【五条悟】死にたがり女子と変態最強呪術師
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「砂浜なんてどこにもない」
薄暗くなった海岸沿いの道を歩きながら、五条悟がそう呟いた。
私は内心、「いま気が付いたのか」と呆れてしまった。
そろそろ夜になるから、死に場所でも探そうかと話していた時だった。
「どうしようか、馨ちゃん。ここ、岩場ばっかで砂浜がないよ」
遊覧船から降りたあと、店先で焼かれる魚介類にいちいち反応しながら土産屋巡りを始めた彼に、嫌と言うほど引きずり回されていた私は「当たり前じゃないですか」とうんざりして言った。
「海水浴場じゃないんですよ。野蒜辺りまで行かなきゃないです」
「じゃあ駅まで戻ろう」
「そこまでしなくていいですよ。あそこで十分です」
そう言って私が指差した場所は、木の裏に隠れるようにして海に出っ張っている小さな小さな船着場。
文句を言われることを覚悟していたが、意外にも五条悟は「あぁ、良いね」と嬉しそうな声をあげた。
「あ〜、すっごく良いね。忘れ去られた感じが良い」
彼の美的センスを1日で理解することは到底ムリだなと思った。
太陽すら見えない夕方の曇り空の下、灰色がかった世界にぽつんと残されたその細く伸びるコンクリートの塊に向かって、2人並んで歩いて行った。
「満月も見えませんね」
と、ほんの少しだけ紫がかった地平線を見ながら話しかけた。
「人生上手くいかないもんだ」
と、五条悟が笑った。
「月は出ないし、ここからじゃ海にダイブすることしかできないね。まるっきり予定と違う」
「別にいいですよ。美しく死ねなくったって」
船着場の先端に立って、夜の闇に染められていく海を眺めた。
月のない夜の海は、引きこまれそうで怖くなる。ただでさえ冷たかった潮風が、どんどん身体の熱を奪っていった。
どのぐらい深いのだろう。
と、爪先のすぐ先で広がる水面を見つめた。
真っ暗で何が潜んでいるかわからない。
ここから落ちたら多分、足がつかないだろうな。
もしかして、この泥みたいに黒い夜の海の中へ沈んでいくのは、飛び降りよりも怖いんじゃないだろうか。
「……美しく死ぬなんて無理なんですよ」
自分自身に言い聞かせるように、独り言のように呟いた。
「誰だって、死ぬ時はきっと傍から見ててみっともないんですよ。でも、苦しいのだけは嫌なんです」
背後にいるはずの五条悟は何も言ってこなかった。
だから構わず言葉を続けた。
「本当は、真っ白な世界にぶちまけたペンキの、その色溜まりの中で死んでゆきたいんです。だだっ広い空間に好きなものだけ敷き詰めて、その真ん中で死んでゆきたい。でもそんな夢みたいな死に方、絶対できないんです。だから私はここで十分なんです。そうだ、五条さん、私の遺書知りませんか?」
振り返って尋ねると、地面に顔を付ける寸前まで這いつくばってこちらを見ていた五条悟が「遺書?」と顔を上げた。
その表情も、闇に紛れてよく見えない。
「私の遺書ですよ。昨日の夜書いたんですけど、なくしちゃって……っていうか、何してんですか」
「あのね、この角度だとね、馨ちゃんのパンツが見えそうで見えないのが良いなって思って」
「やめてください」
そう言ったものの、ワンピースの裾を押さえる気すら起きなかった。
どうせこの下着も、彼の好みで選んだものだ。
今更見られようがどうってことないし、おそらくこの男は下着を見ることよりも見えないギリギリを見たいと思っているのだろう。
そんなくだらないことより、私は気になることがあるのだ。
「『この手紙があなたの手に落ちる頃には、私はもうこの世にはいないでしょう』」
黒い海を眺めながら頭の中に残っていた文章を呟くと、『とっくに死んでいるでしょう』と当然のように五条悟が続けた。
「『こころ』に出てくる、先生の遺書だね。あの小説は良いよねぇ。大人になってからその良さに気づいたけど」
