第13章
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「すっごーい!ひっろーい!!跡部君の家、すごーい!!」
さっきの憂鬱な気分も吹き飛んでしまいそうなくらい彼女の嬉しそうな声が屋敷中に響き渡る。
芝生でできたテニスコートをクルクルと駆け回る倉永。
もしかしたら、彼女は元々こういう性格―テンション―なのかもしれない、と認識しつつあった。
天気は最高に良く、いわゆる“テニス日和”という奴だった。
青空のもとで輝く太陽が、俺らを眩しく照りつける。
ほら、と彼女に日焼け止めを投げれば、パシンと綺麗に受け取った。
日焼け止めを丁寧に塗る彼女を横に、俺はストレッチをして身体を慣らす。
未だにテニスバッグを背負っている彼女は、座りづらそうに、手を足に届きにくそうに必死に塗っていて。
俺は思わず苦笑した。
「あと、これも」
メイドから受け取った白いキャップを差し出す。
これは、あの時に法って。
彼女は笑顔でキャップを受け取ると、慣れたように被った。
ドキドキと俺の鼓動が高鳴る。
コイツは、本当に、あの子なのか?
よいしょとキャップの後ろの穴から綺麗に伸びた馬の尻尾を出す。
そんな様子で俺を見上げると、太陽の仕業で顔に影ができた。
これはあの時と同じ条件で俺は好都合だと思った。
そしてニコリと影の中で笑う彼女は、あの子そっくりで。
俺は逸る気持ちを必死に押さえる。
まだだ、まだ決めつけちゃいけねえ。
彼女に、彼女からあの台詞が出てくれば完璧だ。
俺は少し震える手で自分のラケットを持った。
そして彼女に手を差し出し、起こさせる。
「今回は試合形式にする。ラフかスムースか。当たったらお前から打て」
「うん!」
俺は自分のラケットをクルクルと回す。
彼女は前見たく、唸った末に小さく叫んだ。
「スムースッ!」
カランカランと軽い音を鳴らして倒れた俺のラケットは、確かにスムースが上を向いていた。
コイツ、前も当てたよな・・・。
そんな偶然を小さく根にもち、俺はボールを倉永に渡した。
彼女は小さく微笑み、やっとテニスバッグを地面に下ろして、俺がプレゼントした新しいラケットを手に持つ。
数回素振りした後に、彼女はコートに着いた。
俺も対抗戦のバックコートに着く。
彼女は慣れた手つきでポンポン、と軽く地面にボールを打てば、ニコリと微笑んだ。
「跡部君に負けたのが悔しくて、あれから必死に練習したんだよ!」
「ほう。それは知らなかったぜ」
来いよ。
俺がそう呟けば、彼女は前と違ったスタイルでボールを上にトスをする。
フッ!、と小さな声が聞こえて、ラケットが振り落とされば、綺麗な弧を描いてサービスコートに綺麗に収まった。
まぁ、前よりかは勢いがあるか・・・。
普通に打ち返そうとした瞬間、ボールはイレギュラーバウンドをし、俺の顔面目掛けて飛んでくる。
「ッう!?」
ギリギリのところでボールをかわせば、ボールは彼方へ飛んでいく。
その様子を見て、彼女はやった!と飛び跳ねた。
まさか、あれは。
「ツイストサーブ・・・か」
「やっと成功したっ!」
確かに腕は上げたようで。見違える様に切れが良くなっていた。
短期間でどうやってここまで上げたかは知らねえが・・・、
勝つのはこの俺様だ。
久々に燃えてきた闘志を俺は心の中でさらに熱くする。
「次は打ち返してやる。15ー0、だ」
俺がコールを口ずさめば、彼女はまた同じスイングでツイストサーブを決める。
俺は横にタンッと飛び、勢いのままラケットを振れば、無事に彼女のコートへ返すことができた。
パコン、パコンと質の良い音が響きわたる。
彼女はボールの行く先が分かっているように、迷わず足を動かして。
ラケットを丁寧に振り抜く様は、現役のテニスプレイヤーで。
コイツ、本当に帰宅部かよ・・・。
俺は驚きで満ち溢れていた。
前に倉永とテニスをした時は感じなかった“強さ”と“芯”があって。
強くなりたいという思いがひしひしと伝わってきた。
