そして俺は目を瞑る
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日吉 リクエスト作品
今日もお前のピアノの音に誘われてフラリとテニスコートを抜け出した。
跡部部長は咎めるように俺へ視線を投げつける。
俺もバツが悪そうに顔をしかめて、思わず走り出した。
俺だっていけないことだってわかってるさ。部活を度々抜け出して彼女の元へ行くことは。
けれど、彼女のピアノはどうしてだか俺を誘う。
たぶん、彼女だからだと思うが。
必死で走って。彼女のいる音楽室へと汗だくで入った。
君はまだショパンの曲を弾いていて。
俺が入ってきたことなんて全く気にしていない。
気持ちよさそうに目を閉じて、鍵盤で躍る指で呼吸をしている。
俺はジャージの裾で汗を拭きながら、彼女の近くの椅子へドカリと腰を下ろした。
そして俺は目を瞑る。
彼女の奏でるハーモニーだけを心に取り入れる。
そうすれば、かいていた汗も引き、静かな波が俺を誘った。
ポロン...と余韻を残して手首で呼吸した彼女もパチリとめを開いて俺を捉えた。
そしてクスリと微笑み、伸びをしながら形の良い唇を動かした。
「なーんだ。また日吉くんを召喚しちゃったよ」
「悪かったですね。跡部部長じゃなくて」
思わず憎まれ口を叩けば、彼女は別にーと微笑む。
そんな彼女はあの部長の恋人であり、憎きも俺の片思いの相手。
本来、彼女の音に惹かれて来るべき人間は跡部部長なのだ。
けれど興味が無いのかなんなのか分からないが、なかなか来ない。
俺は口を開いて彼女に尋ねる。
もう、どれだけ跡部さんと話していないんだと。
すると彼女は答えた。
跡部くん、忙しいからさ。
諦めたかのような表情をして彼女は答える。
俺の質問に彼女の答えが妙に当てはまっていないのを俺は気づいていた。
それはさりげない話の逸らし方。
巧妙な手口だと俺は変に納得する。
そうやって倉永先輩はいつも誤魔化す。俺に気持ちを伝えてくれない。
決まって誤魔化すときになる、彼女の潤んだ表情に俺は恋をした。
だから俺は不幸にも跡部部長に恋をしている彼女の表情に恋をしているということになる。
最悪だ。
それでもってこの感情は素晴らしく面倒くさい。
凄く気分を不快にさせる。
けれどこの感情に酔っているのもまた自分だった。
「いっそ日吉くんが私の彼氏だったらいいのにね」
彼女にも腹が立つ。
本当はそんなことを思って無いくせに、気を持たせる様なことを言って。
俺をすぐその気にさせる。
そんな事をヘラヘラ笑って言う女も信じがたいが、ついドキリとしてしまう自分がいるのもムカつく。
傷付いた笑顔。最近それしか見ていない。
けれど最高に俺をそそる。美しいのだ、彼女は。
だから美しい繋がりで跡部さんの隣が似合う女でもあるんだ。
それがとてつもなく悔しい。自然に舌打ちが出る。
「本気で思っていないくせにそんなこと言うなよ」
「・・・日吉くん?」
ああ、駄目だ。
何故だか今日は自分が押さえられない。
異様にムカつくんだよ。お前の顔が。跡部さんを想う顔が。
あんな冷たいキングなんてフッちまえよ。
ああ、ムカムカする。
でもこれ以上言ったら駄目だ。
より彼女を傷つけてしまう。
「なんなんだよ、俺にその気にさせて、跡部さんに嫉妬させる寸法か?」
「そんな、ちがっ・・・!!」
