第14章
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跡部君の乗っている車を、見えなくなるまで見送った。
少しの寂しさと多くの満足感が胸から溢れ出そうで、私は空を見上げた。
橙色の空は爽やかな風が吹いていて私をもっとドキドキさせた。
私の背中には跡部君からの大きなプレゼントのテニスバッグ。
胸の中には懐かしい小学生の頃の思い出。
今日は彼からたくさんのことを学び、教えてもらった。
心のページが今日でいっぱい増えたと私は喜んだ。
ふと自分の家の庭に目を配れば、無造作に置いた自転車が存在していて。
「あっ」
私は一言思わず声に出せば、弾かれたように携帯で時刻を確認する。
時刻は18時を過ぎていた。
ヤバイとまた言葉を漏らして、私は氷帝学園の制服のまま、自転車に飛び乗った。
最近また乗り始めた自転車の爽快感に私は楽しさを覚えたばかり。
ジャカジャカと勢いよく漕げば風と一緒に走ってる気がした。
目的地はそう。
彼らの待っているストリートコート。
昨日は突然のお泊りで行けなかったから遅刻するわけにはいかない。
ビュンビュンと自転車を飛ばすこと20分。
キキィッ、と丘の上と続く階段の下に自転車を止める。
ほかに自転車がない・・・やった1番!
トントンとリズム良く階段を登っていけば照明に照らされたテニスコートが見えてきた。
「遅いっスよ。倉永先輩」
「越前の言う通り!一番は戴きましたからっ!」
「え、ええっ!?越前君と桃城君!?自転車なかったのに!」
「「コレっすよ。これ」」
二人は同時に言うと、また同時に足をパンパンと叩く。
まさか、青学からここまで走って・・・?
相変わらず、この二人は揃うとすごい・・・と言っても揃わなくても十分すごいんだけど。
二人の様子を見ると、着いてからしばらく打ち合ってたみたいで。
ラケットを握りながら袖で汗を拭っていた。
そんな二人は一般のジャージ。流石に青学レギュラーのジャージを着ると目立つようでここでは着ていない。
少し休憩すっか。と桃城君の言葉に越前君がコクりと頷いた。
そんな二人に私はテニスバッグから2本の“PONTA グレープ味”を軽く投げる。
パシ、パシッ。と華麗に受け止める二人に私は微笑む。
「途中で買ってきたの。昨日のお詫びねっ」
「サンキュ、先輩」
「んで?昨日は楽しみましたか~?んふふ」
「桃城君。茶化すと怒るよ」
「ゴメンナサイ」
壁際にあるベンチに三人揃ってストンと腰を下ろす。
プシュ、と炭酸が抜ける音がストリートコートに響けば、なんだがホッとした気がした。
ゴクゴクとお腹に溜め込んでいく二人を私は若干引き気味で眺める。
そんなとこで競争なんてしなくても・・・。
二人はギロリと見つめ合い、無言で飲み比べをしていた。
前はハンバーガーの競争をしたらしいけど、仲が良いんだか悪いんだか。
プハーと息継ぎをする二人は開口一番で言い争う。
「俺が先に飲んだっス」
「いやいや俺が先だったぜ」
これは終わることを知らない会話。いつもは杏ちゃんが止めに入ってくれるけど、今日はいないみたいで。
「ふ、二人共、競争・・・止めたら?」
「「ヤダ」」
似た者同士・・・。
私はカクンと項垂れる。
いつまでも続く言い争いに私はしびれを切らして無理矢理話を切り出した。
「今日ねっ、王様がテニスを教えてくれたの!」
「つって、え?・・・あの跡部さんがぁ?」
「誰スか、それ」
「氷帝学園のねテニス部の部長さん!昨日もメールで桃城君には送ったんだけど・・・」
「ああ、昨日倉永先輩な、跡部さんの家に泊まりだったんだぜ!」
「ふーん」
「え?桃城君、越前君に伝えてくれてなかったの?」
「ん?んんん・・・ふふ」
もう!と私がつつけば桃城君は笑い飛ばすように言った。
だってぇ、そんなことよりテニスが早くしたかったっスから。
