第13章
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朝日の光でふと目が覚めれば、胸部に違和感を覚えて目を移す。
そこにはしっかりと俺の胸にしがみ付く倉永がいて、俺はつい微笑んだ。
彼女の小さな手が、俺のパジャマを付かんで離さない。
バスローブにしなくて正解だったなと思わず呟いた。
寝ている彼女の半開きな桜色の唇は俺を誘ってるようにすら見えてしまって。
俺は涌き出てくる自分の欲望を押さえ込んだ。
流石にそこには出来ねえし、しない。
お前を本当に手に入れて、堪能してやるから。
俺は倉永の髪をサラと撫で、優しく抱き寄せた。
やはりコイツは俺様の抱き枕にはピッタリのサイズのようで心地が良かった。
しかし・・・、久しぶりにあの夢を見た。
小学生だった頃の懐かしい記憶。
中学生になってから、何故か全く見なくなった夢。
ふう、と俺は今見た夢を思い返す。
あの生意気だった奴ら、今頃何してるんだか。
馬鹿やってなきゃいいがな。
それから少女へと意識を向けた途端、そういえば・・・と思い当たる節を見つける。
なぜ今まで気づかなかったんだろうと静かに驚いた。
あの子も茶髪のふわふわで。コイツも茶髪でふわふわ。
あの子は笑顔で俺を惹き付けて。コイツも笑顔で俺を惹き付け。
そして出会ったその子も日本人だった。
まさかと心臓が鼓動を刻み始めれば、俺は確かにそうかもしれないと思い始めた。
でも、それだけで決めつけるのは良くないと頭が叫ぶ。
だったら、丁度良い。試してみようか。
彼女があの子かどうかを。
俺はふと彼女の髪をサラリとかき分ける。
彼女の額に敬愛のキスを落とし、俺は微笑む。
そういえば、オーストラリアの劇作家が言っていた。
場所によって意味が変わるキスがあると。
ま、それはあくまで参考程度に。と俺は彼女の手の甲にもキスを落とした。
手の甲にするのは敬愛のキス。
俺は彼女を必要に敬愛する。
額にするのは友情のキス。
俺はいつかこの関係を壊したいと思っている。
そして首には欲望のキス。
確かにあの日―彼女を屋上まで追いかけた日―俺は彼女を欲する欲望に満ちていた。
どうして付き合ってもいないのキスをするのか。
倉永にキスをすると度々そう言いたげな瞳で俺を見つめる。
そりゃ理由は一つに決まってんだろ。
お前のことが好きだから。
俺は苦しくなる胸をそのままに、彼女に溺れる。
いつの日か、俺がお前を溺れさせようとしたのに。
溺れていくのはいつも自分で。
好きで好きでしょうがない気持ちはきっとお前には伝わってないし、今は伝えない。
最高の舞台をお前のために作ってみせるから。待ってろよ。
「ッん、むぅ。あと、べ君?」
「おはよう」
自分の胸元から発せられた声に俺は酔う。
あの子かもしれないと、胸がざわめく。
そして寝起きの彼女の甘い声は俺の欲望を最大に掻き立てていけない。
眠い・・・、と呟いて俺の胸に顔を埋める彼女は、愛しくてたまらない。
ほら、朝だぜ。起きろよ抱き枕。
そう俺が言えば彼女は目を擦りながら朝日の照らす窓を見た。
俺は彼女が自分から離れるのを心細く思いながら、彼女の顔にかかった髪をどかす。
彼女は眠たそうに目を擦ると小さくふあ、とあくびをした。
それすらも可愛くて俺は自然と顔が綻ぶ。
俺が思わず彼女の首元に顔を埋めれば、彼女は小さく可愛い声を出す。
首筋にキスを落として俺はベッドを出た。
ん、と俺が伸びをすれば、彼女はグルグルと毛布を身体に巻きつけていて。
どこの子供だよ・・・、と俺が彼女を包んでるそれを引っ張ると、ベッドから落ちた。
「お、おい。大丈夫か」
「・・・おかげで目が覚めた、王様」
ベッドの反対側へ行けば、彼女は尻を抑えながらちょこんと座っていた。
ほら、と手を差し出して彼女を引き起こせば、メイドに用意させたネグリジェがフワリと広がる。
レースがふんだんに使われたそれはとても倉永に似合っていて。
俺は彼女の頭をクシャリと撫で、部屋の扉に手をかける。
「ほら、テニスすんならそこのクローゼットに入ってるジャージ一式着て来い」
「うん。・・・あれ?ご飯はー?」
「出来たら使用人に呼びに行かせる」
それだけ言うと俺は部屋の扉を開け、廊下に一歩出る。
あ、それとな。俺は言葉を紡ぎながら振り返る。
「クローゼットに入ってる物、全部俺様からのプレゼントだ」
ありがたく受け取りな。
目を白黒させる彼女を横目で笑い、俺は部屋を出る。
さあて、俺様も着替えて食堂へ向かうか。