膝についた砂を手で払いながら立ち上がった彼は、「ところで」と今更な疑問を口にした。
「馨ちゃんは、どうして死にたいの?」
「え?」
驚いた。
彼が興味を持っているのは私の死に様だけだと思っていた。
まさか私の死ぬ理由なんて聞かれるとは考えていなかった。
「気になるんですか?」と尋ねると、「うん。まあね」と平然と返された。
「……馬鹿ばっかりだからですよ」
「ん?」
「この世界のみんな、馬鹿ばっかりだからです」
そう言って私は、五条悟と向き合った。
海から吹いてくる強い風が、背中をぐんと押した。
二度もこの人の胸には飛び込むもんかと足で踏ん張って、真っ直ぐ前を向いて言ってやった。
「私はみんなとは違うんです。私はもっとやればできるはずなんです」
「それがどうして死ぬ理由になるのさ」
「身動きがとれなくなっちゃったんです!」
完全に日が沈んで、人影にしか見えない彼に向かって、私は言った。
「私、"出来るキャラ"になっちゃったんです。あいつら、勝手にレッテルを貼り付けるんですよ。"椎名さんが言うなら間違いないね"とか、"椎名さんならまたクラスで1位だろうね"とか。でも私、みんなの言うほど凄い人じゃないんです」
本当は何も実力がないんです。
私は叫んだ。
それが周りにバレることが怖いんです、と。
「中学から、高校に入ってもそれは同じでした。授業で分からない問題がある度に、どうか自分に当てないで、って下を向く気持ちがあなたにわかりますか。心のどこかで、やればできるって思ってるのに、努力するより、出来る自分を演じ続けることのほうに力を入れているんです。周りの奴らを見下して、自分より出来る人間にも、素直に"すごいね"って言えなくて、相手の欠点ばかり探している自分がいて……なに笑ってるんですか!?」
肩を震わせている様子の五条悟に憤慨すると、とうとう彼は大きな声で笑い出した。
「それが自殺の理由なの?」
「そうですよ!悪いですか!」
「全然。全然、悪くないよ。とても素敵でとてもくだらない」
「くだらない!?」
「『おお!その声は我が友、李徴子ではないか!』」
両手を広げてそう叫んだ彼は、「まるで山月記だね。馨ちゃんは虎にでもなりたいのかな?」と言ってまた笑い出す。
「大丈夫だよ。馨ちゃんが虎になっても僕は気付いてあげるから」
「言ってる意味が何一つわからないんですけど!」
「高2にか高3になったら分かるよ。『臆病な自尊心と尊大な羞恥心』多分テストに出るからさ」
あはは、と笑う彼に「私は真剣なんです!」と言うとピタリと静かになった。
「わかってるよ」
影になった彼は静かに言った。
「死にたいくらい悩んでるって、ちゃんとわかってる」
「死にたいんじゃなくて、死ぬんです。今から」
「才能を発揮できない自分が嫌だ。だから死ぬの?」
「はい、死にます」
「死ぬようには見えないけどね」
そう言って自分の言葉が面白かったのか、また笑い出した。
それから「死にたきゃ死ねばいいさ!」と私に人差し指を向けてきた。
「馨ちゃんが死んで、浜辺に遺体が打ち上げられたら、僕が埋めてあげよう。大きな真珠貝で穴を掘って、天から落ちて来る星の破片を墓標に置いて、その傍で百年君を待ってあげる」
「……それも、何かの小説の一節ですか」
尋ねると「『夢十夜』の第一夜!」と彼が一歩近づいた。
「さっきの遺書の、『こころ』と同じ作者だよ。夏目漱石。今から100年前に死んだ人。10年くらい前まで、1000円札の肖像画だった人。あぁそうそう、『こころ』と言えば超絶級に有名な台詞があるんだけど、馨ちゃんは知ってるかなぁ?」
そう言って更に近づいて、爽やかに笑う彼の瞳が見えた直後、自分の身体に衝撃が走った。
「"精神的に向上心のないものは馬鹿だ"」
そう言って片足を上げる彼の靴底がこちらに向けられていて、あぁ、蹴られたのかと気付いた時には後ろ向きに水の中へと落ちていた。
どぼん、と飛沫を上げて沈んだ自分の耳に、ごぼごぼと排水口みたいな音が聞こえた。