第10章
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
お昼休み。
独りのお昼休み。
誰もいない屋上に上がり、清々しい青空を見ながらお弁当を食べるのが日課となっていた。
みんなに嫌われている私は食堂へと行く価値も無い。
味気ないお弁当を広げて、パクリと口に入れればそれだけで、もうお腹がいっぱいになった。
独りで食べるお弁当は美味しくない。
皆といたときは・・・。
そう考え始める思考を必死に止めた。
一口しか食べていない弁当をしまい、空を仰ぎ見る。
今日は空が透けてるなあ。
雲ひとつ無く、透明感溢れ出す綺麗なスカイブルー。
私の心とは真逆に輝く空色。
気晴らしへと空を見てるのに、空にまで責められているような感じがして、
私はとても嫌になった。
ふと立ち上がり、屋上の淵へと歩みを進めれば、
青空へつながる道をフェンスが遮る。
そんなフェンスに両手をついて軋ませば、もうちょっとで登れそうな気がした。
少し下を見れば、遠く離れたところにあるアスファルトの地面。
何となく、それだけの光景なのにもっと見たいと思って、私はフェンスに足をかけた。
手を伸ばして、もっと上の網目をつかもうとしたけど、
それは叶わなかった。
誰かの大きな手が、私の手を両手とも上から押さえつける。
思わず息を飲み、登りかけてた足を下ろせば、
知らず識らずのうちに求めていた声が耳元で聞こえた。
最初は幻聴かと思ったけど、それは確かに彼の声。
「何やってんだ」
「あ、とべ、君・・・?」
久しぶりに聞いた声は少し怒っていて、私は恐ろしく不安になった。
思い切って手を振りほどいて勢いよく振り向けば、
今度は逃がさねえ
と私をまたフェンスへ押しやった。
ッひう・・・。
彼と視線がぶつかる。
その眼は私の全てを見抜いていそうで怖い。
どうして跡部君がここにいるの?
どうして私にこんなことするの?
問えば問うほど徐々に膨らんでいく見知らぬ感情。
だけど忘れていただけで、どこで出会った感情なのかすぐ思い出せた。
温かさは要らないと捨てたのに、それを激しく求める己の感情に、私は嫌気が差す。
容易に決断を揺るがしてしまう。
それはきっと目の前の光が跡部君だからだと思う。
跡部君の光は気持ち良い。
欲望まみれの私を大きく包み込んで、浄化してしまいそうなくらい大きい。
流石、王様。
泥沼に嵌まる私を助けようと必死に手を伸ばすけれど、
ごめんね、
私はここでいいから。私のことはもういいから。
諦めて?
「なあ、俺が前に言ったこと覚えてるか」
私から眼を逸らさずに、ポツリと呟く。
跡部君が前に私に言ったこと。
いっぱいありすぎて、私の頭は一瞬混乱する。
だけど一つ一つ整理して行けば、隠れていた答えが徐々に姿を表した。
もしかして。と思い当たった節が一つ。
“俺から離れるんじゃねえ”
彼が私へ送った言葉。
あの時はあまり理解していなかったけど、今になってようやく意味が分かる言葉。
守ってくれる、と言っていたんだ。こんな私を。
彼はあの時から私の未来を推測して、その言葉を届けてくれたんだ、と。
だけど私は彼の、王様のその言葉を無いものに変えてしまった。
その事が妙に腹立たしくて、奥歯を噛み締める。
だけど同時に良かった、とも感じた。
だって、だからこそ彼を危険な目に合わせずに済んだのだから。
私が彼の言葉に頷けば、だったらどうして、と彼は呟いた。
彼は青い瞳を私から逸らして大きく溜め息をつき、私の肩に顔を埋める。
ギシ・・・とフェンスが軋む音が私の頭に甘く響く。
フワリと香る薔薇の匂い。
私の頬を優しく擽るブラウンの髪。
ソッと私の首に添えられた、大きくて温かい手。
彼には”諦め”なんて言葉など似合わないと悟る。
そして私は彼の全てに酔いしれる。
ここがどこなのかすら分からなくなって。
目眩を覚えれば、私も彼に身体を預け始めつつあった。
本当に心地好くて。
モソリと彼が顔を少し上げれば私の耳元で囁く。
「俺は王様なんて大層なもんじゃねーんだよ」
ただの下郎だ。
彼は悲しそうに呟いた。
跡部、君?
彼は少し、泣いているように見えた。
私が何か言おうと口を開けば、彼は冷たい唇を私の首筋に押し当てる。
首筋を伝っていく冷たさに私は身を捩らせた。
「んんっ!っふぅ・・・」
「女一人をろくに守れないで、何が王様だ」
情けねえ。こんなことまでして、俺様の存在を知らしめてえとは。
そう、彼の声が聞こえた気がした。
彼が唇を離せば、私の瞼にキスを落とした。
本当にごめんな。
彼はまた私の肩に持たれかかる。
私はそんな彼の気持ちをどうすることも出来ずに、
ただ彼に肩を貸すしか出来なかった。
首に残る彼の唇の感触にしか、意識がいかなくなって。
ドキンドキンと弾む心臓が妙に嘘っぽくて。
これは都合のいい夢なんじゃないかと思ってしまうぐらいに、蕩けるように熱くて。
跡部君は、私の事どう思っているんだろう、
初めてそう気にし始めた。
「Stay with me, I want to be alone.」
流れるような美しい英語が私の耳元で囁いた。
それは本にも載っている、有名な人の言葉。
・・・、それは、どういう意味。
と私が問えば、彼は顔を上げてあの日と同じ表情をしてこう言った。
「お前のせいで、俺は孤独だ」
と。
英語の訳とは全く違う語彙が飛び出て戸惑う。
だけど私は彼の言いたいことをすぐに理解出来て、
思わず涙をこぼした。
彼が去った後も、フェンスにもたれて熱に浸るようにボーッとしていた。
首筋を押さえれば、もう彼の事しか考えられなくなって。
だけど、彼の事を考えれば考えるほど、
私はやっぱり側に居ちゃ駄目だと感じる。
私と居れば、彼はまた危ない目に合うかも知れない。
自分の事はどうだっていい。
ただ、彼に、彼らに危害が加わらないなら、それでいい。
私の今度の決意は鉛のように固かった。
みんなの気が済むまで私はとことん標的に。
それは全て彼らのためで。
彼らに迷惑をかけたくなくて取った苦肉の策。
それは私の想像を超えて違う方向に行き始めた。
彼にキスをされてからさら強まる決意の気持ちは、誰にも負けない。
そして彼の言ってくれた美しい英語。
“傍にいてくれ、孤独になりたいから”
そして彼の付け足された言葉で私が察した彼の気持ち。
『お前が傍にいてくれてたおかげで、俺は孤独じゃなかった』
私がこんなにも惨めになっても、この氷帝の王様は、
私に手を伸ばし続けてくれた。
このことが余計に私を一人にさせる。
彼には悪いけど、これが一番良い方法だと信じてた。
馬鹿な自分。
自分の精神ゲージを大幅に見損なっているとは知らずに。
心はもう、いじめという迫害で侵食されきってボロボロだというのに。
私はまだ独りで頑張ろうと綺麗な空に誓った。
第10章 END 2014/1/24
2/2ページ