【五条悟】死にたがり女子と変態最強呪術師
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『右手をご覧くださいませ』
頭上のスピーカーから流れるガイドの声に、無意識に窓の外へと視線が向いた。
『見えております2つの島、湾内名所の、"双子島"でございます』
見ると確かに、海の上に丸い形と細長い形の、2つの島が浮かんでいた。
でもだからといって、それがどうしたとしか思えなかった。
あんなの、ただの岩だろう。
こんな面白くもない塊の寄せ集めが、どうして観光地になるんだろうか。
醒めた気分で見つめていたら、ほっぺたに冷たい感触がした。
振り返ると、五条悟がペットボトルを持ってにこにこしている。
「飲み物買ってきたよ。どうぞ」
そう言って隣の椅子に腰掛けてくる。
ありがとうございます、と手渡されたそれを受け取って、蓋も開けずに窓際に置いた。
それから、大きな溜め息を吐く。
「あれ、なんか元気なくない?もしかして酔っちゃった?」
俯く私の顔を覗きこんでくる五条悟。
この人の心がさっぱり読めないし、多分私の心も読んでもらえてないだろう。
なんで遊覧船なんかに……。
げんなりしながら窓の外を見た。
船着場に行く頃には雨は止んでいたが、依然灰色の雲は重たく空を覆っている。
波は穏やかだけれど、白い霧が立ち込めてしまっていて遠くの島は影しか見えない。
果たして今夜、私が目指す満月は見えるのだろうか。
「どう?」
窓の方を向いている私を景色を楽しんでいると勘違いしたのか、五条悟が身体をぴったりくっつけてきた。
「どうって……モヤモヤしてて何がなんだか」
と正直に言えば、「白んだ向こうに見える島々もまたいいんじゃない?」と訳の分からないポジティブなことを言って笑っている。
「松島はね、260個近くの島の集まりなんだ。伊達政宗も、松尾芭蕉も、アインシュタインも、みんなこの景色の上に月が浮かぶのを見て感銘を受けたんだって」
そんな素敵な場所に沈めるなんて、馨ちゃんてば幸せ者だね。と、相変わらずのブレなさ加減にも慣れてしまって、はは、と無表情で笑ってあげた。
私が遊覧船に乗っているのはもちろん五条悟のせいである。
彼は電車から降りるや否や美味しい海鮮丼を求めて観光案内所のお姉さんに話しかけ、そして教えてもらった店名を便りにスマホを駆使して昼食先に辿り着いた。
ここで会ったも何かのご縁。
が、彼の旅先での決まり文句らしく、巧みな話術で隣テーブルの女子大生と楽しくお喋りしていたが遊覧船の話が出た途端それに乗ろうと言いだして、食事もそこそこに私を引きずるようにして店から飛び出し今に至る。
「楽しいね。僕、昔に一回来たっきりだから懐かしいね。あの時はウミネコにお菓子あげれた気がするけど、今はもう出来ないのかな?」
そわそわと落ち着かない様子の彼はまさに遠足気分のようで、座っている私の腕を掴んで「馨ちゃんもデッキ行こうよ」と誘ってくる。
その仕草と口調は可愛らしいが、190cm超えの長身のアイマスク男だ。
ものすごい力で腕を引かれて、半強制的に私は椅子から立ち上がった。
しょうがなく歩きはじめて、すぐにあれ、と気が付いた。
私も彼も、両手に何も持っていない。
「あの、私の服どこですか?」
いつの間にか消えていたショップバッグの行方を尋ねると「とっくに捨てたよ」と言われた。
「仙台駅前のさ、コンビニのゴミ箱に捨ててきた。連絡先の紙と一緒に」
「えっ!?」
「もういらないでしょ?」
「ん、う……まぁ」
確かに、今夜死ぬなら荷物なだけだ。
でも、あの服結構気に入ってたのになぁ、と微妙な気分でデッキへと続く扉を開けた。
デッキへ出ると、まず煩いエンジンの音が耳をついた。
続いて、冷たい潮風。
灰色の海。
灰色の空。
ガソリンの匂いと、並走するウミネコたち。
「気持ちいいね」
先端の手すりに両手をついて、五条悟が目を細めた。
逆立っている彼の髪が、ばさばさと風でなびく。
その隣に私も立って、ジャグジー風呂の如く泡立つ海を見下ろした。
「こんな広い海を見てるとさ、どんな悩みもちっぽけに思えるね」
遥か遠くの地平線を見つめながら、五条悟が私に言った。
「五条さんにも、悩みがあるんですか?」
背が高くてアイマスクしてるけどたぶんイケメンで、声もカッコいい。
頭の良さとか運動神経とかよくわかんないけど、イケメンはそれら全てが備わってるって少女漫画で描かれてたから、きっとこの人もそうだと思う。
そんなムカつくほど恵まれたこの人に、悩みなんて言葉自体が不似合いに思えてならない。
けれど私の質問に薄く笑った彼は、「あるよ」と小さな声で囁いた。
「悩みのない人間なんていないんじゃない。バカにはバカなりの悩みが、優等生には優等生なりの悩みが。弱者には弱者なりの、強者には強者なりの悩みがあるんだよ」
「でも五条さんは、悩んでるようには見えません」
海を見ながらそう言うと、「悩んでるさ」と楽しそうな声が聞こえた。
「僕には夢があるんだ。強くて聡い優秀な仲間を作るために、後続育成をするっていう夢がね。柄じゃないけど」
「女の子関係なくないですか」
思わず突っ込むと、「関係あるよ」と私の腰に手が回された。
ていうか、この人の職業なんなの?
