第3章
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「くしゅん!」
ウォータースライダーのアトラクションから出た私は盛大にくしゃみをした。
日も少しずつだけど傾いてきて、
昼に比べたら暑くもなくかなり過ごしやすくなっていた。
だけどアトラクションで水を浴びた私にとっては少し肌寒い。
跡部君には全く水がかからなかったのにどうして私は集中砲火を受けたんだろう。
着替えをするほどではなかなったけど、ところどころ濡れた部分が
しっとりと私の肌にまとわりついてきて気持ち悪かった。
そんな私の様子を見かねた跡部君がため息混じりに声を出す。
「少し待ってろ」
そう一言を言うと跡部君は少し早足気味で何処かへ去っていった。
ううう・・・。跡部君どこ行っちゃうんだろう。
押し寄せてくる急な孤独感に私はまた身体を冷やした。
急いで日が照っているところを探すとちょうどベンチがあり、温かそうな日も当たっていた。
そこに静かに腰を下ろす。
ほかほかと少しずつ身体は外側から温まるが、
春の夕暮れどき寒風が徐々に温まりつつある私の熱をすぐに奪い去っていった。
「くしゅっ!」
私は再びくしゃみをする。
んん・・・寒い・・・。
寒いけどウォータースライダーはとっても楽しかった!
暗いのは少し苦手だけど跡部君が手を握ってくれたし、
お宝もキラキラ光っててすごく綺麗だったなぁ!
最後のスライダーなんてもう最高!
あのフワッとくる浮遊感がクセになりそう。
不意に頬を伝う水をポケットから取り出したハンカチで拭う。
“チャリン!”
地面に何かが落ちる音が聞こえ、それを私はとっさに拾い上げた。
仁王君から貰ったテニスラケットの可愛いストラップ。
それをしばし眺めると彼の別れ際の一言を思い出した。
“またお前さんと会える気がしての”
どうして仁王君はそう思ったんだろうか。
新手のナンパかと疑ったけど、仁王君はきっとそんなことはしないと
心のどこかで絶対的な確信をしていた。
そんなことを考えていると、私の肩にフワリと何かが掛かる。
ふと顔をあげると、跡部君が自分の上着を私の肩に掛けてくれたみたいだった。
ほのかに香る彼の香りに思わずクラリと甘い目眩を覚える。
「これ、いいの?」
「あぁ、ロッカーから取ってきた。着てろ」
私が頷くのと同時に彼は私のとなりに座りながら、
“風邪を引かれても困るしな”と微かに笑う。
私も笑い返すとそのまま無言の時間に陥る。
不思議と気まずくはなかった。
何となく互が互のことを考えているような気がして、何となく黙る。
何となく。
それが今、この時間を作っていた。
遊園地の時計を見れば既に時計の針は5時を指していた。
空を見ればさっきはほどよく青かった空が夕暮れの橙色に染っていっている。
今日は一日すごく有意義に過ごせたと思う。
色んな子と話も出来たし、いろんな一面も見れた。
数々のハプニングもあったけど、
それに合わせて皆が助けてくれたことがとても嬉しかった。
向日君が歓迎会をやろうと提案してくれなかったら、
こんなにも楽しい気持ち、ワクワクする感情は味わえなかっただろう。
跡部君は初めての遊園地だと言ってたけれど、楽しめたのかな。
「ねえ、今日はどうだった?楽しかった?」
私が出し抜けに彼にそう問うと、しばし空を見上げる。
そんな彼の横顔は空が徐々にに橙色に染まるような光が反射し、赤く綺麗に彼を模っていた。
私がそんな彼の横顔に見とれていると、口に弧を描き答えた。
「あぁ、楽しかったぜ。お前のおかげでな」
私のおかげ・・・?
それはどういう事だろうと頭を悩ました。
私は跡部君に特別何もしていないし、むしろ迷惑をかけたのではないだろうか。
上着も借りちゃったし・・・。
「やはりお前はほかの雌猫共とは格が違うな。今日、それを確信した」
格?
