第13章
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それからしばらくして俺たちは試合を続行した。
こんなにも楽しいと思える試合は久しぶりで。
身体を動かすことが本当に楽しくて。
パコンとコート中に鳴り響くボールの音と共に自分の心も跳ね上がるのを感じる。
彼女も必死にボールに食らいつく様子もなかなか様になっていて俺は口角を上げた。
走る度に跳ねるポニーテール。
打つたびにちらりと覗く白い腹部。
ラケットを力強く握る小さな手。
左手の構えた後に疎かになる様。
そして弾けんばかりの彼女の笑顔。
全てが俺の胸を熱くする。
俺もそれに負けじと最後に一つ、ラケットを振りかざせばゲームが決まる。
ドシュッ!という生きの良い音と共にボールが弾めば、倉永はそれを見送った。
俺は思わず小さくガッツポーズをした。
「ッしゃ!Game won by 俺様ってとこだな」
「っはー、負けちゃったぁ~!」
彼女は息を荒げて芝生とコートへゴロリと寝転がる。
額から滴る汗は綺麗で眩しかった。
俺も思わずその場で座り込み、空を見上げた。
果てしなく遠い空がゆっくりと流れていくのを見れば、なんだか切なくなった。
梅雨ももう終わり、これから蒸し暑い時期が来るのかと思えば、何となく春のままで良いのに、と感じた。
チラリと彼女を見ると、一生懸命に息を整えている最中で。
それでも俺は、よくこの一週間でこれだけのスタミナと技術がついたなと心の中で称賛する。
と同時に心に陰を差す複雑な思いが心によぎった。
それは少しの嫉妬。
どうしてあの二人なんだ、と不意に感じた。
だけど俺は直様その感情を掻き消す。
嫉妬したってしょうがねえし、俺はそんなに小さな男じゃねえと思ったから。
流れて落ちてくる汗をジャージで拭って、俺は倉永に一声掛ける。
「おい、テニス教えてやるよ。まだまだ強くなりたいんだろ」
「うん!ありがとうっ」
笑顔でピョコンと立ち上がって意気込む彼女に、俺は取り合えず水分補給を促した。
俺も少しの休憩を挟む。
ゴクリとスポーツドリンクを口に含めば、いつもより美味しく感じた。
それから俺は彼女にテニスの基本や、その他疎かになっている部分を叩き込んだ。
彼女に教え込めば、まるでスポンジが水を吸うように、みるみる上達していく。
彼女の才能に驚きつつも、教える事が楽しくなってきた俺は、色々な事を彼女に教えた。
汗で身体が汚くなっても、何故か今日だけは気にならなくて。
軽い昼食を取った後も、まだまだテニスを続けた。
また試合をしたり、教えたり。
こんなにも楽しいと思える日が来るなんてと俺は驚愕した。
勿論、俺が教える他にも、彼女から教わることも多々あって。
俺は彼女から揺るぎない自信、を学んだ。
どんなに追い詰められても、逆境に追い込まれても、自分ならなんとか出来るのその自信。
万が一、そこで負けたり折れてしまっても、今精一杯頑張れたから、練習して次も頑張ろうの心持ち。
それを言われた瞬間、だから倉永は俺にどこまで追いやられても、楽しそうにテニスをしていたんだと悟った。
自分を信じているからこそ出来るプレイもあるんだと、彼女は唄った。
それは父親からの言葉らしくて。
俺は彼女に父親の事を聞いた。どんな人なのかと。
嘗てはプロテニスプレイヤーを目指していたらしい。
腕もプロ級で、なるのは困難じゃなかっただとか。
しかし、ふと旅に出た海外で今の倉永の母と出会い、結婚。
その道はすっぱり諦めたらしい。
だが倉永を引き連れてまでもテニスをしたのかと思うと、俺はやっぱり諦め切れてねえじゃねえか、と笑った。
あの日も父親とテニスをする約束だったらしくて。
偶然通り掛かったコートに、俺が絡まれているのを見たから、飛び込んでしまったと彼女も笑った。
今思うと情けない話だが、俺は助けてくれたのが倉永でよかったと心から感じた。
あの時彼女が言った言葉も父親受け要りらしい。
それに加えて、父親の影響でテニスを習い始めたそうなんだが、海外を点々と引っ越したそうで長続きしなかっただとか。
でも実力はそこでも輝いていたらしく、度々テニススクールの勧誘をされていたらしい。
そりゃお疲れさん、と俺は口ずさんだ。
別に羨ましくなんてねえぞ、と彼女に念を押して。
気づけば夕方色に空が落ち始めていた。