それはどういう意味よ、と私が睨めば桃城君は爽やかに笑う。
でも納得した。この二人もテニスを好きすぎる。
それ以上桃城君を咎めること無く、私は自分のテニスバッグからラケットを取り出した。
そんな私の様子を越前君が覗きみて、口を開く。
「あれ先輩。ラケットとかバッグ、新しくしたんだ」
「これね、王様からのプレゼント!」
「えぇ!?プ、プレゼントされたんスかぁ!?」
「ふーん・・・。王様、ね。強いの?」
「強いよ、すごく」
私がそう越前君に目配せすれば、彼は驚いたように目を開き、同時につまらなさそうに目を逸らして呟いた。
倉永先輩がそんなにはっきり言うなら・・・相当強いんスね。
そう言いながらかんをクシャンと潰す越前君の頭を桃城君がワシワシと乱暴に撫でる。
それからラケットを握ると私へビシッと向けた。
「もちろん、王様からのレッスンを受けたんすよね!セ・ン・パ・イ!!」
「フフ。今日一日まるっとね!」
私も立ち上がり、向けられているラケットをソっと退ける。
すれば彼は面白そうに笑い、じゃあイッチョやっちゃいますか!とコートへと入る。
私もすぐにテニスシューズに履き替えて、制服のままコートに入った。
そんな私に越前君はボソリと呟く。
「着替えなくていいんスか」
そんな彼に私は笑顔で答える。
「早く桃城君とテニスがしたいからね」
越前君はフと笑い帽子を深くかぶり直しながら、また呟く。
「頑張れ」
短いけど確かに私に向けられた言葉にしっかりと頷いた。
「先輩からサーブ、いいっスよ」
「ありがと」
桃城君からボールを受け取り、ポーンポーンと地面に慣らす。
ラインに着き、シュッとボールをトスしてツイストサーブを放ってみた。
綺麗に相手のコートに収まれば、面白そうに笑う桃城君が見えた。
パシュッ!
いとも簡単に返してくるのは流石青学レギュラー。
だけど跡部君に強化してもらった分、彼が無理な体勢で打ち返したのは分かっていた。
「先輩」
「ん?」
パシュ、パシュンッ!
ラリーを続けながら桃城君は不意に口を開く。
私はライン際に深く落とすことを意識しながら打っていたので、妙な生返事になってしまった。
パッと彼を見ればすごく複雑そうな顔をしていた。
どうしたんだろうと少し力を弱めれば、彼からのレシーブが“手を抜くな”と言っているようでまた力を込めた。
「やっぱり・・・すごいっスよ。先輩は」
「へ?な、何が?」
こんな私たちの様子に越前君も目が離せないようで。
桃城君は必死に打ち返しながらもしゃべり続ける。
「跡部さんから、何を教わったんスか」
「振り方の基本とか。フォーム直しと・・・コツ?とか色々。どうして?」
「先輩は、いろんな人たちからテニス、教わってますよね」
「まあ、ね。上手になりたいから」
ドシュッと打ち返せば、彼は飛びついて私へとボールを返した。
桃城君の顔は俯いていて、よく、見えない。
「正直、羨ましいっスよ」
「え?」
「いろんな人に教わっても、情報が混ざらずに自分の物に出来る事が」
「そ、そうかな」
「そうっスよ。俺とのこのラリーだって、本当は“決める”こと出来るんスよね」
その言葉にハッと顔を上げれば桃城君は真剣な顔で私を見上げていた。
やってみろよ。
桃城君にそう言われ、膨れ上がる闘争心。
跡部君との試合だって。この闘争心が熱くて。
パコンパコンとボールの音が頭の中で響く度に、熱さが増す。
足を動かすことが楽しくなる。
ボールを追うことが楽しくなる。
桃城君の繰り出す変化球にどう打ち返そうか考える一瞬の時間が楽しい。
スパンッ!!
私の打ち返すボールの音が夜のコートに響き渡る。
彼はそのボールにギリギリに追いつき、ロブを上げる。
私はすぐに前に出て、跡部君に言われたことを意識してジャンプをした。
重心を掛けて・・・迷わず振り下ろす。
パァンッ!!
