第16章
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施設は全体的にとても大きく、見事なグリーンコートだった。
芝生の手入れも行き届いていて、流石跡部君だと改めて感心せざる得ない。
テニスコートは4つあり、それぞれフェンスで区切られていた。
その近くにはベンチもあり、充実したテニスライフを送れそうだ。
4つのコートの中心にある建物は休憩室とか更衣室があるんだろうなあと私は予想する。
そんな施設の敷地に入り、バスは駐車場をグルリと回る。
プシュウと空気の抜けるような音をさせてバスは無事に到着した。
ソッと窓の外を覗けば、山吹色をしたジャージの面々が見える。
立海の方が先に来ていたみたいでわざわざ出迎えてくれたようだった。
私は氷色のジャージの皆を先に出るように促し、忘れ物チェックをしてから最後に降りた。
バスの出入り口から足を下ろし地の感触を確かめる前に、その場の雰囲気が凍り付いているのに気がつく。
私は静かに降りて氷帝の皆の後ろに隠れるようにして立った。
氷帝と立海が今、対面する。
主将同士が互いに向き合い、後ろに伏兵を従わせているように。
空気は冷静になりながらもどこかで探り合っているような感じに私は思えた。
皆の隙間から、立海の先頭に立つ人を確認する。
確か、あの人は真田副部長だ。
忍足君や向日君と一緒に偵察したときに見た人。
その人は今、しかめっ面に鋭い瞳を鈍く光らせていた。
跡部君はいつもの様に、面白そうな事が起こることを期待するような顔で口元をつり上げていた。
「貴様から挑戦状を叩きつけておいて、遅れるとは。氷帝も堕ちたものだな」
「フン、口だけは達者じゃねーの。真田、テメーこそ腕落ちてねえよなアーン?」
二人が口を開けば重々しく空気が震えるのを感じた。
ピシリと場が固まる。
え、立海と氷帝って仲悪いの・・・?
少し怖じ気づいた様に一歩後ろに下がればバスにぶつかり、持っていたテニスバッグからバサリと本を落としてしまった。
その音に過敏に反応するように、皆が勢い良く振り向く。
私は猫ににらまれた鼠の様にビクッと身体を硬直させる。
特に目線が痛いのは立海からで、誰だコイツという顔を皆していた。
うう…私の初めの印象、最悪だよぅ。
思わず私は息を詰まらせてしまう。
すると私の近くにいた日吉君が呆れた顔をして本を拾ってくれた。
「ったく。何やってるんですか」
「あ・・・ごめん。ありがとう」
おずおずと日吉君が差し出してくれた本を手に取ると、跡部君からの目線を感じた。
こっちに来い。
そう言っているような気がして、私は氷帝の皆を掻き分けて向かう。
滝君が私の頭を撫で、宍戸君が私の背中をバンッと叩き、向日君に頭をクシャクシャとやられて、やっと跡部君の隣に到着する。
氷帝の皆の口元が緩む代わりに、立海の目線が私のことを探るような目つきになった。
私も今度こそ怖じ気づかないようにと、視線をちゃんと合わせる。
そうすれば真田副部長の後ろに仁王君、切原君、そして丸井君の姿も確認できた。
皆がニッと笑えば、私は少し緊張が溶けた気がした。
「氷帝がマネージャーを雇ったという情報は生憎来ていないが」
真田副部長の隣にいる、糸目で髪のサラリとした人がそう言う。
私の記憶によれば、確か柳という人だ。
その目は鋭く、私の抱える「初めてのマネージメント!」という本に注がれていた。
跡部君は私の隣で可笑しいように喉で笑っている。
私はそれをそそくさと後ろに隠し、平然を装って口を開いた。
「正規のマネージャーではないです。本日限りで皆の手伝いに来ました」
「・・・話は幸村から聞いている」
真田副部長は私の存在が面白くないように表情を変えずに呟いた。
例え、真田副部長がこの事に不屈でも私は誠意を持って皆に尽くさなければならない。
私は少し不安になりながらも、立海の人たちに向けて声を張り上げた。
「跡部君のクラスメイトの倉永 聖です。今日一日よろしくお願いします!!」
ペコリとお辞儀をすれば、ぱらぱらとなる拍手に私は少し頬を赤くした。
そろそろ行くかと跡部君が言えば、氷帝を先頭にコートへと足を踏み入れる。
フワリとした草の香りが強くなれば、これから色んなテニスが見れるんだと心が躍った。
まずは荷物を置きに、コートを突っ切って建物へと行かなかればならない。
立海、氷帝と続いて少しおしゃべりを交わしながら建物に向かう。
ジロー君はさっきから丸井君にピッタリくっついて離れない。
仲睦まじいなあと思いつつ、私は頬を緩めた。
するとその二人の後ろを歩いていた宍戸君はふと独り言をこぼす。
「それにしてもめちゃくちゃ広いじゃねーか。さすが跡部の所有地だなー」
「ねっ。流石王様!」
私は宍戸君の独り言に反応して、頷いた。
宍戸君もうんうんと頷く。
そして二人して顔を合わせれば、クスリと笑みが溢れた。
建物の中もどうなっているのかなとワクワクしていると、少し前を歩いていた仁王君が振り向きざまに私へと話しかけてくれる。
「まさか、またお前さんに会えるとは思わんかったぜよ」
「ふふ、久しぶりだね。遊園地で会ったときそんなこと言ってなかったっけ?」
