第17章
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晴れ渡る青空の下に美しく整備されたエメラルドグリーンのテニスコート。
そこで私の好きな音が軽やかに響き渡る。
ラケットを素早く振り下ろす、風を切る音。
ボールがワンバウンドし、
砂利を含んだざらついた音。
芝生の上を走る爽やかな足音。
打球に込められた吐息。
審判のコール。
ベンチにいる選手たちの熱いエール。
燦々とした太陽は、それらを更に熱く演出させる。
5月下旬の青空の下、
梅雨のような鬱陶しい湿度も感じず心地良くテニスに打ち込んでいる。
私はそんな贅沢なBGMを聞きながらノートに鉛筆を走らせて。
大きく息を吸い込めば、
山々の澄み切った空気が私の胸を満たした。
私はラケットを小脇に抱えながら審判台に座っている部員たちから審判用紙を受け取り、
試合の内容を自分のノートに書き写していく。
今のところ氷帝も立海も勝率は五分五分。
お互い攻めて攻められてと言ったところか。
しかし得点の差を見ると立海の方が上。
つまり立海がゲームポイント(次の得点で勝利が決まること)まで取り、
氷帝がそこまで追い上げて逆転勝利を決めているパターンが多い。
それを見ると実力差的には…。
…余裕が無いのかもしれない。
私はギュッとノートを強く握った。
4つのコートを部員に声を掛けながら順々に回り、
最後に受け取った第2コートで跡部君と日吉君の試合が行われていた。
見ると優劣はすぐ分かるほどだった。
跡部君がポイントを流れるように決めて、
日吉君が汗水垂らしながらも追いつこうとするが、その差は開くばかり。
身内にも容赦無しの跡部君に私は思わず、感嘆の吐息を漏らした。
本当に、跡部君には見習うところが沢山あるなぁ…。
私がジッと見ていると跡部君がこちらに気付き、
フッと面白そうに微笑む。
あっ…。
その瞬間に私の心臓がドキリと踊る。
私はそれを隠すように咄嗟に、
審判台に座っている立海の柳生さんを見上げて声を掛けた。
「氷帝同士で試合しているんですか?」
「えぇ、私と滝君の試合が終わった後に時間が余ってしまいまして」
そう私を見下ろしながら眼鏡を抑え、口角を上げる。
先ほど柳生さんから受け取った審判用紙を改めて見てみると、勝敗は柳生さんに上がったようだ。
見てみたかったです!と私が声を上げると、
また機会があればと快く承諾してくれた。
暫く、審判台の柳生さんの隣で跡部君と日吉君の試合を眺める。
トットッとゆとりのある走りで綺麗なフォームで打ち返す跡部君に対し、
日吉君の様子は対極的だ。
息を切らし、ご自慢の古武術によるフォームは見る影もない。
日吉君…頑張って!
心の中でエールを送ると、日吉君のラケットがボールをしっかり捉える。
「やった!」
つい言葉に出してしまい、しまったと口を思わず塞ぐ。
別に声に出しちゃいけないわけじゃないけれど。
跡部君の少し睨むような視線はスルーさせて頂いた。
日吉君はチャンスを逃さぬように丁寧に、体勢を整えて打ち返す。
よしっ!決まれ…!
私が身を乗り出して見入ると、
反対側のコートから面白くないような鼻笑いが聞こえた。
「俺様がテメーに決めさせるわけがねぇだろう!」
そう笑うように声を張り上げて彼がラケットを振り下ろせば、
ドシュッと鈍い音を日吉君のコートに響かせる。
日吉君が走って手を伸ばそうとした時には、
既にボールが後ろ側のフェンスにはまろうとしていたところだった。
ガシャンというフェンスの軋む音と、
日吉君が体勢を崩し地面に倒れこむ音が重なる。
「日吉君!大丈夫!?」
私は思わずノートとラケットを置いて駆け寄り、日吉君を起こそうと手を差し伸べる。
彼は転んで硬直したまま、動こうとはしなかった。
思いっきり顔から転けて痛そう…。
予想通り日吉君の頬は、地面と擦れた時に出来た擦り傷で血が滲んでいた。
「大変!すぐに洗って消毒しなきゃ!」
私は硬直したまま動かない日吉君の手を握り無理矢理起こそうと力を入れると、
彼は私の手を乱暴に振りほどいた。
日吉君…!
私はその勢いに思わずふらついたが、
跡部君が後ろから肩を抱いて支えてくれた。
「まだ!…まだ俺は負けるわけにはいかない!!」
「とっくにゲームセットですよ。日吉若君?」
コートにいる私たちの後ろから柳生さんが審判台から降りて、
私に結果の書かれた審判用紙を渡しながらそう言った。
その用紙を見て私は言葉を失う。
全部…跡部君のストレート勝ち!?