「だったら思ってないこと言うな。本当に俺と付き合いたいのか」
俺は別に利用されてもいい。
美しい表情と音色を奏でる彼女と一緒にいたかった。
ここで彼女が嘘でも頷けば無理矢理唇を奪うつもりでいた。
けれど、彼女は沈黙を守った。
自分の言った嘘を肯定した証だ。
分かってはいたけれど、俺は酷く傷付いた。
テニスでも恋でも。あの人には勝てない。
悔しかった。
俺はいつの間にか拳を握り閉めて彼女を見下ろしていた。
「最悪な女ですね」
「ッ、ごめ、ん」
「認めるんですか。ハッ、滑稽だな」
そういう俺の目にはうっすら涙が貯まっていて。
絶対に言ってはならないことを気持ちが言おうとする。
これだけは駄目だと理性が押さえる。
けれどそれ以上にムカムカするんだ。
これを言ったら果たして俺はすっきりするのだろうか。
ああ、ムカつく。
「だからお前、跡部さんに嫌われるんだよ」
「ッひぅ・・・!」
本当は嫌われていないことを知っていての言葉。
最低な嘘を吐いた。
彼女は目を見開いてボロボロと涙を溢した。
毒を吐いた俺の気持ちはムカムカしたままだった。
それと、少しの罪悪感。
本当は、あの人は、あなたを大事にしている。
俺は上を見上げて唇を噛んだ。
大事にしているくせに、不器用なのが目に見えてイライラするんだ。
それと俺が割り込む隙間がないことも。
彼女は彼女で意味ありげな言葉を俺に散りばめるが、それは寂しさからだと気づいていた。
気づいていたのに、お前を傷つける俺は最低だ。
・・・なら、もっとお前を傷つけて、叶わない恋を捨てたほうが俺のためなんだろうか。
きっと、そうなんだろ。
俺は跡部さんには勝てない。
どんなにもがいても。下剋上すら出来やしない。
それは俺の気持ちがこんなにも荒んでいるからで。
こんな酷い言葉すら簡単に言えてしまう。
「もう俺に近寄らないでください」
主に近寄っていたのは俺の方からだが。
これを言うことで自分を縛り付けた。
自分勝手すぎる自分が嫌いで仕方がない。
勝手にお前のピアノに誘われて、勝手にあなたと時間を共有して。
勝手に惹かれた。
そして自分勝手な理由であなたを傷つけた。
全く、笑っちまうよな。
彼女を泣かしたまま俺は音楽室を後にする。
しばらく歩いて、振り返れば、座り込んで泣いている彼女が目に入った。
ズキンと胸が痛む。
俺は逃げるように走り去った。
俺は顔をクシャクシャにして、テニスコートに駆け込む。
そしてベンチに偉そうに座る憎たらしいキングの日の光を俺は遮る。
キングは機嫌が悪そうに青い瞳を細めて俺を見上げた。
俺の顔をその瞳が捉えた途端、少し見開かれる。
「今すぐ音楽室に行ってください」
「・・・誰に命令してんだ、アーン?」
「いいから、行ってください」
震えてしまう声でそう言えば、渋々といった形で彼は腰を上げる。
肩に羽織ったジャージを優雅に翻しながら、冷たい視線を俺に投げて去っていく。
ジャージの裾で無様にも涙を拭く俺を鳳が背中をさすってくれる。
跡部さんはそれから部活が終わるまで帰ってこなかった。
部活が終わり、日の暮れ始めた空をネクタイを締めながら見上げる。
・・・失恋、だよな。
はぁ、と溜息を吐いてテニスバッグを肩に掛けてコツコツとローファーを響かせて歩いた。
涙はもう枯れ切って出ない。こんなに泣いたのはいつぐらいだろうか。関東大会以来かな?
