第9章
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下校のチャイムが鳴り響いて数十分が過ぎようとしていた。
教室には私以外誰もいない。
夕暮れ時の静かな教室。
徐々に橙色に染まりつつある太陽を私は目を細めて眺めていた。
妙に落ち着いている私の心。
なんとなく詩でも綴って見たくなるような、そんな気持ち。
綴ったことなんて一度もないけど。
窓から跡部君たちのテニスコートが見えるかなあ。
そう思って外を覗けば、惜しくも交友棟が邪魔をして、よく見えなかった。
だけど、遠くからでも1年生か、ジョギングをしている姿がチラホラ見える。
そのまま目線を外さずにジッと外を見ていれば、
廊下から聞き覚えのある足音が響いてきた。
あ、リナかな。
私が振り向くのと同時に彼女は教室の扉を静かに開いた。
彼女の朝よりスッキリした顔が私を安心させる。
「もう、リナってば。心配したんだよ?」
私が彼女に近づき、目を合わそうとすればスイと逸らされる。
・・・え
居心地の悪い雰囲気が一気に教室内を支配した。
重い空気が漂う。
少しずつ、少しずつ速くなっていく私の鼓動。
それは跡部君といる、居心地の良いものとは全く逆のもの。
彼女と目を合わそうとする意思さえも萎んでいって、消えた。
不意に彼女が見るのも重々しい唇を開く。
「ねえ聖」
彼女のポツリとした呼び掛けさえも私の心臓は酷く反応した。
なにを、こんなにも焦っているんだろう。
どうしてこんなにも緊張しているのだろう。
心当たりは・・・、ありすぎて困った。
忍足君の事?
それしか考えられない。
私が一言、なに?と聞き返せば、彼女は充血した目で私を見て言い放つ。
「私、見たの」
「っへ・・・?」
「忍足君が聖に抱きしめてるところ」
・・・。
嘘・・・。
見られてた?
リナに。
どうして、と空振りに口を開けば、
買い物帰りに見てしまったと、彼女は涙と共に吐き出した。
ぅあ。
どうしよう、
どうしようどうしようどうしよう。
頭が混乱して思考がまとまらず、冷や汗をドッとかく感覚に陥る。
涙目で私を見つめる彼女に、何か言わねば。
あの・・・。
声が掠れた。思うように口が動かなかった。
身体が震えている。
緊張?動揺?恐怖?
多分全部だ、と私は感じた。
「それは、あの。違うの!そういうのじゃ・・・」
「何がどう違うのっ!?」
そう言って私の肩をガシリとつかみかかり、悲痛の叫びを私に聞かせた。
また声を詰まらせ、うつ向く私。
それしかできなかった。
何故本当のことを言おうとしないのか、よく分からなかった。
同時に“言い訳”も見つけられずにいた。
「聖は、跡部君のことが、好きなんじゃなかったの?」
ズキンと心臓が大きく跳ね上がった。
彼女もフルフルと身体を小刻みに震わせているが、目は真っ直ぐと私を見据えていた。
対して私は、足をも震え、目を合わせれずに俯いてばかりで・・・。
そしてその質問は私が今までずっとはぐらかしてきた質問。
どうして今まではぐらかして来たのだろうと今更になって後悔をする。
私が跡部君に中学1年生から今まで抱いてきた気持ちは尊敬、憧れ・・・きっとそういうもの。
彼みたいに自分をアピールできたら、
彼みたいにはっきりとした物言いができたら・・・。
そんな私の理想の塊が、跡部君。
だけど、その想いがぶれ始める。
3年生になって、彼と同じクラスになって。
彼と毎日顔を合わせるようになって、まだたったの1ヶ月半なのに、
私の心には跡部君との思い出が詰まってて。
体育の時に励ましてくれたり、お昼に誘ってくれたり、
いきなり抱きしめられたり、一緒に笑い合ったり、
私を、助けてくれたり。
そして私にテニスの楽しさを思い出させてくれた。
最初は俺様でわがままな人だと思っていたけど、
温かな手で、温かな優しさがあって、
素敵な笑顔の男の子だった。
もちろん
ほかの人達との思い出も深く刻み込まれているけど、
跡部君だけは、何か特別で。
「私っ、別に跡部君のことなんてっ・・・!!」
続きなんて言えなかった。
咄嗟に、それは嘘でも言ってはいけないと口を噤む。
どうしようもないくらい熱い気持ちが、初めての感情が、心の底から溢れ出す。
私はわからない感情につい溺れそうになった。
だめ。
もう、だめ。
言えないよ。
嫌いだなんて言えない。
あんなにも優しい彼を、
嫌えるわけない。
私は、彼のことが、
「聖の嘘つき」
「どうして、私が忍足君のこと好きって、知ってるのに、知ってるのに・・・」
どうしてあの時、すぐ断ってくれなかったの?
そう彼女が言葉を吐けば、私はもうこの世から消えてしまいたくなる。
私が、あの時きっぱりと断っていれば・・・。
リナを傷つけることなんて。
いや、
私が忍足君の近くにいる事すら、彼女を傷付けている。
私が、忍足君から、離れれば・・・。
彼らから離れれば。
「ごめ、ごめんリナ」
「何ソレ。自分が悪いって認めたの!?」
「ッ・・・リナ」
「いい加減にしてよ!いくら跡部君や忍足君にたちに気に入られてるからって・・・調子に乗らないで!!」
“信じてたのに”
勢いよくはじけだし教室を飛び出していくリナ。
彼女と今まで積み上げてきた大きなものが、一気に崩れるような音がした気がした。
打ち砕かれた信頼。
破損した友情。
まるで恋愛小説みたいだなあと他人事のように思い、泣いた。
全ては自分の身勝手な行動のせい。
それは重々承知で、自業自得。
私が、すべて悪い。
あそこで断っていれば、こんなことにならなくて済んだのに。
彼女の好きな人が彼だと知りながら、境界線を張ることをしなかった、私のせい。
本当、バカみたい。
自分を攻めれば、涙もそれに納得して引っ込んでいく。
心に重たいものがずっとのしかかる。
治ることさえないように思えた。
ただただ、ショックで。
彼女があんなことを思っていたなんて。
“調子に乗らないで”
それは跡部君のファンクラブの子達からも言われた言葉。
今思えば、彼女たちの忠告を素直に聞いてれば、
こんな最悪なことにはならなかったんじゃないかと思い直す。
運命の皮肉。
ごめんね、リナ。
ごめんね、みんな。
私は、本当の決意を胸に、乾いた笑いを口から漏らした。
人は時に道を踏み外す。
私にとって今がそれだと思った。
最悪で最低な泥沼に嵌る。
もがけばもがくほど、吐き気がするほど汚い泥の中に埋もれていく。
抜け出すことなんて、誰かの助けがないと到底不可能。
私は今、その助けを断ち切ったところ。
もう温かなものに頼るのは、やめよう。
だから私はどこまでも沈んでいくつもり。
眩しい日の光が届かない場所まで。
第9章 END 2014/1/23
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