【五条悟】死にたがり女子と変態最強呪術師
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死ぬほど冷たい。
目の前で泡になった空気の代わりに、肺の中に死ぬほど冷たい水が入り込んできた。
足がどこにもつかなくて、咳き込みながら必死で腕を掻いて水面に顔を出した。
息を吸っても、すぐに身体は海中へと引きずり込まれる。
「わぁ、見苦しいねぇ」
船着場の先端にしゃがみこんで、五条悟が藻掻く私をあざ笑った。
「自殺したいんじゃなかったの?」
これは自殺じゃない!
他殺だ‼︎
そう言いたくてもそれどころじゃない。
彼の立つコンクリートの側面を掴もうとしても、まっ平らな上を指先が滑っていくだけだった。
身体が勝手に咳き込んで、勝手に水を吸い込んでしまう。
苦しい。
苦しい苦しい苦しい。
苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい。
『精神的に向上心のないものは馬鹿だ』
溺れていく私に、感情のない声が落とされた。
「いい言葉だよね。まぁでも、僕は他に好きな台詞があるんだけどさ」
揺れる水面の向こうから、彼は右手を差し伸べていた。
「ほら、苦しいなら掴みなよ。僕の手を」
信じてよ。
信じていいよ。
そう言って私に手を差し伸べていた。
遠くなる意識の中で、必死に腕を上へと伸ばした。
濡れた指先が、彼の右手に近付くけれど波に揺られて離れてしまう。
やっとのことで親指と人差し指が彼の薬指に触れたと思ったら、手首が掴まれ強い力で引っ張りあげられた。
「海に落ちた時はねぇ」
と、頭の上でのんびりとした声がした。
「大きくひと掻きして、仰向けに浮かんでじっと待つんだよ。藻掻けば逆に沈んでいくからね」
「それさっさと言ってくださいよ!」
地面に両手をついて咳き込みながら叫び返すと、勝手に歯がカチカチと鳴った。
ずぶ濡れの私から垂れる水滴で、コンクリートの地面は真っ黒になっている。
「あとさ、海水の温度って陸地の気温とふた月くらいずれるから、5月の今は超冷たいよね」
「わかってて突き落としたんですか!?」
「うん。ごめんね」
悪気もなく言う彼に「あなたは一体なにをしたかったんですか!」と言いながら鼻をすすった。
海水のせいで喉と鼻との通り道が痛い。
「私が死ぬところを、見たかったんじゃないんですか!?」
「うん。見たかったけどさ、月も出てないし、自殺の理由もくだらないし、溺れ方もみっともないし、気が変わっちゃった」
そう言った五条悟は、真っ黒な地面に膝をついて、がたがた震える私をぎゅっと抱きしめた。
冷たい身体が、暖かい体温に包まれた。
びっくりして、「濡れちゃいますよ」と小さく言うと、「平気だよ」と優しい声がした。
「誰にも言えなかったんだねぇ」
濡れた私の髪に鼻先を寄せて、彼は私に囁いた。
周りが作った自分のイメージって、こわいよね、と。
「自分は特別じゃないって認めるのはこわいよね。自分が格下のヤツを見下すように、天才は自分のことを見下してんじゃないかって、思っちゃうよねぇ」
僕もさ、ちゃんとこわいんだよ。
アイツのこととか、自分のこととか。
「アイツって誰ですか」
尋ねると、抱きしめていた腕を緩めて、「超ムカつく僕の親友」と五条悟が顔をしかめた。
彼が嫌悪感を表に出すのを見るのは、これが初めてのことだった。
「でも信じられる人がいるから、僕は全然平気なんだよ」
そう言って彼はへにゃりと笑った。
「馨ちゃんも、辛いなら僕のことを信じてよ。それでも死にたくなったら、今度こそ僕が美しく死なせてあげる」
ちゅ、と音を立てておでこにキスをした五条悟は、「入水がダメなら、やっぱり練炭しかないかなぁ」と笑いながら私の頭を優しく撫でた。
「夜の海は怖いし冷たいもんね。今度さ、一度山に下見に行こうよ。富士山とか行っちゃう?あ、だったら車の免許もとらなきゃね。僕免許持ってないから一緒に免許合宿行こうよ。鳥取とか、新潟とか、ちょっと田舎の温泉地に行こう。それからーーー」
くしゅっ、と自分の口からくしゃみが出た。
お喋りを止めた五条悟は、ワァ、タイヘン!とわざとらしく驚いてみせた。
「びしょ濡れのままじゃ、風邪引いちゃうね。どうしようかなぁ、着替えも捨てちゃったしなぁ」
と立ち上がった彼は、「あっ!あんなとこに!!」と海とは反対側の、道路の向こうにぽつんと建つ建物を指差した。
「あんなとこにちょうど民宿があるよ。しょうがない、今夜はそこに泊まろうか」
そう言って、私の腕を取って立ち上がらせた。
「今夜が初夜だよ」
「え?ちょっと待ってください。私、そんなお金持ってないです」
「大丈夫!お金なら僕が払うよ。遠慮しない遠慮しない。あったかいお布団で、僕と一緒に寝ようか」
そして上機嫌に鼻歌を鳴らして歩き始めた。
引きずられる形で歩き出した私はふと考えた。
ひょっとして、これは騙されたってやつじゃないですか?
この人は最初から、こうなることまで計算済みだったのですか?
海に突き落としたことも、砂浜なんてない場所に連れてきたのも、全部が全部計画通りだったのですか?
どこまでが本当で、どこまでが演技なのだろう。
考えたけれどわからなくて、くしゅっ、とまたくしゃみが出た。
「馨ちゃん大丈夫?早く温泉入って浴衣着ようね」
そっと背中に手が回されて、あぁ、もう考えるのも面倒くさいや、と思ってしまった。
騙されてたとしてもいいや。
この人だけは、なんだか疑いたくない。
そう思って、夜の海と同じ色に染まったワンピースを見ながら彼についていった。