じゅじゅさんぽVol.10【致死量の傷】
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ホールを出て、私たちはホテルの奥へと歩いていく。
"Staff only"と書かれた扉を躊躇なく開け、中へと入る。
廊下にはホテル内の物品と思われる物が入った段ボールがいくつも並ぶ、狭い廊下が更に狭く感じる。
縦一列に並び、私はただ杉野の後ろを歩くだけ。
長い廊下の奥に更に扉があって、重たく古い扉なのか、キイィィッと金属音特有の高い音を出してそれは開かれた。
薄暗い部屋の中。
少しだけ埃とかび臭い匂いがしたような気がしたが、それ以上にこの部屋に充満する匂いに顔を顰めた。
アルコールの匂いだけで頭がクラッとし酔ってしまいそうだ。
混じって塩素のようなカルキのような匂いもするし、なんか若干生臭いといかイカ臭いというか……。
腕で鼻を抑え、極力匂いをかがないようにしようとしたが、それは意味をなさなかった。
後ろから思い切り突き飛ばされ、私は薄暗い部屋の中に転がるような形で入ってしまった。
転んだ衝撃で右腕を打ってしまったが、あるのは一時的な痛みだけだ。
文句を言おうと口を開いた時。
私は見えてしまった。
いや、目が暗闇に慣れて部屋全体の状況が把握できたと言うべきか。
私の周りには裸の女性が4人ほど気を失うように横たわっていた。
息をしているかどうか確認しようと、近くにいた女性の口元に手を当てた。
微かだが息をしている。
良かった……。
目視だけだが、きっと他の女性たちも息はしているはずだ。
中には、口から逆流した酒や食べ物を吐いたまま気絶している人もいたからその人だけ心配ではあるが……。
ゆっくりと部屋全体を見渡した。
床にはグラスや度数の高い酒のボトルがたくさん転がっていた。
一体どのくらい飲ませたと言うのか。ボトルの中身はほとんどなかった。
それに何よりも女性たちの身体に散らばる白い液体……。
確実に"アレ"だよな。
こいつらがお行儀よく外だけに出しているわけがない。
彼女たちのナカにたくさん出しているはずだ。
早く病院に連れて行ってちゃんとした処方をしてもらわないと、愛美さんと同じ結末を辿ってしまう。そんなような気がした。
「他の女どもの心配する余裕なんてあんの?」
入り口に立ち、くすくすと笑う杉野は側近2人に外を見張るように指示を出した。
杉野と対峙するように、静かに立ち上がる。
逃げ場はどこにもない。
ここを突破するには杉野を倒して外の2人も倒すか、虎杖に助けを求めるか。
一番いい選択は虎杖に連絡をとることだ。
ここに潜入する前に二人でそう決めた。
だが、なかなかそれができずにいるのは、虎杖も今まさにこいつらの仲間と戦っているかもしれないからだ。
もし、虎杖が何らかの形で捕まったとして、私が連絡をしてしまったら、こいつらの仲間がここに来る可能性が高くなる。
そうなると私の勝算はぐっと下がってしまう。
……………さぁ、どうする。
冷汗が額から零れた。
刹那。
私は膝から崩れ落ちた。
「え……?」
足に力が入らない。
自分の身に何が起こったのか全く分からず混乱する私に近づき、髪の毛を掴む杉野は楽しそうに顔を歪ませる。
「何が起きたか分からないだろ?」
「……何を、した?」
「何も。強いていうなら、俺の術式がそうさせたのかもね」
「術式……?」
そんな素振り、一つもなかったのに。
いつ、どこで、術式を発動させた。
「俺の術式は相手の意識を誘導―――簡単に言えば"催眠"や"洗脳"、"マインドコントロール"といったところかな」
杉野は言った。
この術式は一見便利だと思うが、条件がそろっていないと発動できないという。
その条件というのは相手が自分の事を知っていて自分も相手の事を知っていると言う事。
そして、過去に大きなトラウマを抱えていると言う事。
これらが揃っていないと杉野の術式は発動しないという。
「面倒な術式だが、対五条悟にも有効な術式なんだよな」
確かに、コイツの術式は五条悟にも有効だろう。
意識は、無下限では防げない。
だが……。
「アイツがオマエごときにやられるわけねえだろ。自分の術式で頭がイカれたか?人を洗脳する前に自分の意識を洗脳し直せ、無能」
「……やめた」
静かな声が部屋に響いた。
闇のように黒い瞳が私を映す。
「可愛がってやろうかと思ったけど、やめた。オマエには苦しんでもらおうかな」
「拷問か?言っとくが私は拷問なんて……」
「拷問?そんな生やさしいもんなわけないだろ。君にとっては、ね」
「私にとって……?」
首を傾げる私に、男は続けて言った。
「オマエが俺を調べたように、俺もオマエを調べたって言っただろ?君、妹なんだってね。夏油傑の」
夏油傑。
その名前に、私は大きく目を見開いた。
「調べて驚いたよ。あの人にまさか妹がいたなんてね。しかも妹は呪術師ときたもんだ。可哀想」
「……テメェに可哀想って思われたかねえよ。それに私は可哀想なんかじゃねえ」
「そう思いたいだけだろ。酷い扱い受けてたらしいじゃん。引き取られた家でも捨てられた先で拾われた施設でも通っていた学校でもどこでも」
「………!!」
「家では暴力が日常茶飯事、学校ではいじめられて。居場所なんてなかった、どこにも。恨んだだろ、夏油傑をーーー兄を。嫌って憎んで恨んで」
男の声が、耳に、脳に、心臓に、直接響いて、閉じ込めていた思い出を、思い出したくない過去を、引き摺り出す。
耳を傾けるな。
男の声を聞くな。
そう言い聞かせても、私の体はただただ、一言も逃すまいと男の言葉に身を委ねている。
こいつの術式の恐ろしさを、今体感した。
洗脳。
催眠。
マインドコントロール。
杉野の言葉に自分の意識が操られていくのがわかる。
言霊とは違う、恐ろしさ。
まるで本当に"そう思っている"と錯覚してしまう。
違うのに。
そんなこと思ったことないのに。
お兄ちゃんのこと、そんな風にーーー。
「そう、思いたくないからあの家に戻ったんだろう。そう言い聞かせて、そう思い込んでるだけなんだよ、君は。君の本心は、本当は憎んでるはずだよ。君をそんなふうに合わせた兄を、兄をそんなふうにさせてしまった人間を。憎んでるはずだ。そうだろ?そうでなきゃ、なんで君はこんなに苦しい思いをせずにいられたのに」
「う、るさいっ……!私は……」
「意外と強情だね……。これ以上呪力を上げると精神崩壊で死ぬことになるけど、いいか。邪魔だし」
そう言って男は、私の顔を掴むと小さな小瓶を取り出し口の中に液体を流し込んだ。
甘いーーーとても甘い味が舌の上に乗り、流れるまま喉を降下した。
私が液体を飲み込んだのを確認した杉野は、私の耳に唇を寄せ。
「ーーーーーー……………」
瞬間。
私の意識は遠のき、視界はブラックアウトした。