後ろにも目を
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君との出会いはあまりにも唐突だった。
学校にある庭園。
唯一、俺が生き甲斐を感じれる場所の一つ。
育てている花たちの中に小さくしゃがみこんでいる君を見つけた。
こちらに背を向けて、華やかに咲く花たちを温かく眺めているよう。
爽やかに吹く風が、彼女の髪と俺のジャージの袖を優しく揺らした。
驚きながらも君に近づけば、俺の影で君へ降り注いでいた日の光が遮断された。
そこで君はようやく俺に気づく。
花を見ていた瞳を、俺を見上げる瞳にする。
俺は、少し息を飲んだ。
君の瞳はあまりにも綺麗で、光は俺の影で遮断されているはずなのに、輝きのある瞳が俺を不思議そうに見つめて、俺はくらりと目眩に襲われる。
「ゆきむら、くん?」
不安そうに、おずおずと、形の良い唇が俺の名を刻んだ。
それは優しい声ですんなりと俺の心に沁みる。
けれど、なぜだろう。
君は俺を知っていて、俺は君を知らない。
俺の唇は君の名を刻めない。
何か、言わなくては。
俺の名を刻んだ君に。
「君は、誰だい?」
俺の唇から溢れ出た言葉はあまりにも無神経で、少しの戸惑いを感じた。
ああしまったと思ったけれど、俺はやはり君を知らない。
君は戸惑う俺に、ふわりと、咲き誇る花に似た微笑みを向ける。
スカートをなびかせ、柔らかな花の香りと共に君は立ち上がった。
立ち上がっても君は小さなままで、俺を見上げる瞳は変わらなかった。
優しい風が俺たちの間を通り過ぎる度に、君の優美でしなやかなブラウンの髪から、君の香りを届けた。
それは俺にとって、とても安らぐ香りだった。
君がまた、俺に言葉を詩おうとしたけれど、どこからか発せられた尾籠な噪音が俺の言葉を掻き消した。
この、音は?
「幸村くん!」
君の劈く悲鳴で、俺は咄嗟に振り向いた。
途端に鈍い音があたりに響く。
俺は一瞬何が起こったのか分からなかった。
視界の端に映ったのは、勢いを失ったサッカーボール、遠目には慌てて駆け寄ってくる男共。
そして、俺の足元には倒れたままの君。
一刹那に君を抱き起こした。
妙な冷や汗が、妙な感覚が俺を支配してくる。
目を開かない君の名を呼ぼうとしたけれど、俺はまだ君の名を知らない。
「ねえ、君!!」
俺の“君”と呼ぶ声はあまりにも白々しくて、興ざめして、でも少し恥ずかしく、感情をぐちゃぐちゃにした。
焦りばかりが募る。
そんな俺はやはり君を知らないのだ。
いくら君を揺すっても、偽りに呼んでも、ただ浅い呼吸を繰り返すだけの君に、俺は焦りを覚えて心を乱した。
こんなに焦るのはいつぶりだろうと冷静な自分がいたのに気づく。
俺の心でフツフツと黒いものが湧き出る。
これはなんだろう。
不意に後ろを見れば、俺たちの元へと辿り着く男共がいた。
ああ、こいつらが。こいつらが君にボールを。
俺の中の黒が増すのを感じる。
謝罪の言葉を受け取る前に、俺は君を抱き上げ、横を素通りした。
お前らに構っている余裕はない。
唖然とした視線を感じながら庭園を後にする。
保健室へ向かうために。
俺は少し駆け足気味になりながら奥歯をギリ、と噛み締めた。
それは自分の弱さから。
普通なら男の俺が君を助けるべきだろう。
どうして俺は異変に気づかなかった?
どうして俺は君を守れなかった?
―それは俺が君に見とれていたから―
どうして君は見ず知らずの男を助けたのだろう。
君の名すら知らない男のために。
本当に情けない。
女の子一人すら守れないなんて。
俺が走る度に君のスカートがふわりと浮いて、集中を切れさせる。
ようやく保健室に着いてガラリと開けて飛び込んでも保健の先生はいなかった。
そのことに内心苛立ちながらも君をベッドに寝かせる。
靴をそのままで来てしまったから靴を脱がして横にそっと置いた。
君に毛布をかけ、きっと頭に当たっただろうから腫れていないか調べるためにそっと君の髪に触った。
驚くぐらいに滑らかで、君が大変な状況だということを忘れかける。
ああいけないと軽く頭を振り、少し荒行事だが君の頬を軽く叩いて余所余所しく「君」と呼びかけた。
すれば、閉ざされていた瞼がゆっくりとひらいて、綺麗な瞳が再び俺を捕えた。
君に吸い込まれそうになってくらりとする。
“俺のせいで、ごめん。痛いところはない?”