もう一度目を擦り、駆け出そうとしたとき後ろから声がかかった。
「おい、日吉」
振り向けば制服姿の跡部さんと、その胸で肩を震わせ顔を埋めている彼女がいた。
そんな彼女を跡部さんは優しく抱き寄せていた。
ああ、やっぱりお似合いだ。あなたはキングの隣が一番似合う。
なんですか、とぶっきらぼうに口を開けば、今度は跡部さんではなくて彼女が口を開いた。
「ごめ、んね。日吉くん。ありがと」
泣き顔でクシャリと笑う彼女がやっぱり美しくて。
俺の大好きな人だと、再び感じた。
跡部さんがそんな彼女を優しく微笑む姿を見て、
彼女が幸せなら、いいか。と。
俺は踵を翻して枯れ果てたはずの涙が滲むのを感じながら帰路に着いた。
そして俺は目を瞑る。
そこには跡部さんを想うばかりの彼女の笑みが浮かんだ。
END 2014/7/24
今日もお前のピアノの音に誘われてフラリとテニスコートを抜け出した。
跡部部長は咎めるように俺へ視線を投げつける。
俺もバツが悪そうに顔をしかめて、思わず走り出した。
俺だっていけないことだってわかってるさ。部活を度々抜け出して彼女の元へ行くことは。
けれど、彼女のピアノはどうしてだか俺を誘う。
たぶん、彼女だからだと思うが。
必死で走って。彼女のいる音楽室へと汗だくで入った。
君はまだショパンの曲を弾いていて。
俺が入ってきたことなんて全く気にしていない。
気持ちよさそうに目を閉じて、鍵盤で躍る指で呼吸をしている。
俺はジャージの裾で汗を拭きながら、彼女の近くの椅子へドカリと腰を下ろした。
そして俺は目を瞑る。
彼女の奏でるハーモニーだけを心に取り入れる。
そうすれば、かいていた汗も引き、静かな波が俺を誘った。
ポロン...と余韻を残して手首で呼吸した彼女もパチリとめを開いて俺を捉えた。
そしてクスリと微笑み、伸びをしながら形の良い唇を動かした。
「なーんだ。また日吉くんを召喚しちゃったよ」
「悪かったですね。跡部部長じゃなくて」
思わず憎まれ口を叩けば、彼女は別にーと微笑む。
そんな彼女はあの部長の恋人であり、憎きも俺の片思いの相手。
本来、彼女の音に惹かれて来るべき人間は跡部部長なのだ。
けれど興味が無いのかなんなのか分からないが、なかなか来ない。
俺は口を開いて彼女に尋ねる。
もう、どれだけ跡部さんと話していないんだと。
すると彼女は答えた。
跡部くん、忙しいからさ。
諦めたかのような表情をして彼女は答える。
俺の質問に彼女の答えが妙に当てはまっていないのを俺は気づいていた。
それはさりげない話の逸らし方。
巧妙な手口だと俺は変に納得する。
そうやって倉永先輩はいつも誤魔化す。俺に気持ちを伝えてくれない。
決まって誤魔化すときになる、彼女の潤んだ表情に俺は恋をした。
だから俺は不幸にも跡部部長に恋をしている彼女の表情に恋をしているということになる。
最悪だ。
それでもってこの感情は素晴らしく面倒くさい。
凄く気分を不快にさせる。
けれどこの感情に酔っているのもまた自分だった。
「いっそ日吉くんが私の彼氏だったらいいのにね」
彼女にも腹が立つ。
本当はそんなことを思って無いくせに、気を持たせる様なことを言って。
俺をすぐその気にさせる。
そんな事をヘラヘラ笑って言う女も信じがたいが、ついドキリとしてしまう自分がいるのもムカつく。
傷付いた笑顔。最近それしか見ていない。
けれど最高に俺をそそる。美しいのだ、彼女は。
だから美しい繋がりで跡部さんの隣が似合う女でもあるんだ。
それがとてつもなく悔しい。自然に舌打ちが出る。
「本気で思っていないくせにそんなこと言うなよ」
「・・・日吉くん?」
ああ、駄目だ。
何故だか今日は自分が押さえられない。
異様にムカつくんだよ。お前の顔が。跡部さんを想う顔が。
あんな冷たいキングなんてフッちまえよ。
ああ、ムカムカする。
でもこれ以上言ったら駄目だ。
より彼女を傷つけてしまう。
「なんなんだよ、俺にその気にさせて、跡部さんに嫉妬させる寸法か?」
「そんな、ちがっ・・・!!」
「だったら思ってないこと言うな。本当に俺と付き合いたいのか」
俺は別に利用されてもいい。