どういうことだろうそれは。
何を基準にそう判断して、どう確信を得たのか
私にはいまいちピンと来なかった。
だけど、かれの晴れ晴れとした爽やかな表情から伺うと、
それはきっと良い事なんだと感じた。
意識して今までの彼の対応を思い返してみると、
彼は私の前ではよく大声で笑うことが多いと思う。
普段の学校生活上での彼は、女の子―雌猫―たちと話をするとき
、つまらなさそうで、面倒臭そうな表情をしているのをよく見かけた。
そのことを考えるとまぁ・・・、
確かにちょっとは違うかな、と思えなくもなかった。
だけど、やっぱり、よく分からない。
私がうむむ。と考えると、跡部君は面白そうに、興味深そうにニヤリと笑った。
「おーい!跡部!!」
軽やかな男の人の声が、夕暮れの遊園地に反響する。
何事かと声の聞こえた方向を見れば、声の主が駆け寄ってくるのが見えた。
きちんと切り揃えられたブラウンと栗色が混ざったしなやかな髪を翻しながら。
そんな彼を一目見て、跡部君はポツリと驚いたように呟いた。
「・・・滝!」
滝・・・。
聞いた覚えがある。
氷帝テニス部のレギュラーの一人。
会ったことはなかったけど、聞いていた特徴のある髪型は、滝君しかありえないだろう。
滝君は私たちの目の前まで走ってくるとふう、と息を整える。
それから決まったように爽やかな笑顔をニコリと見せる。
「お前、今着いたのか?」
「あぁ。やっと用事が終わってね。飛んできちゃった」
サラリと髪をかきあげ、私に向かって軽くウインクをする。
滝君は跡部君と少し対談したあと私の方を向き口元に弧を描いた。
「君が倉永さんだよね。お噂はかねがね聞いてるよ。俺は滝。よろしくね」
よろしく、と私は口に出したが心は上の空だった。
・・・噂?
私はその言葉にぴくりと反応した。
どんな噂?と聞くと彼はこう答える。
“最近、跡部に最も近い女の子”
跡部君はそんな噂くだらないと笑い飛ばしたけど、
私にはその言葉は、まるで鉛のように底に溜まる。
「皆はどこにいるの?別行動かい?」
滝君がそう問うと跡部君が立ち上がり、指をパチンと綺麗に鳴らした。
すると、どこからともなく樺地君が出てくる。
跡部君は彼に“全員集合させろ”と命令すると、樺地君は頷き去っていく。
その一連の流れを見ていても私の心の鉛は取り除けなかった。
どうして、どうしてだろう。
なんでだろう。
疑問の語彙だけが頭の中でごちゃごちゃと混ぜ合わさる。
―――どうしてだろう。
しばらくして、皆が広場に集まる。
滝君の突然の出現に皆は各々の反応を見せたが、最後には心良く受け入れていた。
そして5時半を過ぎた今、跡部君が予約した遊園地内のレストランに向かう。
もちろん貸切だそうだ。
さすがは王様。と私は心の中で呟いた。
昼間に比べてずいぶん人の減った道を大勢で独占して歩く。
そんな経験は私には一度もなくて、すごく新鮮に感じた。
みんなとわいわい楽しくおしゃべりするのも。
そうこうしているうちに予約していたレストランへ着いてしまう。
スタッフさんがすぐに私たちの荷物を持ち、席まで案内される。
遊園地のレストランってこんなにも本格的だったっけ・・・。
だなんて、くだらない事を私は考える。
後々よく考えれば、彼は跡部財閥の御曹司なんだから、
これぐらいの対応にも理解ができた。
それだけ彼の心に爪痕を残そうと必死なんだ、と考えたらなんだか悲しくなる。
スタッフさんが引いてくれた椅子に座ると、すぐにコース料理が運ばれてくる。
驚きのコメントを思わず刻むと、皆口を揃えて“最初はそうだ”と笑い合った。
運ばれてくる料理はどれも美味しくて、私の心の鉛を少しずつ取り除いていく。
