後ろにも目をⅡ
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倉永 聖。
倉永 聖。
俺は君の名を何度も頭の中でリピートしながら放課後となった廊下を歩く。
身体にまとっている服はすでに立海ジャージ。
肩に羽織った上着を翻しながら、俺は早歩きで君の教室へと急いだ。
急いでいるのは体だけではなく心も十分に急いでいて。
だから俺はこんなにも君の名を繰り返す。
早く見せたかった。俺のテニスを。
今の理由はそれだけだった。
君の教室へと着くと、俺はドアを開いて早速君の名を呼んだ。
「倉永さん」
君は笑顔で振り向いてくれたが、他の女の子達も黄色い悲鳴をあげて俺と君の道を閉ざした。
あっという間に女の子達に囲まれて君の姿が見えなくなる。
けれど、君の頭がぴょこぴょことしていたのをみて俺は思わず吹き出してしまった。
少し背の小さい君は他の子に埋もれて、けれど俺に近づこうと必死にかき分けてくる姿が可愛くて。
ちょっとだけ意地悪したくなって、俺は微笑みながらしばらく待ってみた。
焦った顔をして無理矢理群衆の間を通り抜けようとする君。
けれど力が足りないのかすぐ押し出されてしまう。
もうそろそろ助けてあげようかな、だなんて偉そうに思えば自分が楽しんでいることに気がついた。
一歩、俺が歩き出せば女の子たちは道を譲るように退けていく。
それもまた異様に可笑しくて面白かった。
そうして君の元へ辿り着き、俺は有無を言わせず手首を掴んだ。
「行こうか、倉永」
「ぇ、っあ」
君の名を呼び捨てにしてみると目を点にして口を開く君。ふふ、可愛い。
だって君の素敵な名にわざわざ『さん』なんて邪魔なもの入らないだろう?
そのまま君をひっぱって退出すればざわめく女の子たち。ああ、騒がしいな。
それに比べて。君は本当に可愛いよ。
恥ずかしそうにうつ向いて、足を小さくちょこちょこ動かして俺に付いてくる。
そのまま手を繋ぐ形に変えれば、君の顔はゆでダコみたいに真っ赤だ。
そんな君を、俺は一体どんな顔をして歩いていたのだろうか。
きっと、ずっと君に微笑みかけていただろう。なんだか目が離せないのだ。
今日の俺、少し大胆過ぎやしないか・・・?
自分で言うのもなんだけど、もうちょっと奥手だと思っていた。
でも今や君の手を引っ張ってテニスコートへ向かっている。
クス、と思わず笑えば、君が敏感に反応して上目で俺を見る。
この表情が俺だけの物になったらいいのに。
何の気なしに自然とそう思った俺は、君に惚れているのだろうか。分からない。
テニスコートに着くと、君はここで良いと言ってコート外の芝生に座る。
なんとなく寂しい気がしたけれど俺は頷いた。
コートに入ればもうメンバーは全員揃っていた。
「おはようさん、幸村。ん・・・?」
「やあ、仁王。どうしたんだい?」
「いや、何で聖がおるんじゃろと思うてな」
「・・・ふーん。知り合いなんだ」
俺がそう呟けば仁王がギョッとして、去年のクラスメイトだと慌てて言い直した。
けれど俺の黒い靄は晴れない。違うんだよ(もちろんそれもあるけれど)、仁王。
どうしてお前が君の下の名を呼ぶんだい?全く慣れなれしいな。
俺でさえ呼んだことがないのに。
決めた。最初に手合わせ願おうか。
そして君の前でこてんぱに倒す。
よし、これで俺は仁王の上に行けるね。
そんな仁王は顔を青くさせながらコートに入った。
真田たちは顔をしかめながら他のコートで練習を始める。
俺は君の方を向いて、ひょいとラケットを掲げた。
「今からやるよ!」
「頑張って、仁王くん、幸村くん!!」
なんだよ、応援は仁王が先かい?
まあ仕方がないよね、先に君と出会ってしまったのがコイツだもんね。俺は昨日だし。
仕方ないな、さっさと五感を奪って俺の前にひれ伏させなきゃね。
また微笑んでコートに立つ仁王を見れば、少し震えていて、また笑った。
15分後
俺は嘲笑っていた。
目の前にはフラフラになった仁王、今にも跪きそうだ。
さあ、終止符を打とうか。
サーブを決めれば、サービスエースで俺の勝ち。
それは予想どうりに決まり、仁王は俺にとうとう跪いた。
あまりにもあっさりと終わらせてしまった。もうちょっと君に俺のテニスを見てもらいたかったのに。
拍子抜けだよ、ねえ。
クルリと君を見れば、君は仁王の方を見て心配ばかりしていた。
あぁ、心優しい君は屈服しているそちらを気にしてしまうんだね。
「どうだった?俺のテニスは」
「ぇ、えっと・・・」
「うん?」
か細い君の声に俺は思わず首を傾げて、フェンス越しに君と話をする。
君のフェンスに掛けている手の隣に触れるか触れないかの距離で俺の手を置く。
そうして俺は微笑みながらもう一度君に聞いた。
どうだった・・・?
君は息を飲んで頬を赤らめた。
少し下を向いて吐息を漏らすように呟く。
「なんか少し怖かったけど、かっこ、良かったよ。・・・すごくドキドキしたもん」
「・・・ぇ?」
「好きに、なっちゃいそうだった」
皆の気持ち、分かるかなぁ。なんて呟かれば、今度は俺の顔が赤くなる番だった。
え?今なんて言ったよ、君。
好きに、なりそう・・・だって?
嘘だよね、っていうかそのまま好きになれよ。
俺はヘアバンドを取ってその場にガバリと座り込む。
「~~~~~~~~っ!!!」
声にならないほど歓喜の悲鳴が俺の口から飛び出た。
俺だって今、すっごくドキドキしてるよ。
顔が上げられない。
いつもの悠然な笑みができない、口元が勝手にふにゃりとしてしまう。
ああ、こんなだらしない姿君には見せられない。
大人しそうな君がこんなに大胆なことを言うだなんて。
でも、この俺をサッカーボールから助けてくれた時点で大胆なのか。
この際そんなことはどうでもいい。
俺も気づいた自分の気持ちを言おうとまだ赤みの引いていない顔を上げて君の方向へ向き直る。
「俺だって倉永の事ッ・・・あ?」
君はそこにいなかった、強いて言えば短なスカートを翻しながら、逃げるように走って行った。
え、ちょっと待てよ。今、逃げるようなとこかい?
俺はテニスコートから飛び出して君を追う。
後ろから真田の咎める声が聞こえたが無視して走った。
俺の後ろに目があったら、君が俺のテニスに魅了されるところだって見れたのかな。
ありえないけど、後ろにも目が欲しい。
「おい、大丈夫か仁王」
「ゆ、きむらの、恋路地のてつだ、ぃだと、っく・・・思えばこれぐらい、慣れたもんじゃ」
「ったく幸村め。恋にうつつを抜かすなんてたるんどる証拠だな」
「その前に、幸村のテニスに慣れるようなものじゃないぞ」
仁王に助けの手を差し伸べた真田。
その脇には腕を組み、幸村の走り去った後を見る柳。
仁王はその後、気を失った。
END 2014/7/23