その前にシャワーでも浴びようと、廊下を歩きながらパチンと指を鳴らせば、
直様メイドが駆けつけてきて、俺は命令する。
「白いキャップを用意しろ。今すぐにだ」
それはあの子も身に付けていた。
まあ、もし彼女とあの子が違う人物でも関係無い。
さっさとあの子を忘れてしまえばいいだけ。
・・・今日は楽しい日になりそうだ。
――――――――。
「跡部君!これ、すごいかっこいい!可愛い!!」
自分の準備を済ませて倉永を食堂へ呼べば、俺のプレゼントした一式を身につけてはしゃいでいた。
業者に特注で作らせた彼女ぴったりのサイズとデザインのテニスユニフォーム。
カラーは氷帝学園がベースとしているアイスブルー。
レギュラージャージとはまた違うデザインにしてみたが、彼女は気に入ったようで。
もちろん下はズボン。スカートなんて履かせられない。
彼女の背中には大きなテニスバッグ。
その中にはきっとプレゼントのうちのラケットやシューズもろもろが入っているんだろう。
彼女が走る度に、結んであるポニーテールが跳ねて可愛らしかった。
食事が用意してある大きな食堂をトタトタと興奮するように走り回る彼女はどう見ても子供にしか見えなくて。
普段の大人しいような彼女の姿は微塵も感じない。
少し大人しくしろ。俺がクスリと笑いながらコーンスープを口に運べば、甘い香りが口へと広がる。
今の彼女には俺がわざわざそれらを与えた理由を教えない。
また、機会が来れば告げるさ。
あの子だと確認する、よりも先に違う理由でプレゼントした品々。
彼女はメイドにテニスバッグなどを預け、席へと座り、いただきますと手を合わせる。
「跡部君、ありがと!」
「正直、こんなに喜ぶとは思ってなかったぜ」
本心を口にすれば、彼女はニコリと笑う。
嬉しいよ、本当に。
そう彼女が唄えば俺はまた気持ちが熱くなるのが分かった。
俺は久しぶりに朝食を取るのを楽しいと感じる。
誰かと一緒に食事する朝なんてほとんどなかったし、これからも少ないんじゃないだろうか。
俺の目の前で美味しそうに食べる彼女を俺は細めで眺める。
また、笑顔が見れるようになって良かった。
英語の授業中、彼女と目があった瞬間にアイツの目から涙が零れ落ちたのを俺は思い出す。
あの日(もっと前だろうか)から、彼女は日に日に暗くなっていった。
そして何があったのか、一人にさせろ、と俺たちに強く申し出た。
俺は無意識に昔の自分と重ねた。
誰にも頼らず強くなろうとしていたあの頃を。
周りに助けてくれる人がいなくて、一人孤独だった俺。
だけどお前は違うだろう、倉永。
お前には俺がいる。氷帝テニス部もいる。
彼女なりに判断した結果だったのだろうが、俺はそれが受け入れ難かった。
だから、彼女の腕を掴んで止めようと思ったけど、言葉が口からでなくて。なんと声を掛けたら良いのか分からなくて。
俺は口を噤んでしまった。そんな俺に彼女は悲しく微笑むと、俺を振りほどいた。
それがどんなに悲しくて、苛立ったのか、コイツには想像が出来ないだろう。
だけど彼女が下した判断。暫くは俺も聞き入れた。
彼女が独りで戦っているとき、酷く顔色が悪く、また口数も少なく。
目線も下を向いていて、同じ教室にいる俺すら見てくれない。
俺はあの時、自分の事しか考えていなくて。もう我慢の限界で。
気づいたら彼女を求め、フェンスへと追いやっていた。
抑えきれない自分のエゴがさらに彼女を追い詰めたと思うと、俺は自分に嫌気がさす。
そして俺は昔の彼女がまだ生きているのならばと、言葉を口にした。
傍にいてくれ、孤独になりたいから
Stay with me, I want to be alone.
お前のおかげで、俺は孤独から抜け出すことができた。
なのに、お前をまた俺を独りにする気かよ。
お前が傍にいてくれてたおかげで、俺は孤独じゃなかったんだ。
戻ってこい。俺様の元へ。
俺を独りにしないでくれ。
「ごちそうさまっ」
彼女の食事を終える声でハッと我に返る。
気づけば自分もすでに食べ終わっていて、一人で驚いた。
跡部君?
そう俺を覗き見る彼女に、作った笑みを浮かべた。
すると彼女は不安そうに俺を見る目に変わる。
ああ、コイツも敏感だ。
そう思い、はぐらかす為に俺も食事の終わりの言葉を告げると席を立った。
彼女も同じように立って、メイドからテニスバッグを受け取る。
「行くか」
俺が一言彼女へと言葉を向ければ、コクリと無言で頷いた。
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