第8章
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跡部が車に乗り込む瞬間、突然聖が奴を呼び止めた。
彼女は跡部の元へと駆け寄り、何かを手渡す。
小さな"ありがとう"と共に。
跡部はそんな彼女に微笑みかけ、手を挙げ、別れの挨拶をした。
奴の車が遠くに消えるまで、彼女はずっと眺めていた。
俺はいても経ってもいられなくなり、咄嗟に声をかけた。
「公園でも行こか?」
「あ、うん」
ちらっと時計を見ると3時半になったところだった。
歩いたら公園にはすぐ着いた。
噴水や池もある大きな公園。
俺と聖は噴水の見えるベンチへと座る。
やっと邪魔者がいなくなって、彼女と二人きりになれた瞬間。
何を話そうかと一人でドギマギしていれば彼女が小さな口を開く。
「あのね、忍足君に渡したい物があるんだ」
「え?」
俺が反射的に声を出せば、彼女はゴソゴソと自身の鞄の中を探る。
そこから出てきたのは小さなスポーツショップの袋。
それを聖は笑顔で俺に手渡す。
「忍足君。手当てしてくれてありがとう」
「ッあ、ああ。こちらこそありがとうさん。開けても良いか?」
うん!と彼女が元気良く頷けば、
ガサガサと袋を開ける。
するとそこにはメーカー物のグリップとリストバンドが入っていた。
言葉を失う。
嬉しくて、嬉しすぎて。
さらなるお礼を言おうとしても、何故だか声は出ない。
高鳴る胸の鼓動だけが自分の身体を支配する。
小説だったらここでなにか気の利いたセリフを言うところだと思うが、
情けなくも俺には出来なかった。
「忍足君の部活の様子を見た時、グリップボロボロだったし、
リストバンドあげたいなと思って・・・」
安物だけど、ごめんね。
そう言われて俺はもう涙すら出そうだった。
メーカー物だから安い訳ないのに。
好きな子に自分の欲しいと思っていた物を当てられ、プレゼントされる。
例えそれがただの礼だとしても。
跡部も貰ってると思っても。
部活の時、俺の事を見ていてくれていた。
それだけで俺の鼓動は歌い踊る。
「・・・ありがとう。一生大切にするわ」
そういう俺の声は震えていた。
「えへへ、どういたしまして!」
満面に咲く、彼女の屈託の無い笑顔。
俺の惚れた、枯れることのない笑顔。
今まで押さえてきた気持ちが爆発する。
嫉妬の反動、己の欲望。
俺ははぜる様に立ち上がり、聖を抱きしめた。
彼女は小さく可愛い悲鳴を挙げ、俺の中にすっぽりと収まる。
この時が永遠でいたい。
そう思った。
身体が震えている。
鼓動がより高鳴る。
こんなにも女の子は細いのか。
聖の香りが、感触が俺を充分に満たして興奮させる。
ああ、もうあかん。
「お・・・忍足君?」
俺を呼ぶ声も愛しい。
こんなにも、人を好きになれたんは初めてや・・・。
興奮のまま、高鳴る気持ちのまま、
口を開くと素直な気持ちー己の欲望ーが飛び出す。
「好きや」
「・・・へっ?」
「好きなんや・・・。お前の事が」
そう言って俺は聖をさらにキツく抱きしめた。
これが、俺の本当の気持ち。
そして欲望。
他人に欲しい物を取られたくないと、子供のように意地を張り、
結果、彼女をどういう気分にさせたのか。
嫉妬という感情を踏み台にしたら、俺は一体どこまで飛べるのだろう。
奴は、跡部は、何を踏み台にするのだろう。
奴が王子で彼女が姫。
だったら俺は一体何者なのか。
・・・邪魔者なだけかもしれない。
だけど、それで良い。
例え、自分の物にならなくても、
人の物にさえもならないようにすれば良いだけの話だから。
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私は買い物袋をドサリと落とした。
・・・あれは忍足君と聖?
どうして忍足君は聖を抱きしめてるの?
なんで忍足君は聖に告白してるの?
なんで聖は忍足君を拒否しないの?
それを見た瞬間わたしの心の中に黒い渦がドッと湧き出てくる。
胸が苦しい。
息が出来ない。
動悸が激しい。
どうして?
聖は私が忍足君の事好きって知ってるのに・・・。
私の気持ちを一番理解してくれてると思ってたのに。
私の中の何かが音をたてて崩れていくような感覚に陥った。
「リナー!?」
お母さんに呼ばれて我に返る。
「・・・今行く」
自分でも怖いと思うくらいに、こんなにも人を憎めるのか・・・。
好きになっていくのは時間がかかるものだけど、
嫌になる瞬間は、本当に早いと悟る。
私の心は黒く染まっていった。
第8章 END 2014/1/17
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