フォームも、ステップも、見違えそうなほど格段に良くなっていて。
たったの1週間ちょっとでこんなにも成長している彼女の潜在能力に俺は目を見張る。
「ッおらよ!!」
「あっ」
コーナーにショットを決めれば、彼女は追いつけずにそのまま見送った。
そしてそのまま屈託のない笑顔を俺の方へと向ける。
「やっぱり跡部君は強いや!」
「当たり前だろ。俺様を誰だと思ってんだ、アーン?」
「王様!」
倉永の言葉に俺は鼻で笑い、構える。
15-15だねっ!と彼女はトスをして今度は普通のサーブで攻めてきた。
それすらも研ぎ澄まされていて、俺はまたさらに燃え上がるものを感じた。
何が俺をこんなに熱くさせるのか。
彼女のサーブを返し、リターンエースを決めた。
彼女は残念そうにするのではなく、さらに楽しそうに笑う。
15-30。
30-30。
40ー30。
40-40。
競り合って、競り合われて。
彼女の打球と共に、楽しそうな笑顔までも飛び交って。
素敵なテニスをする奴だ、と俺は思った。
攻められても焦る様子はなく、落ち着き払った様子でテニスをする姿は、俺も見習わなきゃいけねえと感じるほど。
ついにはデュースにまで至って。俺が本気を出していないとはいえ、ここまでするとは思わなかった。
「お前、誰かに教わったのかよ。テニス」
そうじゃなきゃ、一人の練習でここまで跳躍的に上達するとは思えななかった。
彼女がデュースの開幕を切ったと同時に答える。
またツイストサーブか・・・、これも練習がねえと出来ねえ技だが・・・。
「うん!教えてもらった」
「誰にだ?」
俺らは打ち合いながら会話する。
パコンとボールの飛び交う音と、俺たちの芝生を踏む足音をBGM代わりに。
彼女は深く構えて腰をも回しながら強いショットを繰り返す。
これも前回の彼女に見られなかった仕草。
「ストリートコートで会った子!」
「あぁ?・・・あの丘の上にある、あそこか?」
確か、東京都内のここら辺の奴が使うストリートコートは限られていて。
俺は丘の上へにあるコートと、橋の下にあるコートしか俺は知らない。
だから俺はその中の一つを口ずさんでみた。
するとどうやら合ってたみたいで、彼女は元気に頷く。
あそこはよく不良のたまり場になっているが・・・、そんな中にテニスを教えれる奴なんていたか?
ドシュ、と彼女のバックハンド側にボールを打てば、彼女は待ってましたとばかりに跳躍する。
「これもッ、教えてくれたの!」
「ジャックナイフ・・・」
彼女は前よりも強烈になっているバックハンドショットを俺にお見舞いする。
倉永の俊敏な動作に、俺が反応できず、ミスショットでロブを上げる。
っく・・・。チッ、ロブを上げちまった。
そんなチャンスボールを彼女が見逃す訳もなく。
ここだとばかりにスマッシュを決め、俺のサイドに強烈に叩きつけた。
普通に、強ぇじゃねーの・・・。
「桃城君と、越前君!それと杏ちゃん!」
「・・・は?」
「青学のテニス部の子達が教えてくれたんだ」
どうやら、倉永がストリートコートに行く度にその二人もそこで練習していたらしくて。
そしてひとりの活発な女の子。
溜まっていた不良も、全員その二人が追いやってくれたらしくて。
その内に一緒に練習するようになったらしい。
ジャックナイフや振りの基本は桃城が。
ツイストサーブやボールの回転、ステップを越前という奴が教えてくれたらしくて。
そりゃまあ現役のテニス部に1週間も教え込まれりゃ強くなるか・・・。
納得する心とは裏腹に、コイツがそこまでして強くなろうとしたことに驚愕する。
よほど俺に負けたのが悔しかったんだろうなと思えば、少し俺に似ているのかもしれないと感じた。
桃城は確か去年、青学1年生のパワー選手として河村の次に戦っていたが・・・。
越前という奴は初耳だ。1年の奴だろうか。
「アドバンテージサーバー」
彼女がそう呟くと同時にトスを上げ、また回転がかかったボールを打ってきて。
・・・リバースサーブ!?