オレンジに染まりつつある空は何とも儚げで、俺たちの一日のタイムミニットを告げている。
そろそろ上がるか、と彼女へ言葉を向ければ、名残惜しそうに頷いた。
シャワーでも浴びようと彼女に提案すれば、そうだねと唄うように呟く彼女は、まだテニスがしたいらしかった。
シャワーを浴びるために一旦倉永と別れ、シャワールームに入る。
温かいシャワーを浴びれば、一日中テニスをしていた疲れがやっと出た。
ホッと落ち着いていく俺の身体。
柄にもなく緊張していたらしかった。
それは、今日ずっと彼女が傍にいたから。
気づかぬうちに見栄を張っていたらしい。
ローズの香りのシャンプーを泡あわと手で泡立てれば、ずっとそうしていたい気分になった。
ボーっと考えながらシャワーを浴びれば、いつの間にか髪も身体も洗い終わっていた。
彼女も洗い終わったのだろうかと考えれば、なんとなく身体が熱くなった。
ガラリと外へ出て身体を拭き、私服を着る。
そうして使用人の者に髪を乾かさせて、俺は廊下へと出た。
廊下に出れば、制服姿の彼女が待っていて。
俺を見つけると直ぐ様笑顔を弾けさせるのが、この上無い俺の至福かと感じた。
髪を下ろしている彼女の髪はユルユルとウェーブが掛かっていて、メイドがやったんだなと俺は口に弧を描く。
背中にはテニスバッグが陣取っていて。制服でも似合うじゃねーの、と俺は心で呟く。
「跡部君っ」
「待たせたな。送ってくぜ」
そういって一緒に歩き出す。そうすれば俺と同じ香りが鼻を霞めて、胸が弾んだ。
リムジンへ乗り込めば、ゆったりと腰を下ろすのに対して、緊張したように俺の横に座る倉永に俺はクスリと笑う。
ゆっくりと動き出す車の中で、俺たちは言葉を交わす。
「今日はありがとな、楽しかったぜ」
「ううん!こっちこそありがと!色々教えてくれて」
ああ、と一言返せば彼女も口を閉じ、車内には車のエンジン音だけが支配した。
それでも嫌な気分にはならず、落ち着いた雰囲気を放っていた。
そんな中、俺は口ずさむ。
「お前、強くなったな」
「うん、頑張ったもん。でも越前君はまだまだって言ってた」
「ああ、ソイツの言う通りだ。まだまだお前は伸びる」
「そうかな」
「フン。俺様がそうだと言ってるんだから、そうに決まってんだろ」
アーン?と俺が彼女に目を配れば彼女はクスクス笑って頷いた。
それからまた静寂が支配すれば、車の走るリズムで眠気が膨れ上がる。
ふあとあくびをすれば、コテンと俺の肩に心地良い重さがもたれかかる。
視線を配らなくても分かるその状態に俺は口を緩ませた。
スースーと静かに寝息を立てる彼女は俺の眠っていた欲望を少し掻き立てる。
抱き寄せ、頬に唇を落とした。
もう、何度目のキスだろう。
お前が恋しくて堪らない。
俺も彼女にもたれかかれば心地良い彼女の体温ですんなりと眠る身体。
その時、俺はミラー越しに微笑む運転手の姿を見逃さなかった。
そんなに珍しいか、そう胸の内で呟き、目を閉じた。
こんな日が続けばいいのに。
柄にもなく俺はそう感じた。
キッ、と車の止まる感覚がすれば自然と開く目。
倉永の家に着いたんだな、と察すれば俺は彼女を揺すり起こす。
目をゴシゴシと擦って起きる彼女は、外の自分の家を見て、吐息を漏らし、テニスバッグやスクールバッグを手に取る。
運転手が倉永側のドアを開けば、彼女は転がるように外へと出た。
顔を真っ赤に染めて彼女は微笑む。ふわふわした髪が躍る。
「今日は、どうもありがとう!」
「ああ。また教えてやる」
「うん!」
パタンとドアを閉めれば彼女が軽く手を振り、運転手にも何かを言い、ペコリと頭を下げた。
同時に運転手が乗り込み、車を発車させる。
妙な空気が車内を満たした。
何かあるなら言え、と俺が運転手に促せば、彼はやっと口を開いた。
「あ、いえ。今時珍しいお嬢様だと感じまして」
「フン」
「景吾様も楽しそうで、屋敷の者も皆言ってましたよ」
ミラー越しに微笑む運転手を睨み返し、俺は心の内で苦笑した。
確かに、楽しいのには違いない。と。
また誘ってやろう。テニスに。
俺たちの大会に。
・・・地区はどうせ勝ち上がる。
関東大会あたりが目安だな、と計画を立てれば俺は静かに目を瞑った。
車のエンジン音が、今日はどうしてか心地よく俺の身体を満たした。
第13章 END 2014/3/18
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