
彼を抱えていた手が勝手に力を抜こうとする。
あ…ダメ…
ダメ、なのに…
私は切原君だけでなく、意識まで手放そうとしていた。
ゴボゴボと川の底へと沈んで行く身体。
私から開放された切原君が、私へ手を伸ばす。
良かった…無事みたい…。
私も力の抜けた手をか細い意識で彼に手を伸ばした。
心の中の、彼に。
跡部君…。
助けて、跡部君…。
私の心は無意識に彼に助けを求めていた。
心の中の彼が優しく微笑む。
ひょんな事から、存在の遠かった彼と仲良くなれて。
短い時間の中に、沢山の思い出を作って。
いつの間にか私の心を支配してたの。
知らない間に、彼の事をずっと想っていて。
彼に、触れて欲しくて。
彼に、必要として欲しくて。
…彼も、私と同じ気持ちだったらいいのに…。
私の中の我儘が顔を覗かせる。
好き…。
好きなの。
少し意地っ張りで
いじわるで
だけど色んな人に慕われていて
色んな人に優しくて
私の心を色鮮やかに染めてくれた。
心の中の彼が優しく、私に、微笑む。
そんな、あなたが
大好きなの…跡部君…。
私の意識はそこで途絶えた。
_______________。
ザワリと俺の心が乱れた。
ズドンと真田の重い打球が俺のコートに跡を残す。
…アーン?
日はもう傾き、辺りは暗くなっていた。
テニスコートに備え付けられた照明が俺たちを照らす。
「おい跡部!試合中に物思いとはらしくないぞ!!」
真田の叱咤が俺の耳に響く。
周りの歓声が困惑したようなざわめきに変わる。
確かに試合中に気が散るなんて俺らしくねぇ。
再度、真田との試合に集中しようと試みた。
けれど得体の知れない不安がやはり俺の心を乱す。
ラケットを構えるのを止め、サイドにいる樺地を横目に見た。
「おい、倉永はどうした」
樺地は静かに辺りを見渡すと、俺に告げる。
「いま、せん」
桐原と仁王も、そう俺に告げる。
ああ、そうか。
そういうことか。
心の乱れが確信に決まる。
俺は舌打ちし、コートを抜けた。
遠くから真田の声が届く。
俺が氷帝レギュラーを集めた所で、森から息を切らした仁王が飛び出してくるのが見えた。
日は既に暮れきっていた。
第17章 END 2017/12/20
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