じゅじゅさんぽVol.10【致死量の傷】
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家の中に入り、リビングへ足を運ぶとそこには小さな仏壇が飾ってあった。
写真の中でくったくのない眩しいほどまでの笑顔で笑う女性は、きっと被害に遭われた高橋愛美さんだろう。
遺影の前には、彼女が生前好きだったものが並べられている。
「……愛美が死んだのは先月のことです」
リビングの椅子に腰かけ出されたお茶を一口飲んだ時、母親は静かにぽつりぽつりと話始めた。
自宅のふろ場で手首を切って死んでいたと言う。
その時の光景は今も目に焼き付いて離れないと涙ぐむ母親。
頭の中で組み立てていた言葉はどれも間違いのような気がして、どう声をかけていいか分からずにいた私に、母親はあるものを私に渡してきた。
「これは……?」
「愛美が最後もに書き記した日記です」
「読ませて頂いても?」
小さく頷いたのを確認し、私は愛美さんの日記を開いた。
初めの1ページは大学生活に緊張と不安、そして期待に胸を膨らませた文字が並んでいた。
しかしページを捲れば捲るほど、どんどんその文字は不安と恐怖に溢れていた。
中には支離滅裂ともいえる怪文書が羅列し、精神的に異常がみられているのは明らかだったが、次第にその怪文書は少なくなり再び恐怖に脅える文章や両親に対する謝罪でノートは埋め尽くされいた。
"もう嫌だ。どうしてこんなに目に遭ってしまったんだろう。学校に行きたくない。でも、お父さんとお母さんが悲しむから、ちゃんと行く。行くけど、行きたくない。ごめんなさい、汚い私でごめんなさい"
"生きるのが辛い。死にたい。早く、楽になりたい"
"お父さん、お母さん、ごめんなさい。こんな娘でごめんなさい。大好きでした"
最後に書かれたページは、涙で滲んでいた。
震える文字から伝わる彼女がずっと抱いていた恐怖に、私は無意識のうちに唇を噛みしめる。
「……………これは、私の憶測ですが」
日記を母親に返し、私は大きく息を吐いた。
あまりにも残酷な憶測を私は今、憔悴しきった女性に投げようとしている。
身長に言葉を選ばなきゃいけないとは思う。
思うけど、うまく考えがまとまらなくて結局ストレートに聞いてしまった。
「愛美さんは、性的暴力を受けていたんですか?」
「…………は、い」
やっぱり。
そうじゃないかと思っていた。
これだけ女性が被害に遭っているとなると考えられるのは、レイプが妥当だろう。
母親は言った。
検死を行った結果、微かに愛美さんの身体から性欲を促す媚薬のような成分と知覚、思考、自己認識の異常をもたらす幻覚剤の成分が検出されたという。
だから日記に支離滅裂な文章があったのか。
「それと……これも検死で分かったことなのですが」
言葉を詰まらせ嗚咽を漏らす母親。
彼女が落ち着くまで私は次の言葉が出てくるのを待った。
何度も何度も鼻を啜って謝る母親に「大丈夫です。ゆっくりで」としか声を掛けることしかできない。
時間にして数十秒くらいだろうか、母親は大きく一呼吸すると重たい口を開いた。
「検死でわかった事なのですが、娘は妊娠していました……」
「……え?」
「誰が父親か分からず、身籠ったまま娘は……」
愛美さんは、妊娠していた……。
輪姦されてきっと身籠ったのだろう。
父親はわからない、わかるはずもなく。
「警察にも被害届を出しましたが、十分な証拠がなく訴えることもできずに……」
他の被害女性も同じなのだろう。
証拠不十分では警察は加害者を逮捕することができない。
そうなると被害者側が泣き寝入りしてしまうケースがほとんどだ。
加害者は今ものうのうと生きて、のうのうと楽しんでいると言うのに、何故被害者側がこんなにつらい目に遭わなければいけないのか。
おかしいだろ、絶対に。
本当に救いを求めている人間が、なぜ虐げられなければいけない。
愛美さんのような残虐極まりない仕打ちをされたことはないけど、私も小さい頃はたくさんの人に後ろ指を刺されてきた。
被害者面をするつもりはない。
だが、それでも私の心に傷を負わせた人間が罪悪感など何も感じずに生きている。
そう考えるだけで腑が煮えくりかえるほどの激情が込み上げてくる。
被害に遭われた女性たちの家族が、今どんな気持ちなのか100%理解はできないけど、今私が抱いている感情はきっと間違いではない。
硬く拳を握りしめて、私は歯を食いしばった。
「……個人的な理由で動いてるって言っていたけど、それは」
沈黙が訪れる中、それを破ったのは愛美さんの母親だった。
私が何故この事件を調べているのか気になっている様子だが、私は首を横に振った。
「詳しい事は言えないんです。ごめんなさい」
「そう……」
呪い、呪詛師が関わっているかもしれないだなんて。
言えるわけがない。
「今日はありがとうございました。心苦しい事をたくさん聞いてしまって本当に申し訳ありません」
「こちらこそ、冷たくしてごめんなさい」
「いえ……。あの、もしよろしければ愛美さんに手を合わせてもよろしいですか?」
「ええ」
一度も会った事もない。
話をしたこともない。
だけど、同じ性別で生まれてきた以上、彼女が味わった痛みと恐怖は理解できてしまう。
誰も恨まずに、なんて難しいかもしれない。
それでも、写真の中で笑う太陽のような笑顔が曇らないように、ずっと眩しいままでいられるように安らかに眠って欲しいと願う。
「………無茶、しないでね」
「え?」
帰り際、玄関で靴を履いている私の背中に母親はそう声を掛けた。
振り向くと、最初に会った時より血色のよくなった表情で私を見つめていた。
「加害者に罰を望んでいるのは確かだけど、貴女が巻き込まれて娘と同じ目に遭ってしまうほうが辛いから……」
「ご心配ありがとうございます。大丈夫です、私には強力なボディーガードがいるんで」
母親は首を小さく傾げ、私は白い歯を見せて笑った。