育成って言ってたけど、教師とか?
この人が?
そっちに驚くんだけど。
「僕は女の子はみんな好きだよ。結構昔はそれなりに遊んでたし。でもそれよりもずっとずっと仲間のことが好きなんだよね。女の子より同僚の人たちを優先しちゃってフラれるし」
「えっ、フラれるんですか?そんなイケメンなのに?」
「そうだよ。酷いよね。仕事と私どっちが大事なの?って聞いてきてさ。もちろん仕事だよって言った瞬間ヒス起こしてさ。ヒステリックな女って嫌じゃない?挙句の果てには傷ついたとか勝手に言ってさ、くだらない噂話まで流すんだよ」
ふふふ、とくすぐったそうに笑う五条悟見て、ぽかんと口を開けてしまった。
ひょっとしてこの人、私が考えるより悪い人ではないかもしれない。
この人は、女心を弄ぶ悪い男なんかじゃなくて、ただの素直で馬鹿でちょっと性格の悪い女好きな人ってだけかもしれない。
「他人の口から出た言葉なんかで、僕のことを評価しないでよ」
私と目が合った彼は、にっこり笑って「馨ちゃんが俺のことを信じてくれるなら、俺も馨ちゃんのことを信じるよ」と言った。
「………五条さんは、私のことを知ってたりしませんよね?」
何もかも見透かしているような彼の言葉に驚いて尋ねると、「高校1年生の椎名馨ちゃんでしょ?」と不思議そうな顔をされた。
「そうじゃなくて、昨日までの、その前からの、私のことを知ってましたか?」
「知らないよ。今朝初めて名前を聞いたんだから。でも知ってても知らなくても関係ないよ。君はもう昨日の君とは違うんだから。見なよ、こんなに綺麗になって」
それから私の耳に唇を寄せて、ふぅっと息を吹きかけた。
突然のことにびっくりして両手で耳を押さえると、「初々しいね」とくっくっく、と喉奥で笑った。
「五条さんは、その……、周りからの期待や悪評に、押し潰されたりしないんですか?」
顔が熱くなるのを感じながら、距離をとろうと横にずれたら「そんなの気にするほうが時間の無駄だよ」と私の身体を挟むようにデッキの手すりに両手をつかれた。
途端に逃げ場がなくなってしまう。
後ろは手すり。
左右は腕。
目の前には少し屈んだ彼の身体。
完全に固まってしまった私に。
「死ぬ前にやり残したこと、あるんじゃないの?」
と聞いてきた。
「……ないです」
「あるでしょ」
「ないです!」
「あるよ」
ぐい、と顔を近づけて、五条悟は私に言った。
「子供を産んだり、結婚をしたり、セックスしたりお酒を飲んだり。恋人を作ったり好きな人と手を繋いだり、ハグをしたりしてそれから、」
生まれて初めてのキスをしたり。
低く呟かれたその言葉の意味を理解したのと同時に、唇が優しく塞がれた。
うるさかったエンジンと波の音が、一瞬にして世界から消えていく。
触れるだけの唇を離した後、五条悟は、「見てごらん」と広がる海を指差した。
「これが今夜、君が沈む海だよ。世界中の海が全て繋がってるとしたら、今までいくつの命を飲み込んできたんだろうね」
潮風で乱れる髪を直そうともせずそう呟いて、何も言えずに黙っている私に笑いかけた。
船が大きく揺れて、自分の体重が彼に傾く。
それを受け止めるように、背中に手が回されて、今度は噛み付くように唇を奪われた。
足元から心臓に響いてくるエンジンの音と、波の音と。
割って入ってくる熱い感触に、どうしたらいいかわからずに、海へ視線を泳がせた。
されるがままにされたまま。
急カーブの後の、船から伸びる大きく弧を描いた波がとても綺麗だなと考えていた。