美しい表情と音色を奏でる彼女と一緒にいたかった。
ここで彼女が嘘でも頷けば無理矢理唇を奪うつもりでいた。
けれど、彼女は沈黙を守った。
自分の言った嘘を肯定した証だ。
分かってはいたけれど、俺は酷く傷付いた。
テニスでも恋でも。あの人には勝てない。
悔しかった。
俺はいつの間にか拳を握り閉めて彼女を見下ろしていた。
「最悪な女ですね」
「ッ、ごめ、ん」
「認めるんですか。ハッ、滑稽だな」
そういう俺の目にはうっすら涙が貯まっていて。
絶対に言ってはならないことを気持ちが言おうとする。
これだけは駄目だと理性が押さえる。
けれどそれ以上にムカムカするんだ。
これを言ったら果たして俺はすっきりするのだろうか。
ああ、ムカつく。
「だからお前、跡部さんに嫌われるんだよ」
「ッひぅ・・・!」
本当は嫌われていないことを知っていての言葉。
最低な嘘を吐いた。
彼女は目を見開いてボロボロと涙を溢した。
毒を吐いた俺の気持ちはムカムカしたままだった。
それと、少しの罪悪感。
本当は、あの人は、あなたを大事にしている。
俺は上を見上げて唇を噛んだ。
大事にしているくせに、不器用なのが目に見えてイライラするんだ。
それと俺が割り込む隙間がないことも。
彼女は彼女で意味ありげな言葉を俺に散りばめるが、それは寂しさからだと気づいていた。
気づいていたのに、お前を傷つける俺は最低だ。
・・・なら、もっとお前を傷つけて、叶わない恋を捨てたほうが俺のためなんだろうか。
きっと、そうなんだろ。
俺は跡部さんには勝てない。
どんなにもがいても。下剋上すら出来やしない。
それは俺の気持ちがこんなにも荒んでいるからで。
こんな酷い言葉すら簡単に言えてしまう。
「もう俺に近寄らないでください」
主に近寄っていたのは俺の方からだが。
これを言うことで自分を縛り付けた。
自分勝手すぎる自分が嫌いで仕方がない。
勝手にお前のピアノに誘われて、勝手にあなたと時間を共有して。
勝手に惹かれた。
そして自分勝手な理由であなたを傷つけた。
全く、笑っちまうよな。
彼女を泣かしたまま俺は音楽室を後にする。
しばらく歩いて、振り返れば、座り込んで泣いている彼女が目に入った。
ズキンと胸が痛む。
俺は逃げるように走り去った。
俺は顔をクシャクシャにして、テニスコートに駆け込む。
そしてベンチに偉そうに座る憎たらしいキングの日の光を俺は遮る。
キングは機嫌が悪そうに青い瞳を細めて俺を見上げた。
俺の顔をその瞳が捉えた途端、少し見開かれる。
「今すぐ音楽室に行ってください」
「・・・誰に命令してんだ、アーン?」
「いいから、行ってください」
震えてしまう声でそう言えば、渋々といった形で彼は腰を上げる。
肩に羽織ったジャージを優雅に翻しながら、冷たい視線を俺に投げて去っていく。
ジャージの裾で無様にも涙を拭く俺を鳳が背中をさすってくれる。
跡部さんはそれから部活が終わるまで帰ってこなかった。
部活が終わり、日の暮れ始めた空をネクタイを締めながら見上げる。
・・・失恋、だよな。
はぁ、と溜息を吐いてテニスバッグを肩に掛けてコツコツとローファーを響かせて歩いた。
涙はもう枯れ切って出ない。こんなに泣いたのはいつぐらいだろうか。関東大会以来かな?
もう一度目を擦り、駆け出そうとしたとき後ろから声がかかった。
「おい、日吉」
振り向けば制服姿の跡部さんと、その胸で肩を震わせ顔を埋めている彼女がいた。
そんな彼女を跡部さんは優しく抱き寄せていた。
ああ、やっぱりお似合いだ。あなたはキングの隣が一番似合う。
なんですか、とぶっきらぼうに口を開けば、今度は跡部さんではなくて彼女が口を開いた。
「ごめ、んね。日吉くん。ありがと」
泣き顔でクシャリと笑う彼女がやっぱり美しくて。
俺の大好きな人だと、再び感じた。
跡部さんがそんな彼女を優しく微笑む姿を見て、
彼女が幸せなら、いいか。と。
俺は踵を翻して枯れ果てたはずの涙が滲むのを感じながら帰路に着いた。
そして俺は目を瞑る。
そこには跡部さんを想うばかりの彼女の笑みが浮かんだ。
END 2014/7/24