そう問おうとしたけれど、君の優しげな声に全てを奪われた。
「幸村くん、大丈夫?ボール当たらなかった?」
「・・・え?」
ああ、君には驚かされてばかりだ。
他の奴らならまず自分の身を心配するじゃないか。
他人のことなんて二の次だ。
けれど君は違うんだね。
俺は自分でも気づかないうちに心に張っていた茨を君に解かれた気がしたんだ。
君が危険だったというのに、不意に笑みが零れた。
本当に不思議な子だ、と。
すると君も俺に合わせるように微笑んだ。
綺麗だ。君は、本当に綺麗だ。
出会って数分の君に、俺はいとも簡単にときめいた。
「大丈夫、だよ。ありがとう」
「良かったぁ」
俺が無事だという事だけで、ほっと胸を撫で下ろし安堵する君。
自分の心配なんてまず、していない。
それは俺にとって嬉しい事でもあり悲しい事でもあった。
「本当に、ありがとう。でも君だって自分の身体を心配しなくちゃ。大丈夫かい?」
「まだちょっとクラクラするけど大丈夫だよ」
たったそれだけのことで君の名すら知らない男へ綺麗に微笑む。
無防備過ぎる、と俺はこの時感じた。
見時知らずの男にこれだけ微笑んでいられるのは珍しいだろう。
この微笑みは相手が俺だからしてくれているのだろうか。
そんな傲慢な心がチラリと影を覗かせた。
そんなわけがあるはずないだろう。
笑顔なんて、条件が揃ってしまえば皆に平等なのだから。
そんな俺は君の事を知りたがった。
聞こうと早る心臓が憎い。
柄にもなく緊張しているのだろうか。
俺は一拍置いて、君へ慎重に口を開く。
「君、名前は?どうして俺の事を知っているんだい?」
「聖、です。幸村くん、テニスがすっごく強いって皆が言ってたから知ってたの」
「言うほど強くないよ」
少し(本当はだいぶだけれど)、謙遜してみた。
でもまあ悪い気分では無いなと微笑んでみたりもする。
そうすれば君の仔犬のような人懐っこい目が優しげに細くなる。
それから君の名を聞けば、心にすんなりと浸透して。
君の名が好きになる。
俺、この子に何か尽くしてみたいな。
ふとそう思った。
それはもっと仲良くなってみたいという意味でもあるし、このお礼もしたいという意味でもある。
女の子に興味を抱いたのは初めてなんじゃないだろうか。
まだ好意を感じただけで“恋”までには発展していないけれど。
自分で言うのもなぜだか可笑しいけれど、“恋”が芽生えるのも時間の問題かもしれない。
もう心は発芽に備えているかもしれない。
それくらい分かりやすい心のときめきを感じた。
「何かお礼しなきゃね。何か要望はあるかい?」
「なんでも良いの?」
「俺にできることなら」
幸村くんて何でもできそう。
君は羨ましげな上目を向けた。そのふて腐れた顔も好みだと、一人で浸る。
君は間入れずに、勢いよくベッドの布団を掴みながら言う。
「幸村くんのテニスしてるしてるとこ見てみたい!」
「えぇ?そんなので良いのかい?もっと他のでもいいんだよ?」
「見たいの」
君の真剣な顔に俺は頷くしかない。
じゃあ、明日クラスまで迎えに行くよ。
そう言って俺はさりげなく君のクラスを聞いて頭にインプットした。
君は満面の笑みだった。
どうして俺のテニス見たいのか分からないけれど、
俺に興味を抱いてくれたみたいで嬉しかった。
思わず君を撫でたくなったけれど、保健室まで響いてくる真田の俺を探す声で手を引っ込めた。
あ、そういえば10分休憩中だっけ。
保健室の時計を確認すれば30分はとっくに過ぎていて。
なるほど。わめき散らして探しに来る訳だ。
「俺、そろそろ行くね。うるさいのも来たし」
「あ、うん。ありがとう」
「お礼を言うのは俺の方。ありがとう、助かったよ。今日は安静にね」
保健室から出れば真田の声がより一層強く感じられる。
そんな事よりも俺は自分の心臓がおかしい事に気付く。
心拍数が速いのだ。
自分が柄になく緊張していたことに驚いた。
そして笑った。
明日が楽しみだ。どんなプレイを見せてあげようか。
ジャージを翻し、俺はテニスコートへ向かった。
もし、俺にもうひとつ目があったなら君を守れたかもしれない。
後ろにも目を
To be continued 2014/7/13
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