「言ったナリ。でもこの前もちょろっと会っちょるが…」
ああ、そういえば手を振りあったっけ。
仁王君のその言葉に私はジロー君を尾行したことを思い出すが、笑ってごまかした。
彼も私のその反応が分かっていたようにクツクツと笑った。
不意に仁王君が前を向くと、お、と声を漏らしてその辺に転がった小石を拾った。
そのまま軽くポンと投げれば、癖のかかった黒髪に当たる。
「痛っ!っもう仁王先輩、やめてくださ…あーーっ!!倉永先輩!!」
「っぁ、切原君!久しぶり!」
「久しぶりっスね!先輩がバスから降りて来た時、本当にもービックリして…」
「うるさかったぜよ」
「だから、それぐらい驚いたんですって!!」
そのまま二人と話していれば、丸井君も反応して挨拶を交わす。彼にくっついていたジロー君ももちろんの事。
良かった。さっきの空気ではすごくピリピリしていたけど、やっぱり皆は話しやすい。
けれどたびたび感じる、真田副部長からの冷たい視線が少々気がかりで。
私も気になって真田副部長の顔を見るけど、その度にキッと睨まれて、怖い。
仁王君にそれを話したら、気にしなくて良いと言われたが、出来れば仲良くしたいというのが本音だ。
そしてまたたびたび感じる視線。
…今度は跡部君だ。
眉間にシワを寄せ、明らかに機嫌が悪そう。
「おい、倉永。戻ってこい」
やはり思った通り、不機嫌な跡部君に呼び戻されて私は立海の三人にぱらぱらと手を振ってから戻る。
彼の隣を歩けばフンと鼻で笑われた。
そのまま彼はガッと私の肩を一瞬抱き寄せて、私はより一層跡部君の傍で歩く羽目になる。
少し嬉しい気持ちとちょっぴり複雑な気持ちに私は思わず小さなため息をついた。
その様子を横目で見ていた向日君に、お前も大変だなーと他人事のように言われて、私は苦笑を返すしかなかった。
ともかく私は跡部君の隣から動けないまま、大きな施設へと到着する。
まずは荷物を置くために建物の中へゾロゾロと入っていった。
ロビーは冷房が利き、ひやりと冷たい。
氷帝の更衣室と立海の更衣室は分かれているらしく、一旦ここで解散となった。
なんとなくまだ新しい香りのする建物の中を皆は私たちの後ろで楽しそうにお喋りしていた。
私も隣を歩く跡部君にソロリと声をかけた。
「そういえば、跡部君。私も皆と一緒の更衣室なの?」
「・・・ああ。そうだが?」
だからどうしたと言った顔で私を見下ろす跡部君は少しムッとした顔つきをしていた。
そのまま、到着したばかりの更衣室のドアをぶっきらぼうに開け放つ。
跡部君はさっきからずっとこの調子で、なかなか機嫌が直らない。
どうしてだろう。
もしかして私、なにか跡部君の気に触る事をしたのかもしれない。
・・・あっ、そういえばマネージメントの本に確か書いてあった!
『試合前の選手は、神経質になる人がいるので立ち回りに注意』
多分、私はきっと自分の知らない内に跡部君の神経を逆撫でしてしまったのだろう。
こういう事なのかと私は一人で納得する。
そうだ、私の仕事ぶりで皆のポテンシャルが決まるんだ。
私は皆のことを第一優先に考え、動き、結果を出さなければいけない。
そう思えばなんだか燃え上がる物が胸の中にあった。
私はそれに滑車をかける。
「私、今日精一杯頑張る!」
氷帝の更衣室に反響した私の声に皆が反応し不思議そうな顔をする。
それから皆も頑張るために、ラケットの調整に入る。
更衣室内にシューズの擦れる音や、ボールをつく音が響く。
私もテニスバッグから白いキャップと鉛筆、ノート、そしてラケットを取り出して準備を整えた。
跡部君の集合がかかり、皆は部屋の中心で円になる。
皆が集まったのを確認し、跡部君は腕を組む。
「さあ、いよいよ始まるぜ。立海との練習試合だ」
「・・・なんだかワクワクしますね」
鳳君が顔を強ばらせながら、そう跡部君に言った。
その彼のセリフにメンバーは深くうなずき、口を引き吊らせた。
・・・私にはとてもワクワクしているようには見えない。
私は持っているノートとラケットを胸にギュッとかかえて、皆に声を飛ばした。
「皆…ッ笑顔を忘れないで!」
私のその声にメンバーは、頬を叩いて整えたり、顔を振ったりして表情を変える。
それから皆、思い思いの笑った顔を浮かべた。
そんなメンバーに跡部君も微笑し、頷く。
「今まで練習してきたんだ。その力を見せつけてやれば良い。
・・・もし負けた時は、相手の実力に自分が劣っていた。ただそれだけだ。次勝ちゃあ良い」
部長の言葉に部員たちは先程以上に深く頷いた。
フン、とお馴染みのように鼻で笑い、左手を天井へ突き上げる。
そのまま軽い綺麗な音を更衣室で響かせて大声で叫んだ。
「勝つのは、氷帝だ!!」
皆がそれに沸き上がる中、私は一人、そのセリフをずっと心の中で唱えていた。
「勝つのは氷帝」それはこの学園の、このテニス部の決まり文句だ。
ならば、立海は…?
「常勝立海大」と「勝つのは氷帝」。
果たしてどちらが勝つのだろうと、私は迷走した。
第16章 END 2014/10/5
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