綺麗な音に自分でもドキリとした。
スマッシュはギュルギュルと地面に弧を描いて跳ね上がる。
それを桃城君が打ち返せば、少しブレたボールが私の左へと飛んでくる。
タイミングを計らって私は跡部君絶賛のジャックナイフを放つ。
それはみごとコートのコーナーラインに入り、後ろにいた越前君がパシュッと受け取った。
桃城君はハァハァと息を切らしながら、星の輝き始めた夜空を見上げた。
私も髪を上げながら一息をつけば桃城君がこちらを向いたのに気がついた。
視線を向ければ、彼は今までに無いくらい良い笑顔で。
「やっぱアンタ、強いぜ」
そんな彼に私は微笑み返した。
ありがとう、と言い返して。
もう謙遜はしないよ。
勝つことにより、私は自分を信じる力を増幅させる。
私は彼らからテニスを教わったことを幸せに思う。
勝ったよ、と越前君にブイサインをすれば、
彼も小さくブイサインを返してきてくれて嬉しくなる。
強くなったじゃん。
彼の生意気な言葉と一緒に。
私と交代してコートに入る越前君の背中は頼もしく思えた。
私よりも年下で、1年生の子なのにね。
それから桃城君と越前君がコートで向き合い、何やらヒソヒソと話し合う。
どうしたのと聞けば越前君と桃城君は慌てて首を振る。
疑問に思った私はもう一度彼らに話しかけた。
「ねえ、どうしたの?」
「あ、いやぁ。倉永先輩、雰囲気変わったなあって」
「雰囲気?」
「そそ。雰囲気雰囲気。そんだけ」
「えー・・・本当に?」
私がそう言えば桃城君はへへッと軽く笑い、頬を掻く。
そんな彼を越前君はチラリと横目で見てギュッと自分のジャージの裾を握った。
顔を少し下げていて何かを言いたそうにする越前君。
しばらく待っていると、越前君は意を決したように顔を上げた。
「先輩、本当にテニスが上手になった。俺たちがいらないくらいに」
「ありがとう。本当に越前くんと桃城君のおかげだよっ」
「その元気は?」
「へ?」
越前君が今にも地団駄を踏むような悔しそうな顔で私に問う。
手に持つラケットをグッと握りしめながら。
「その元気は誰から貰ったんスか」
どういった意味だろうと私は首をかしげ、考えた。
確かに前より元気になったのかもしれない。
いじめも終わり、跡部君に介抱してもらい、そしてテニスの練習にも付き合ってもらった。
けどどこで元気を貰ったと言われても頭の中でいまいち該当しない。
私が答えに迷っていると越前君は想いを吐き出す。
「先輩、初めて会った日からずっと元気が無くて、俺と桃先輩で元気づけようとして」
「お、おい。越前」
「跡部って人、すごいや。一日で先輩を元気ににしたんだから。俺たちは1週間かけても駄目だったのに」
桃城君が止めても彼の口は止まらなかった。
そっか、そうだったんだ。
二人は私にテニスを教えてくれるだけじゃなくて、元気を出させようとしてくれていたんだ。
そう私の心が認識したとたん、膨れ上がる彼への愛しさ。
私はそっと越前君を抱きしめる。
「・・・ッ」
彼は驚いたように身を強ばらせたけど、振り払おうとはしなかった。
「ありがとう」
別に跡部君だけのおかげじゃない。
私はあなたたちと一緒にテニスが出来てすごく楽しかったし、何より面白かった。
1週間も、私のわがままに付き合ってくれてありがとう。
そう呟けば彼は小さく笑い、また小さく呟いた。
「先輩、俺より背が小さいんスね」
「なっ!・・・気にしてるのに!!」
「越前!先輩!!俺も混ぜてくださぁい!!」
「「ぎゃー!」」
桃城君の抱きつき(タックル)行為により、押しつぶされる私と越前君。
ギュウギュウと人の温かさに触れれば、私の心に“優しさ”が染み渡る。
皆の“優しさ”が私の傷ついた心を十分に癒してくれる。
「二人とも、ありがとう!!」
そして、私は二人にタックルをする。
「「ぎゃー!!」」
気づけば空はもう真っ暗で煌々と輝く月が眩しかった。
収まったタックル行動に、皆がゼイハアとしていた。
クスクスと笑えば二人共、爽やかな笑顔を魅せてくれた。
そんな彼らを視界の隅に入れ、私は帰るために
跡部君に貰ったばかりのテニスバッグをよっこいしょと背負う。
“チリン”
仁王君にもらったテニスラケットのストラップ。
その鈴の音が耳元で聞こえ、私は口を綻ばせた。
こことの良い鈴の音を聞きながらも私はテニスコートにある階段の淵まで歩き、彼らに振り返った。
「次は関東大会で会おーぜ!」
「応援に来てくれてもいいんスよ」
「行くよ、絶対。でももし青学が氷帝とあたった時は」
言葉を溜める私に二人はニヤリと微笑んだ。
私も思わず口元に弧を描く。
「勝つのは氷帝だから!」
そう言って階段を駆け降りれば、越前君と桃城君の声が夜空に響き渡った。
そんな彼らの声に私は笑う。
「「まだまだだね!」」
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