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大正二十七年、二月某日。

 鉛色をした空から、白い粒が降ってくる。足を止めたトシヒコが、トンビから手を出した。はらはらと降る白いそれを受け止めれば、瞬く間に手の上で溶けて水となる。そのようすを横から眺め、キョウヤは思った。雪とは、一体どうしてこうも儚いものなのか。まるで、人の命のようだとさえ思う。

「チヨコがよろこぶだろうな」

 白い息を吐きながら、トシヒコが言った。

「今日は雪が降ればいいと、しきりに言っていた」

「ああ」

 そういえばそうだったなと、キョウヤは顔をあげる。誕生日には雪が降ってほしい。ここ数日、チヨコが事ある毎に繰り返していた願いだった。

「どうせ、外へ出られはしないというのにね」

 目を伏せて呟くと、トシヒコのトンビが衣擦れの音をたてた。意外そうなトシヒコの声が、キョウヤの名前を呼ぶ。

「おまえ、どうしたんだ。チヨコの晴れの日だろうに」

「すまない」と、キョウヤは薄く笑った。「あんまり儚いものを見たものだから、おチヨと重ねてしまったんだ」

 数年前の今日この日、望まれて生を受けただろうチヨコは、あとどれだけの時を生きられるのだろう。あと、いくらほどの年を重ねて、大きくなって、ともに過ごせるのだろう。縁起でもないことを考えている。その自覚はあった。キョウヤには知る術のないことだとも、重々に承知していた。だのに、毎年この日がくると、考えずにはおられない。

 トシヒコを真似るように、トンビから伸ばした手で雪にふれる。たまゆら、手のひらに冷たさを伝えたそれは、やはり、すぐに溶けて消えてしまう。物悲しい思いが、キョウヤの胸をしめつける。いつだって、終わりというものは、おどろくほどにあっけない。

「だが、それは俺やおまえも同じことだ」

 トンビの襟もとへと手をやり、トシヒコは言った。黒い布地の上で光るバッジを取り、開いた自らのこぶしにのせる。キョウヤのトンビにもつけられているそれは、渡されて間もない超異能力特務隊の徽章だった。

「ハルオミさんも言っていたろう。これを手にした以上、俺たちはただの探偵助手ではなくなる。表向きには何も変わらなくとも、命を危険にさらすことを多くしなきゃならない」

 チヨコだけではない。ほかの超異能力者の暴走を食い止めることも含め、異能の力を駆使して当たらなければ、にっちもさっちもいかない――そんなような任務が、ハルオミからくだるようになるのだ。助手としての、足を使った聞きこみや小間使いじみた手伝いとは違う。帝都を守るため、文字通り、命がけで向き合わなければならない場面もあるだろう。けれど、キョウヤはチヨコのそばにいてやりたいと願ったし、トシヒコとて同じような思いがあったからこそ、この徽章を身につけることを選んだのだ。

「明日を憂うばかりで、今を生きないのは損だぞ」

 徽章を襟に留め直すトシヒコを見て、キョウヤはしばし口を閉ざした。出会ったころから、トシヒコはそうだった。いつでも達観したような物の見方をして先を読み、キョウヤに忠告をする。同じ学校の同じ学年に属しているはずだというのに、その言動からは、しばしば年不相応なものを感じる。そんなとき、決まってキョウヤは思うのだ。このカザマトシヒコという友は、これまでどんな道を歩んできたのだろうかと。

 トシヒコが自ずと過去を語ることはない。キョウヤもまた詮索することをしない。そして、それがゆえに、今の関係が保たれているのだということも、キョウヤは誰に言われずとも感じ取っていた。

「なあトシヒコ、少し寄り道をしてもいいかい」

「かまわないが、贈るものは用意しただろう」

「そうだけれど」

 キョウヤは空を仰いでから、再びトシヒコへと目をやった。

「せっかく、おチヨの願いを聞き届けてくれたんだ。空からの贈りものも、きちんと届けてやらないと」

 すると、トシヒコが笑った。それでこそキョウヤだ――
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