「もしも・・・」
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「もしもさ・・・」
「あん?」
放課後の部活。
日も傾き始め、オレンジ色に皆を照らし始めた時だった。
ストレートを返す練習をしている俺に、球出しをしてくれているマネージャーが魔が差したように口を開いた。
続きを何も考えていないようで、顔をぽかんとさせながら機械的にボールを俺に打ってくる。
そのボールを俺は慎重に、考えながら打つので生返事となってしまった。
何本か打っても未だに続きを言わないマネージャーに俺はだんだんイライラしてくる。
こっちは集中して練習をしたいのに。
「おい倉永、続き言えよ。気になるじゃねーか」
俺がボールを打つのを止めると、倉永もボールを繰り出す手を止める。
しばらくの沈黙が続いた。
もちろん他のレギュラーたちが賑やかに練習をしているので周りは五月蝿いが。
顎に手を当て少しだけ首をかしげる倉永を見て、そういやコイツは女だっけ、となんとなく意識した。
一緒にいすぎると忘れちまうな。
それほどの“根っからの女子”というわけでもない倉永はついつい異性ということを忘れてしまう。
というより、俺が恋愛に疎いからか。はたまた今は恋愛よりもテニス一本だからか。
彼女のポニーテールがフワリと動いた気配がして俺は顔を上げた。
倉永は俺にまたボールを繰り出しながら、先ほどの台詞の続きを呟いた。
「もしも宍戸くんが高級ホテルBARのマスターだったらさ」
「はあ!?」
俺は驚き飛びのき思わず帽子を地面に落とした。
そんな俺の様子に彼女は一瞬キョトンとし、クスクスと笑いに浸る。
何故笑われたのかは否めないが、とにかくどうしてそんな考えに至ったのか、俺は知りたかった。
「なんだよ、それ。バーのマスターって俺の柄か?」
「昨日見たドラマでやっててさ、シャカシャカーって」
倉永はラケットをまるでカクテルを振っているように上下に動かした。
その都度ポンポンと跳ねるブラウンのポニテールと、少しの膨らみにドキリと胸が上ずった。
「宍戸くんに似合うかなって思って」
「似合うかあ?」
「似合うよ。前みたいに髪の長い宍戸くんだったら尚更」
「あー・・・、髪伸ばすの、結構大変なんだぜ」
手入れもしなくちゃいけねえし。
そう俺が呟けば、クリッとした綺麗な瞳が遠目に俺を捉えた。
それにまたドキリと胸がおかしくなる。
胸焼けか?と胸をさするも、どうやらそうではないらしい。
倉永は、私も髪伸ばしてるから知ってるもん、と辺りに散乱したボールを拾い集めながら言う。
そりゃそうだと俺が笑えば、彼女も可愛らしい笑みを俺に向けた。
ああ、コイツってこんなにも女の子らしかったかなあと、その笑みを見て思う。
今まで、意識し無さ過ぎていたからかもしれない。
もしくは全く関わりがなかったか。
マネージャーのくせにと思うかもしれないが、本当に義務的な接点しかなかったのだ。
俺が彼女を異性としてあまり見れていなかったのは後者に当たるだろう。
俺も彼女の球拾いを手伝えば、ありがとうの感謝の言葉が届けられる。
俺はその言葉でなんだか少し嬉しくなって、軽快にボールを拾って彼女の足元にあるカゴへ収めた。
ラケットの面からコロコロと転がり落ちるボールを見てから顔を上げれば、倉永の顔が目の前にあって俺は少し驚く。
俺を見上げる形の上目遣いは、どうして今まで気付かなかったのだろうと思うぐらいに可愛らしかった。
そんな目にフワリと掛かりそうな柔らかな前髪。
綺麗に筋の通った、小ぶりで可愛らしい鼻。
桜色の潤った唇。
ボタンが二つ開けられたテニスウェアの隙間から覗く、膨らみの影・・・。
って俺は一体どこを見てんだ!
思わずバッと後ろを向いて、頑なに帽子の位置を直す俺は彼女におかしく見られただろうか。
・・・なんでこんなことも気にしてんだ、俺。
慣れない心情に胸がドギマギし始め、それからなんだか目眩がする気がする。
う~んう~んと頭を悩ませる俺の視界にひょっこりと倉永が入ってきて、俺の頭はもう大混乱だ。
そんな俺の頭に彼女はトドメの一言を。
「きっと似合うよ。宍戸くん、かっこいいもん」
ボールのいっぱい入ったかごを一生懸命に運ぶマネージャーの後ろ姿を見ても俺は手伝いもせず、ずっと眺めていただけだった。
いや、眺めることしかできなかったんだ。
ドキドキしまっくてる。胸が。心臓が。
走ったわけでも、過度な運動をしたわけでもないのに。
頭の中は彼女のことで埋め尽くされていた。
なんで急に、どうしたんだ俺。
何が何だか分からない俺のもとへ、長太郎が笑顔で走ってきても、引きっつた笑しかできなかった。
長太郎に話しかけられても、俺は生返事ばかりでろくに会話も頭に入ってこなかった。
無意識に目が彼女を追いかける。
倉永は今、跡部の隣にいる。
仲睦まじそうに跡部に肩を抱かれている。
そんな奴の顔を見上げる彼女の顔は、心なしか紅みが差しているように見えた。
跡部も倉永といるときは、眉間の皺も解れ愛おしそうな男の笑みを彼女に向ける。
彼らは既に前から男女の仲にあった。
いつも見ていた光景なのに、今見るとなんだか心がざわつく。
これが恋だと気づくのに、俺はしばらくかかった。
ったく、激ダサだぜ。
よりによって恋人が居る女にときめいちまうなんて。
略奪愛だとかも言うけれど、俺はとても幸せそうな二人の邪魔をしたくなかった。
その反動で以前よりテニスにのめり込むことができたことが幸いだ。
それから色々あったが・・・。
俺が彼女の言葉を真に受けて本当に高級ホテルBARのマスターになったことは、また別の話。
END 2014/10/27