そんな中で滝君は写真係としてパシャパシャとみんなの食事風景を撮影していた。
みんなはそれに合わせて食べながら、口に物を詰め込みながら
いろいろなポーズを取る。
そのことに跡部君は“行儀が悪い”“品が無い”と
罵ったがそれ以上は何も言わなかった。
彼も笑いながら、皆と食事をする。
それを見ると、彼の居場所はこの氷帝テニス部なんだと頷いた。
そんな輪の中に私は加われているのかな。
なんて思ったけど、隣で話しかけてくれた鳳君の笑顔を見て愚問だったと思い直す。
見渡す限り、レストランのスタッフさんは笑顔、氷帝テニス部も笑顔。
私ももちろん笑顔。
みんなと笑いながら泣いてしまいそうな感覚に陥る。
みんなと笑い合える時間がこんなにも
楽しくて、
可笑しくて、
嬉しくて。
この時間がとても愛おしく思えて。
流れる時間を恨んでしまいそうなほど、私の心は弾み、潤っていた。
そんな楽しい夕食の時間が非情にもアッという間に過ぎ去ってしまった。
今はレストランから出て外のひんやりとした空気で火照った身体を冷やしていた。
レストランの代金は跡部君が持っている、
ゴールデンなんとかカードっていうものでお支払い。
ごちそうさまでした、と跡部君にペコリと頭を下げる。
そんな私にこんなのは安いほうだ、と鼻で笑った。
「っあー!いっぱい食ったな!!」
「岳人はいつもお構いなしやなあ。ちいとは遠慮せえや」
「いいや、ここはガッツリ食べておくべきだぜ!なあ長太郎」
「そうですね、宍戸さん!」
皆がレストラン前の広場でおしゃべりの花を咲かすと
不意に滝くんが大きな声で訴えるような言葉を口にした。
「・・・観覧車、観覧車乗ろうよ!」
は?
皆は滝君の一言に驚き、顔を見合わせる。
観覧車かあ、ちょうどライトアップしてて綺麗だな。
乗りたい乗りたいと力強く力説する彼の後ろで、
色とりどりに散りばめられた観覧車のイルミネーションが
ぜひ乗ってくれ、と言わんばかりに点灯している。
「アーン?もう暗いぞ、倉永もいるし帰った方が」
「いーやっ!俺だけ何も乗ってない、倉永さんと何もしてない!!」
滝君が綺麗な髪をなびかせ、頭を横にブンブンと振る。
それどころかその勢いで私の腕をガバリと掴んできた。
皆が同時に息をのみ、溜め息。
結局、滝君の押しに負けて乗ることになった。
「定員4名までだって!どうするよ!!」
向日君が観覧車の説明書きを見て、ピョンコと飛ぶ。
4人まで、か。
今は10人いるから・・・
私が人数を数えて計算使用とすると、
樺地君とジロー君は乗らないとの事だった。
どうして?と言いかけて、止めた。
ジロー君は樺地君の背中でグーグーと気持ち良さそうに寝ているのが目に入る。
フフッ、気持ち良さそう。
これじゃあ一緒に乗れないよね。
とすると、4人4人でちょうど分かれることが出来る。
すると滝君は、俺は当然倉永さんと一緒だよねー、と私の隣へ収まる。
跡部君も、一緒に乗ってやっても構わないんだぜ、なんて
上から目線の王様権限で半ば無理矢理仲間に。
さてあと一人と周りを見渡せば、忍足君と向日君が睨み合って火花を散らしていた。
「おい侑士!ここは俺だろ?」
「あかん。知っとるで?お嬢さんと一緒にバンジーしたんやろ?ここは俺の番や」
「あ、じゃあジャンケンで決めたら?」
私がそう持ちかけると二人は急に自信に満ち溢れた顔になり、
喧嘩をする直前ように指をパキポキ鳴らした。
「お前にだけは負けないぜ、侑士!!」
「フッ、お前を倒さんと上へ行かれへんわ!!」
「「じゃーんけーん!!」」
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