【五条悟】死にたがり女子と変態最強呪術師
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「いつもあんな感じなんですか?」
アパレルショップを出てエレベーターを待ちながら、私は五条悟に尋ねた。
背後の彼を振り返ると、丁寧にブローしてもらった自分の髪が揺れて甘い整髪料の香りが漂った。
黒いワンピースを着る代わりに、私が家から着てきた衣服を詰めたショップバッグ。
その中を覗きこんでいた五条悟は、「何のこと?」と顔を上げた。
「店員から連絡先をもらう…………っていうか、何してんですか」
「いやぁ、なんか馨ちゃんの私服からいい匂いするなぁって思って」
「やめてください」
急いでショップバッグをひったくると、「えー、けちー」と五条悟が口を尖らせた。
いよいよ自分の身にも危険が迫っているのではと思い始めたので、苦し紛れに「女の子、大好きなんですね」と皮肉を言えば「女の子はみんな大好きだよ」とけろりと返事が返ってくる。
「可愛い子はもっと好き。僕のことを好きになってくれる子は、もっともっと好き。好きになってくれない女の子はもっともっともっと好き」
「……ちゃんとお金、払うんですよね?」
「ちゃんと払うよ。同僚の後輩に頼んで。じゃないといろいろ面倒じゃん」
「…………」
「ああいう女たちは、支払いじゃなくて僕が目当てだからね。のこのこ行くわけないでしょ。ナニされるかわかんないし、一回寝ると彼女面されそうだし。それって面倒じゃない?」
貰った連絡先の書かれた紙をくしゃくしゃに丸め、近くにあったゴミ箱へと捨てた。
女の子が好きだっていう割には、言っていることはめちゃくちゃじゃないか。
随分な言いようだな。
チン、と上品な音が鳴ってエレベーターの扉が開いた。
奥に埋め込まれた鏡に、黒いワンピースを着た自分と、その後ろに立つ五条悟の姿が映る。
「今恋人は何人いるんですか?」
乗り込みながら尋ねると、「誰もいないよ」と彼は答えた。
「馨ちゃん、僕の彼女になってくれる?」
なりません。
そう言う代わりに「次はどこへ連れてくつもりなんですか」と尋ねた。
「んー……、次は下着屋さんかな」
「し、下着!?」
「一番大事でしょ?死んだら誰に見られるかわかんないんだから。知ってた?戦国武将も戦に行くときは、無理して綺麗なフンドシ締めたりしてたんだよ」
と、五条悟はさわやかに笑った。
「私、武士じゃないです!そこまでしなくていいですから!」
と、思わず叫んだ。
「なんなの馨ちゃん。今夜散る命に対して、ちょっと失礼じゃない?」
2階のボタンを押しながら真面目に怒る彼を見て、あぁそうか、と気付いてしまった私がいた。
この人は、全ての言動が適当で本気なんだ。
◆◆◆
「月に向かって歩くんだ」
仙台駅の改札を抜けて、広い通路の一番奥。
仙石線のホームから乗った電車の座席に座って、五条悟は私に言った。
「太陽が沈んだ後、満月が東の空にかかるでしょ?その月に向かって、砂浜から海の中へと歩いて行くんだ」
それが彼の考える、一番美しい死に方なんだろう。
「それをどうして私がやるんですか」
「だって、馨ちゃんは死にたいんでしょ?僕は海へと歩く君が見たい。需要と供給の一致。ギブ&テイク!ラブ&ピース!」
また適当なことを言って両手でピースを作る彼に「本気ですか?」とまた尋ねる。
「そのためにわざわざ、私を全身コーディネートしたんですか?」
「本気本気。僕はいつでも本気だよ!」
軽い調子でそう言った彼は、身体をひねって後ろの窓の外を見た。
つられて自分も窓を見る。
小雨の降る中、日本のどこにでもあるような平凡な田舎の景色がどんどん後ろへ流されてゆくだけだった。
タタン、タタン、と電車が線路を走る音を聞きながら、次は一体どこへ行くんだろうと考えた。
私は今夜、一体どこへ行くんだろう。
「月世界かなぁ」
心の声を読んだかのように、五条悟が呟いた。
見ると、彼は私のことを見ていた。
「僕が学生の頃使ってた現代文の教科書にさ、『Kの昇天』って小説が載ってたんだ」
前に直った彼は、さり気なく私の肩に手を回して秘密めいた笑みを零した。
「Kって人がさ、月へ行くために自分の影をじっと見つめるんだ。そしてその影を追って、海へ入って溺死する」
美しいよねぇ、とうっとりしたような声が私の耳元に落とされた。
「馨ちゃんは女の子だからさ、影じゃなくて、月を見ながら死んで欲しいな」
その言葉を聞いた瞬間、ぞくりとしたものが背中を伝った。
私の特技が初めて外れた。
第一印象はプレイボーイの女キラーだとかなんとかって言ったけど、この人は私の想像するよりもっとずっとヤバい人だ。
「すみません。やっぱり私、生きようかな」
「冗談に決まってるでしょ?そんな怖がらなくていいよ。」
何が本当で嘘なのかわからなかった。
逃げたほうが良いのか、それともこの人についていっても良いものか。
うんうん悩んでいたところに、ふと昨日の夜、教室で書いた自分の遺書を思い出した。
「その小説のKさんって人、遺書は書いていましたか?」
そう尋ねると、「え?うーん……」と五条悟は首をひねった。
「そんな描写はなかった気がするけど……なんで?」
「いや、なんとなく」
適当にごまかして、私はそっぽを向いた。
Kさんとやらの遺書じゃないのなら、あの出だしに書いた一文は、どの小説の一節なんだろう。
というか、私の遺書はどこへやったんだっけ。
考え込んだ私の耳に、次は、「松島海岸駅」とアナウンスが聞こえてきた。
すかさず「馨ちゃん、ここです!」と立ち上がった五条悟に、「え?」と驚いて腰を浮かした。
「松島に行くんですか?」
「そうだよ。なんと言っても日本三景の一つだからね」
「観光しに来たんじゃないんですよ」
プシュー、と音を立てて開いたドアの外へ、五条悟が飛び出した。
「なに言っちゃってんの?綺麗に着飾って、美味しい海鮮丼を食べて、美しい景色を見る。そして清らかな心で死ぬんでしょう」
笑顔でくるりと振り返った彼は、そう言って私に手を差し伸べた。