じゅじゅさんぽVol.3【話をしよう】
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【じゅじゅさんぽ】Vol.3
「お兄ちゃんを呪おうとは思わなかったのか」
虎杖と地下室で映画を観て、一緒に飯を食った後。
私は五条悟に送られるように寮へ続く道を歩いていた。
その時、ふと口から出た言葉。
乙骨憂太が祈本里香を呪った話を以前聞いた私はずっと考えていた。
五条悟がお兄ちゃんを呪えば、どんな姿であろうとお兄ちゃんは呪霊として縛り付けることができたのではないかと。
「……少し、話そうか」
五条悟は、私の手を引いて高専の外へと出た。
ああ、聞かれたくない話なんだなって分かって大人しく引っ張られてやった。
高専から少し離れたところに、よくわからない空き地のような場所がある。
ベンチに座る五条悟は、隣に座れと言わんばかりにベンチを手で叩いた。
私はなにも言わずに、五条悟の言われるがまま隣に座る。
どこからか蛙の鳴き声が聞こえて、それだけだ。
それ以外の音と言えば私と五条悟の呼吸音のみ。
静寂が流れて、いつこいつは話をしてくれるんだろうと、そればかりが脳ミソを支配する。
すると、ようやく五条悟は口を開いた。
きっと話すべき内容を考えていたのかもしれない。
歯切れ悪い物言いがそれを物語っている。
「うーんとさ、馨はさ、あー……」
「なんだよ、言えよ。何、今さら私が傷つくとでも思ってんのか?」
「いや、それは思ってない。思ってないけど、言いづらいこともあんでしょーが」
「いいから言えよ。気になりすぎて気持ち悪いわ」
「じゃあ、言うけど。傑に妹がいるってこと僕も硝子も学長も知らなかったんだよ」
………は?
何を急にいいだすんだ、こいつ。
「お前があの日、僕を殺しに来た時あったろう。その時にはじめて知ったんだよ。傑に妹がいたこと」
お兄ちゃん、私のことこいつらに話していなかったのか。
呪術界に来てほしくないみたいな思いもあって家族のことはあまり話したがらない人もいるけど。
そう言う事なのかな。
「僕さ、傑を殺す時に聞いたんだよ。"何か言い残すことはないか"って。そしたらあいつ"この世界では心の底から笑えなかった"って言ったんだ。それしか言わなかった。お前の名前すら出さなかったんだよ」
………何が、言いたいんだろう。
夏だと言うのに、手足が冷たい気がするのはなんでだろう。
「もし、傑があの時馨の名前をだして一言でも"頼む"って言ってくれれば、僕はすぐにでも君の元へ行っただろう。そして僕は包み隠さず全てを話しただろうね」
「………」
「そうしたらお前は、これ以上ないくらい精神的に壊れたかもしれない。多分、傑はそう考えたんじゃないかな。憶測だけど」
「………私が自殺とかしないためにお兄ちゃんは何も言わなかったと?」
「言ったろう。これは僕の憶測。本当の真意なんて知らないよ。でも、こうしてお前は僕に会いに来た」
「殺しにきたの間違い」
「同じことだよ」
お兄ちゃんが私の事を言わなかった理由なんて、その答えなんて、お兄ちゃんにしかわからない。
だけど、少し悲しかった。
なんで死ぬ間際まで私の事を言わなかったんだろう。
というか、大量虐殺した10年前のあの日でさえ、私のことは話していないってことになる。
なんでだろう。
隠したかったのかな。
ああ、そうか。
私の名前を言ってしまえば、私はすぐに死刑になる可能性だってあったんだ。
死なせないために、死刑にならないために。
私は、護られていたんだ。
憶測にすぎないけど。
お兄ちゃんのそういうわかりづらいところは少し苦手だ。
なんでも自分で決めちゃうところ、良くないと思うよ。
「で、さっきの質問だけど」
「なんで、お兄ちゃんを呪おうと思わなかったのか、でしょ」
「そう。それだけど、正直直前まではそう思ってたよ」
意外な返答に私は五条悟横顔を見た。
黒い布のせいで目は見えなかったけど、五条悟は上を見上げていて、すげえ儚く見えてしまった。
「同期が死んで、親友を殺して、こんな僕でもちょっぴり傷付いた」
「………傷付いたなら、恨み言の一つや二つでも言えばよかったじゃん。多分、お兄ちゃん、お前の呪いなら素直に受け入れたと思うよ」
「だからだよ」
空を見ていた五条悟はゆっくりと視線を私に向けた。
黒い布が邪魔で、今こいつがどんな顔をしているのかわからない。
だけど、その布を取ろうという気なんか起きなくて。
私は五条悟の言葉に耳を傾ける。
「たぶん、僕ならできちゃう。傑を呪霊として縛り付ける事が」
乙骨憂太がそうであったように。
五条悟が呪いをかけさえすれば。
でも、男はそれをしなかった。
「この世界で笑えないって言った人間を縛り付けるほど、僕はクズじゃない」
「……そっか」
なんて言えばいいのかわからなかった。
私なんかよりも、こいつの方がお兄ちゃんをちゃんと知ってるしよく見てる。
コイツがそう言うなら、そうなんだろう。
「お兄ちゃんさ、最期どんな感じだった?」
「僕の渾身の決め台詞を聞いて爆笑してたよ」
「ふは、お前何言ったんだよ」
「それは僕と傑と二人だけの秘密」
「ふーん」
いつものおちゃらけた雰囲気をだす五条悟。
それがなんだか安心した。
よかった、こいつも傷ついてくれて。
お兄ちゃんが笑って死んでくれて。
それだけでも知れてよかった。
「お兄ちゃん、笑って死んだんだね」
「うん」
「よかった」
「え?」
「心の底から笑えない世界で、笑えて死ねたんでしょ」
「………そうだね」
「よかった、本当に……っ」
そう、言葉にした途端。
涙が溢れた。
なんで、溢れたんだろう。
よかったって思ったのは嘘じゃない。
嘘じゃないからこそ、悔しかった。
お兄ちゃんの笑える世界で、お兄ちゃんに生きていてほしいと思ってしまった。
間違っているけど。
間違っているとわかっているけど。
みんなが笑って生きていける世界があればいいのに。
そう思わずにはいられない。
涙を零し続ける私の肩を、五条悟は珍しく優しく抱きしめた。
濡れるぞ、と言っても五条悟は何も言わないで抱きしめるから、その温もりが嬉しくて悔しくて、私は五条悟の肩を涙でべちょべちょに濡らした。
その後、私は寮に戻ることなく、五条悟のセーフハウスで五条悟に抱きしめられたまま眠りについた。