しかも日吉君に1ポイントも入れさせていない…!
私は勢い良く柳生さんを見た。
彼はそんな私の視線を受け、眼鏡の奥の冷たい瞳を光らせる。
そして静かな声で呟いた。
これが実力の差です、と。
この練習試合では部員に試合相手とより多くの試合をさせるために3セットマッチに設定しているが、
それを超えた5セットマッチまでしていた。
日吉君は相当悔しそうに地面に拳をぶつけている。
これは…本当にショックだよね…。
私が掛ける言葉を探していると、
日吉君はフラフラと立ち上がり4つのコート中心の建物へと向かっていく。
「あっ…日吉君!」
「おい、日吉!倉永が心配してんだろうが。何か声でも掛けて…」
「すみませんが放って置いて下さい」
そう早口でピシャリと言われてしまい、
私は伸ばしかけていた手を止めるしか無かった。
跡部君はその様子を見て舌打ちをし、
柳生さんはやれやれといった様子で肩をすくめる。
私はどうしたらいいのか分からず彼の背中を見送るしかなかった。
こんなの仮だとしてもマネージャー失格だ…。
私の気持ちが自然と顔を下に向けさせる。
グッと口を噛み締める。
情けなくてギュッと拳を力一杯握っても、日吉君の辛さには到底及ばなかった。
ガシャッという音と共に鈍く擦れる音が耳を掠め、私はふと顔を上げる。
すると立海の真田副部長がコートの扉を開け、
ズカズカと跡部君めがけ歩いて来る所だった。
眉間には深く皺が寄り、眼光は鋭く光っている。
う、うわぁ!顔がいつにも増して怖い…!
私はつい、跡部君の後ろへ隠れてしまった。
その様子を真田副部長はチラリと見たがすぐ視線を跡部君に戻す。
「跡部、手合わせをお願いしたいのだが?」
「ほぅ、お前から誘って来るとはな。いいぜ、完膚無きまでに叩きのめしてやるよ」
「フン…。その減らず口、いつまで続くだろうな。跡部」
2人はバチバチと火花をぶつけ合う。
跡部君がチラと私に目配せをし、勿論観ていくよなぁと笑った。
綺麗なブルーの瞳。
風になびくゴールドブラウンの髪。
私の瞳は彼に惹きつけられる。
跡部君のなんの気ない笑みさえまでもに反応する私の心臓。
ドキドキして鼓動が収まらない。
これが本当に好きって気持ち、なのかな…。
私はコクリと頷く。
そのまま跡部君は柳生さんを指差してまたもや審判に選んだ。
彼は一瞬、私ですかと驚き、それはとても光栄ですと軽快に審判台に上がった。
私はその後ろにあるベンチへと腰を下ろす。
まさかこんな所で2人の試合を見れるなんて!
ワクワクとノートを開いて待機するや否や、他のコートからドワッと皆んなが押し寄せて来る。
そのまま、あっという間にコートを囲んで氷帝コールや常勝立海大を叫び出す。
み、見えない!!
と言うか練習試合の雰囲気じゃない!
この第2コートだけ、何処かの大会さながらの盛り上がりとコールを見せていた。
私は思わず立ち上がりコートの中を見ようとピョンと飛んでも見えず、
審判台の後ろからの見学は諦めるしかないようだった。
やはり、氷帝と立海の主将同士の戦いは部員も見逃せない物らしい。
じゃあ場所を変えて…と、あれ??
コートには氷帝メンバーは全員いるが、立海の人数がなんだか少なく見えた。
グルリとその場で回転して他のコートをちらりと見る。
すると、山側に面している第3コートの裏口から仁王君と切原君が出て行くのが見えた。
あっ、あの2人…!!
ふと脳裏に幸村君の言葉がフラッシュバックする。
"仁王と赤也なんだけど、分かるかい?"
私の記憶に残る、困った様に微笑む彼の顔が印象的だった。
なるほど、そういう事ね。
要するに2人はサボリ魔なわけだ。
私はノートとラケットをベンチに置き、第3コートまで急いだ。
私が裏口に着く頃には2人は山の茂みの中に入っていて、
私のいる位置からは姿が見えなくなっていた。
確かこの出口の意味って、森の中に飛ばしたボールを回収するためって跡部君が言ってたな…。
2人共、ボールを飛ばしちゃって取りに行ったのかなぁ?
いやそれでも幸村君に名指しされた2人がピンポイントでっていうのもやっぱり怪しいか…。
後ろを振り返り第2コートの跡部君と真田副部長の試合を遠目で見れば、
試合が始まって更に熱く盛り上がってるのが見て取れた。
私も試合観たかったなぁ…。
トホホと首を落としつつ、森へと入る決心のついた私は、
仁王君と切原君を追うために茂みへと足を踏み入れた。
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