突然の新技に俺は戸惑いを隠せなかった。
リバースサーブは右利きの奴がサウスポーと同じ方面に回転させるボールのこと。
厄介なボールだ。
それでも俺は、しっかりとボールを目で捉え、面でボールを打ち返した。
パシンッ
けどそれは惜しくもネットに引っかかって、自分のコートへと落ちる。
彼女はその瞬間が本当に嬉しそうにしていて。
ピィンコピョンコと飛び跳ね、努力が実った喜びに身を浸していた。
まさか1ゲーム取られるなんて、思いもしなかった。
眩しい太陽を見上げ、額から流れる汗を下へと促す。
「フン、俺様がまさか女にゲームを取られるとはな」
不意にポロリと出た言葉は昔にも言った気がして、俺はハッとなる。
俺があの子に思わず言った言葉もこれだったか。
彼女の反応が気になって、俺は横目で促した。
彼女は弾ませていた身体を落ち着かせ、綺麗な笑顔を俺に魅せる。
「男も女も関係ないよー跡部君。そこを気にしちゃ駄目」
彼女は白いキャップを取り、袖で額の汗を拭き上げた。
そして暑そうにジャージをパタパタと仰いだ。
俺はその言葉に過敏に反応する。
ドキドキと高鳴り始める胸は、期待と確定の証。
今の言葉はまさにあの子も言っていた言葉で。
お前は・・・まさか、本当に?
俺は思わず言葉を漏らした。
「なあ、英国にいたことあったか」
「うん?・・・そうだね、しばらく住んでたかなっ」
懐かしいように青空を見上げ彼女は呟いた。
白いキャップのツバが上を向き、彼女の顔が見える。
それが何故か顔も見たこともないあの子と重なって、
俺は思わず行動した。衝動的に。
彼女との境界線となっていたネットを飛び越え、
彼女を引き寄せ、そして抱き締めた。
強く。強く。
もう二度と迷わない為に。
彼女の柔らかな感触に身を酔わせる。
勢いで彼女のキャップが落ちても気にしていられなかった。
あとべくっ、くるし・・・
そんな声が聞こえて俺は少しだけ力を緩める。
「やっと、お前と会えた・・・」
この子に会いたくて、会いたくてしょうがなかったガキの頃の俺。
もう一度だけでいい。
しっかりと温かさに触れたかった。
ずっと、触れていたかった。
それが、やっと願いが叶ったんだ。
好き、という気持ちが溢れ出てきて止まらない。
本当に、心から倉永が好きなんだと実感出来る。
俺がいつまでも彼女を離さないでいると、向こうからも優しく抱き締めて来てくれて。
俺はらしくなく安心に浸る。
何が俺をこんなに熱くさせるのか。
それは、
昔からの聖への想い。
「俺を助けてくれて、ありがとな」
ずっと前から言っておきたかった言葉を口にする。
ちゃんと礼をしておきたいんだ、お前には。
そして初めて俺をいじめてた3人組にも感謝した。
お前らのお陰で倉永と出会えたのだと。
そして彼女は息を飲み、ゆっくりと答えた。
「You are welcomeだよ、跡部君」
ああ、コイツも思い出してくれたのか。
俺の元へ帰ってきてくれて、ありがとう。
お前と出会えた喜びに。
お前とテニスが出来る喜びに。
感謝する。
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