第3章
名前変換
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こういうのは無理矢理楽しむものじゃないけど・・・。
この状況をうまい具合に利用して・・・!
「跡部君!走ろっ!!」
「は?っあ、おい!!」
私は思いっきり全力ダッシュをする。
跡部君はいきなり私に引っ張られ、最初はもたついたけど、
すぐに立て直して私のスピードに余裕で付いてくる。
人の波をビュンビュンとかき分けウォータースライダーへと走る。
過ぎ去った人達が驚きの色で私たちを見てくる。
だけどそれを私たちは気にしない、気にならない。
まるで風になったみたいに跡部君と一緒に突き進む。
テンションがハイになっているのか不思議と疲れない。
どうしてだろうか。
気がつけば、彼がいれば私はどこまでも走れるような気がしていた。
足を止めずに、だけど必死ではなく走り続ける。
こんなにも走ることは気持ちのいいことだったんだ。
ふと隣で一緒になって走っている彼と目が合う。
すると彼はすごくキラキラとした顔で面白可笑しそうにニヤリと弧を描いた。
――――――――。
「っは・・・ふ」
いきなり走り出されたことにはびっくりしたが、
二人で風になって走るのは妙に心地よかった。
俺は走り疲れた吐息と共にウォータースライダーの長蛇の列の最後尾へと
彼女と一緒に並んだ。
20分待ち。
あぁ、結構あるな、面倒だ。
だから遊園地なんて人がたくさん集まるところは貸切に限る。
不意に彼女と繋がれている左手に感覚を移す。
走ったせいか、それともこの温かい気温のせいか、
汗がしっとりと俺たちの手の内を濡らしていた。
最初、コイツの手に触れた瞬間、
手のぬくもりがすぐに俺の手を温めたような感覚に陥った。
少し握っただけでこの細く温かい手は折れてしまいそうに思える。
それにしても・・・、と俺は違う考えを頭の中で展開する。
コイツと昔どこかであったような気がしてならない。
中学1年の頃にあった“あの事件”じゃなくて、もっとその前。
なんだっただろうか、そう考える。
なかなか思い出せない。曖昧な記憶を探る。
そんな俺をよそに彼女の気の抜けた優しげな声が俺の鼓膜を震わした。
「あ、跡部君。手ありがとね」
倉永はそう言って俺から手を離した。
外の空気、気温は嫌になるほど温かいはずなのに、ひんやりと俺の手を冷やしていく。
それほどに俺の手は熱を帯びていたことに可笑しくなって苦笑した。
誰の熱も伝わらない俺が事実、熱を帯びている。
そのことがたまらなく可笑しかった。
「跡部君?」
俺が終始無言だったのが気になったのか、
彼女は不安そうな顔をして、俺を見上げていた。
蒸気した赤く熱そうな頬。
情けなくも可愛らしいピンク色の半開きな唇。
深いブラウンの瞳は心なしか潤んでいるように見えた。
それは走ったからだ。ずっと、走ってきたから。
別に俺に惚れているだとかそんなんじゃねえ。
自分で否定して、自分で心を冷やす。
同時に面白くねえ、と感じた。
「別に構わねえよ」
つい普段の調子で彼女にもぶっきらぼうに返答してしまう。
傷ついたか?と思って彼女の顔を覗ったが、
俺の予想とは裏腹に嬉しそうにニコニコとしていた。
思わずあっけにとられてしまう。
「楽しみっ!早く乗りたいね!!」
まるで子供のように無邪気にはしゃぐ彼女に俺は自然と不満の口を開いた。
「20分も待つのはどうかと思うがな」
俺が彼女とは全く逆の意見を述べると、倉永は
一瞬キョトンとした後、
だれもが目を奪われるような笑顔を俺に魅せた。
っ・・・?
不意に心臓あたりが飛び出しそうな感覚が俺を支配する。
心臓が妙に早く鼓動を刻んだ。
まるで走り終わったかのような・・・、いや、
そんなものよりももっと温かく優しく、心地よいというか。
なんとも表現し難い感覚に俺は思わず彼女をを見つめる。
楽しそうに小さな口からたくさんの言葉が流れ、俺の耳へ滑り込むように届く。
彼女はさっき、可憐な華と一緒にこう言った。
“大丈夫、話をしていればすぐだよ”
俺はそれが一瞬だけ信じ難かった。
それは普段勝手に語りだす女―雌猫―どもの話は、
俺のウケを狙いたいばかりのつまらない話ばかり。
だから、コイツもあいつらと同じなんじゃねえのかと一瞬だけ疑った。
だけどその疑いは一瞬にして溶けた。
彼女は俺の知らないことばかりを楽しそうに語る。
まるで歌っているかのように。
それは“尽きる”という言葉を知らないかの如く。
時折漏れる小さな微笑みは俺を惹きつけ、同時に最大限に癒した。
彼女を見れば見るほど俺の心臓はトクトクと弾み、踊る。
どうしてしまったんだろうか俺の心臓は、心は。
だが不思議と嫌いではなかった。
むしろ面白い、と感じる。
コロコロと表現を変えて楽しそうに話す彼女に思わず、俺は吹き出し笑う。
「へっ?あっ!跡部君やっと笑ってくれた!」
彼女もまたニパっと可愛らしく微笑む。
彼女曰く俺は微笑んでいるようで、
無表情のような何とも言えない表情をしていたらしい。
それを聞いたとたん俺はますます可笑しく思えて大声で笑った。
コイツと一緒にいることはやはり楽しいし、何より面白い。
大声で笑う俺を目の前に彼女はワタワタと慌てていた。
そんな様子が可愛くて可愛くて俺は思わず彼女の頭をクシャりと撫でた。
彼女はみるみるうちに赤くなっていく。
ックク、反応がいちいち面白いな、コイツは。
先刻、手を繋いだ時だってそうだった。
俯いてちまちまと可愛く俺についてくる倉永。
俺は自然と独占感が湧き出ていた。
それを思いだし、俺はまたニヤリと弧を描く。
「あ。跡部君!もう順番きたよ!」
彼女の言葉に顔を上げ前を確かめると、確かに自分たちの順番が迫っていた。
いつの間に・・・。
思わず後ろを確かめると、また長蛇の列がズラリと連なっていた。
それは確かに自分たちの歩んできた道だった。
「ほう、俺が退屈しなかったのは倉永のお手柄だな」
「えへへ、そうかなっ」
彼女はまた屈託のない笑顔を俺に魅せる。
俺はまた心をドキリと弾ませた。
なんだ、なんなんだ。
この感覚は・・・感情は。
そしてこの何とも言えない懐かしい記憶。
俺がその感覚に酔っていると、
彼女はもうパスポートをスタッフに見せている最中だった。
俺はすぐさまハッと我に返る。
ったく、この俺様を置いていくとは。
俺もすぐさまパスポートを見せ、彼女よりも先にコースターへ乗り込んだ。
「ほら」
手を差し出し、エスコートをするために。
彼女は突然差し出された手に一瞬戸惑ったようだが、
すぐに微笑み"ありがとう"と俺に魔法の言葉を呟いた。
その言葉はどんなに凍てついた心でもすぐに溶かしてしまう魔法の言葉。
それは俺の心も溶かしていく。
俺をその感覚に身を委ねながら彼女がゆっくりと席に座るのを見届ける。
俺もすぐに席へ座ると”安全バー”というのをカチカチと音を鳴らしながらおろした。
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