じゅじゅさんぽVol.7【菜々子と美々子の願い】
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――枷場菜々子side――
私達はただ、夏油様の遺体を取り戻したかっただけ。
あの日、2017年12月24日。
私達は呪術師共に追い込まれて逃げる様に新宿を後にした。
どんなに格好悪くたって逃げて生きていればまた、夏油様が帰ってきて私達の理想とする、夏油様が理想とする世界を創ってくれるって信じてたから。
でも、夏油様は五条悟の手によって殺された。
たくさん泣いた。
たくさん恨んだ。
たくさん憎んだ。
たくさん夏油様の名前を呼んだ。
そして、次に頭に浮かんだのは"あの子"のこと。
夏油様の唯一の血のつながった家族。
夏油馨。
私達と同い年の女の子。
夏油様はいつも馨ちゃんのことを心配していたし嬉しそうに楽しそうに愛おしそうに話していた。
「馨が笑っていられる世界にするんだ」
羨ましかった。
「馨が傷つかずに、誰からも呪われない、そんな世界に」
こんな風に夏油様から愛されている彼女が。
私達も家族だけど、夏油様から愛されてるって自信あるけど、でも血が繋がっていないから、本当の家族にはなれないから、だから彼女が余計に羨ましかった。
「馨ちゃんってどんな子なの、夏油様」
「かわいい子だよ。少しお転婆が過ぎるけど、だけど優しい子なんだ」
そう言って夏油様は袈裟から一枚の写真を取り出して私達に見せてくれた。
そこには、大きな口を開けて白い歯を覗かせて眩しいくらいの笑顔を見せる少女が映っていた。
4歳の頃の写真だと、優しく笑った夏油様の横顔が頭から離れない。
それから夏油様は、たまに私達に馨ちゃんの写真をみせてるようになった。
私達がせがみまくったからなんだけど。
大きな誕生日プレゼントを両手に抱えている写真。
リスのように頬を膨らませケーキを食べている写真。
手も口も頬も生クリームでベタベタの汚した写真。
ビニールプールで遊んでいる写真。
クリスマスプレゼントに貰った大きいぬいぐるみに抱き着いている写真。
どれも小さい頃の写真ばかり。
だけど、写真の中の彼女はいつでも笑顔で太陽みたいに明るくて眩しくて。
そしたら、なんだか会いたくなって。
どんな子なのか気になって。
夏油様からは会いに行っちゃ駄目だって言われていたけど、一度だけ会いに行ったことがある。
この場合、見に行った、と言った方が正しいかも。
何歳だったかな。
多分14歳の時だと思う。
彼女の通う中学校を探して探し回って、漸く辿り着いたのは放課後のこと。
放課後だったから生徒もまばらだったから制服のことでとやかく言う人はいなかった。
「こっそり覗くだけだからね」
「わかってる」
クラスがどこだとか、放課後だからもう帰っているかもしれないとかそんな考えは私達になかった。
ただ、会いたい。
夏油様に似たあの瞳で笑う彼女に。
だけど、私達が目にした彼女は写真に写っていた少女とは180度違っていた。
教室で一人机に向かって宿題をしているその背中は寂しそうで。
なんで。
写真に写っている馨ちゃんはすごく楽しそうだったじゃん。
家族を失って独りぼっちだから寂しいのかなって思った。
夏油様は「寂しい思いをさせているけど、それは今だけだよ。必ず妹を迎えに行く。寂しい思いは二度とさせない」って言ってたけど、こんなに悲しくなるなら、いっそのこともう迎えに行ったらいいじゃんって思ったの。
危険な目に遭わせたくないっていう夏油様の気持ちは分かるけど、でも、家族なら側にいたいじゃん。
隣で笑っていたいじゃん。
私は、私と美々子はそうだよ。
夏油様とずっと一緒にいたい、一緒に笑っていたい。
血の繋がっていない私達ですらそう思うんだから、馨ちゃんはもっとそうだよ。
夏油様は、この子のこの姿を知っているのかな。
知ったら、今すぐにでも飛んできてその胸に抱きしめて閉じ込めるのかな。
「友達に、なるくらいなら許してくれないかな」
「……夏油様に内緒でってこと?」
「うん……」
私の言葉に美々子は、首を横に振った。
駄目だよ、って。
夏油様との約束は破っちゃいけないって。
だから、私達は友達になることを諦めた。
でも、「内緒で見に来るくらいなら許されるかもね」って言うから、それならいいかなって思って笑った。
暫くして馨ちゃんは教室の時計に目をやると椅子から立ち上がった。
帰り支度をしている。
「私達も帰ろう、美々子。夏油様が心配しちゃう」
「そうだね」
静かに教室の扉を閉めて、教室から離れた。
階段を降りていると、数名の生徒が大きな声で話をしながら階上がってきた。
無視して横を通り過ぎようとしたけど、私達の耳に馨ちゃんの名前と不穏な言葉が聞こえてきて、一瞬理解が追い付かなかった。
美々子を見ると、大きく目を見開ていてお互いに顔を見合わせた。
「美々子、今のってさ……」
「行こう、菜々子」
階段を駆け上がり、私達は馨ちゃんの元へと急いだ。
教室の中からは汚い笑い声がいくつも聞こえてきて。
中を覗いてその光景に、頭の奥をガツンって鈍器で殴られたような感覚になった。
馨ちゃんは、机に押さえつけられ背中まで伸びている綺麗な髪の毛をライターで燃やされていた。
叫び声を上げないようにと口を塞がれているせいで、彼女の声はくぐもっている。
「あいつら……っ!!」
「待って菜々子!!ここで私達が出て行ったら、馨ちゃんにも夏油様にも迷惑かかっちゃう!!」
「でも……」
「……我慢、するしか、ないんだよ……」
菜々子の目にはたくさんの涙が浮かんでいる。
その顔を見たら私も涙が溢れてしまった。
何時だってそうだ。
私達が虐待され、監禁されていた時も。
ただ、呪霊が見える、力がある。
たったそれだけであいつらは私達を化け物扱いして。
私達は何もしていないのに。
本当の化け物はどっちだ。
「いつかオマエも人殺しになったりするとさ、危ねえだろ?今のうちに更生させとかないとさ」
「遺伝って言うじゃん。やっぱりその血が流れてるとこっちも怖くて、安心して学校生活送れないんだよね」
燃やされた焦げ臭い匂いが充満する。
あんなに長くて綺麗だった髪の毛は、チリチリになって肩の長さまで燃えてしまった。
それを笑っている彼らは血のない怪物にしか見えない。
夏油様。
なんであいつらは見えないくせにあんなに威張ってるの。
あいつらから呪いが生まれてるのに、なんで私達が、あの子が、罵られなくちゃいけないの。
夏油様は人殺しなんかじゃないのに。
私達を救ってくれた救世主なのに。
なんで誰もそれを理解しようとしてくれないの。