じゅじゅさんぽVol.10【致死量の傷】
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目を開けるとそこは、光も何もない真っ暗な空間だった。
光もないのに、自分の姿がはっきりと見えているのが不思議でわけもわからずただただ首を傾げる。
夢、だろうか。
ふと、そう思った時。
遠くの方で眩い光が零れているのに気が付いた。
余りにも眩しくて、軽く目を細める。
真っ白い光はどんどん強くなっていて、まるで私の行き先を示しているように見えて、ゆっくりと光の指す方へと歩き出す。
ふらふらと。
おぼつかない足取りで。
光の溢れる場所の前で一度足を止める。
この向こうには一体何があるんだろう。
心臓が大きく脈打つ。
どくり、どくり、と。
激しさを増していって。
呼吸が浅くなって、酸素がうまく脳へと回らない。
あ、これ。
ダメなやつ。
この先は、覗いてはダメなやつだ。
そう、分かったはずなのに。
一度触れてしまえば。
一度堕ちてしまえば。
覗かずには、思い出さずには―――いられない。
急速に光は弱まっていき、眩しさで細めていた目はゆっくりと開かれていく。
眼前に広がる光景に、言葉を失ってしまった。
『お兄ちゃん!!』
目の前には、幼い私が両手をいっぱいに広げて満面の笑みで走り回っていた。
その先には、優しい笑顔で私を待ってくれている兄の姿が。
小さい身体をぎゅっと抱きしめる兄の温もりに、嬉しそうにくふくふと笑って、内緒話をするように兄の耳元に口を寄せて、また笑って。
そんな私を見て、兄は……お兄ちゃんも笑っていて。
楽しそうで。
楽しかった。
この時、何を話して何で遊んで何で笑っていたかなんて。
覚えていない。
余りにも幼すぎたから。
でも、でも。
楽しくて幸せだったことだけは。
ちゃんと覚えている。
自然と涙が溢れた。
頬を伝うそれは、顎の先で渋滞を起こし、地面を濡らしていく。
楽しかった。
嬉しかった。
幸せだった。
そんな日常がずっと続くと思っていた。
ずっと続くと信じていた。
ザーッと、テレビの砂嵐のように。
目の前の私達の姿は大きく乱れて、そして次に映し出されたのは。
『おに、ぃ、ちゃん……?』
眠たい目を擦りながら、兄の名前を呼ぶ私。
彼女の先に映るのは、床に転がる両親の姿と真っ赤に染まる兄の姿。
"死"というものを理解できていなかった私は首をかしげてゆっくりと両親に近づこうとした。
だけどその小さな身体を持ち上げ「散歩でもしようか」というその言葉に嬉しそうに笑って。
ばたん。
閉められた扉の向こう側では、何かお喋りをしている二人の声が聞こえて。
だけど"私"は"そこ"にいて。
あの時は理解できなかった。
あの時は触れることができなかった。
血だまりに沈む、もう息をしていない両親の元へと歩みを進める。
ぴちゃり、ぴちゃり。
歩くたびに、足に広がる液体が音を立てて。
歩くたびに、私の心臓が痛いくらいに脈を打つ。
「お父さん……お母さん……」
膝から崩れ落ちる様に、二人の前に膝をつく。
とめどなく溢れる涙は、血の海に混ざり消えていく。
両親の顔が見たくて。
最後にもう一度だけ、どんな酷い顔をしていてもいいから、もう一度見たくて。
温もりなんてない、冷たい身体に触れて顔を見ようと手を伸ばした時。
がしっと強い力でその手を取られた。
びくりと大きく肩を揺らす。
死んでいるはずの母が、母の手が。私の手を。
振りほどきたいのに、身体が動かなくて。頭は混乱したままで。
こわい。
こわい。こわい。こわい。
逃げたい。怖い。
嫌だ。怖い。逃げたい。嫌だ。ごめんなさい。
歯がカチカチとなる。
息がうまくできなくて、浅い呼吸だけが繰り返されて、酷く視界が歪む。
母は動くこともできずにいる私の顔を見ようと、ゆっくりと顔を動かした。
ひゅっと喉が鳴る。
零れ落ちた眼球、捥がれた鼻先、だらりと伸びる舌。
美しかった母の姿はどこにもなくて。
『……んで、……たが』
怒りや憎しみを含んだドスの利いた声色に、身体がカタカタと震える。
小さく紡がれる言葉を聞きたくなくて。
『……なんで、あんたが』
自分に向けられる呪いの言葉。
「ご、めん……なさい」
『なんで!!あんたが生きてんのよ!!!』
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
血なのか涎なのか。
よくわからない体液が飛び散り、私の顔や服を汚していく。
私に向かって何かを叫ぶ母。
上手く聞き取れなかったけど、でもきっとたぶん。
私を罵る言葉だったと思う。
いつの間にか、母は床に倒れていてピクリとも動かなくて。
私も動けなくて。
二人の死体の前で泣いて泣いて、たくさん謝った。
ごめんなさい。
ごめんなさいごめんなさい。
いきていて。いきていてごめんなさい。
わたしだけが。いきている。
いきていてごめんなさい。
くるしいかなしいつらいいやだ。
いきていて。いきているわたしだけが。
くるしいかなしいいやだしにたい。
しにたいしにたいいきていたくないしにたい。
ごめんなさいごめんなさいいきていて。
ごめんなさい。