【乙骨憂太】クレオパトラの真珠
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私の彼氏である乙骨憂太は、たった4人しかいない特級術師の一人。
昨日まで出張任務に行っていた。
九州に。
一週間も。
彼が任務に旅立った初日、私は目が覚めるとすぐさまメッセージを送った。
『おはよう。任務頑張ってね!』
それから1日中返事を待った。
忙しいのかな、忙しいんだろうな、なんて考えながら部屋でゴロゴロしていた。
日が沈んでも既読はつかなくて、晩御飯を食べて、お風呂に入って、ベッドに入ってうとうとしかけた頃にようやくスマホが振動した。
『ごめん。今みた』
たったそれだけ。
でも嬉しかった。
返信しようとしたら続けてメッセージが送られてきた。
『今日は疲れたから寝るね。おやすみ』
悲しかったけど、おやすみのスタンプを押しておいた。
その日のやり取りはそれで終わった。
次の日、今日はこんなことがあった、あんなことがあった。
五条先生が七海さんを怒らせてた。
五条先生が夜蛾学長に怒られていた。
私はいろいろ送った。
でも返信が来たのは夜。
『楽しそう。五条先生は相変わらずだね。今からお風呂入ってくるよ』
それだけ。
また会話が途絶えた。
スマホを触る度に何度も確認したけど彼から返事はなくて、怒ったスタンプを送った。
返事がきたのは次の日の朝。
『ごめん、寝てた。おはよう。任務に行ってくる』
機嫌を損ねた私はそこでメッセージを送るのをやめた。
その後4日間、彼からは何も送られてこなかった。
任務で疲れているのはわかる。
1日中呪霊を相手に頑張っているのもわかる。
でもさ、ホテルに帰る帰り道の一瞬とか、お風呂あがりの歯を磨きながらとか、返信する時間はいくらでも作れるんじゃないの?
寝る前の5分でも電話するくらいならできるんじゃないの?
私は随分我慢をした。
任務が終わって憂太が帰ってきた日、私は聞き分けの良い彼女を演じようと『おかえり!』と可愛いウサギのスタンプと共にメッセージを送った。
そしたら返事はこうだった。
『ホント疲れた!勉強も宿題もしなきゃだし。明日図書館に行こうと思ってるんだけど、馨一緒に来る?』
それを見て私はスマホをベッドに叩きつけた。今ここに憂太がいたらその胸ぐらを掴んで問い詰めていたことだろう。
どういうことだよ。
勉強ってなんだよ。
宿題ってなんだよ。
図書館ってなんだよ。
私とデートはしなくていいのかよ。
怒りと悲しみでどうにかなってしまいそうだった。
でもそれよりも会いたい気持ちのほうが強かった。
『行く!』と文字だけでは元気よく返事をしてベッドに潜り込んだ。
というわけで、私は今朝図書館へ来た。
憂太は既に自習室にいて、向かいに座った私に気が付くと優しく微笑むだけでノートに視線を戻した。
その態度にまた怒りが込み上げてくる。
おい、久しぶりの彼女だぞ。
図書館なのにちゃんとお洒落をしたんだぞ。
有難くないのかよ。
もっとテンション上げてくれよ。
呪術師に夏休みはない。
けど世間一般では今は夏休みだ。
夏休みのいつもより人の多い自習室で、紙とペンと空調の音しかしない自習室で、私は静かに怒りを燃やした。
夏休みの宿題だってヤバいと言っていたわりに私よりも憂太のほうが進んでいる。
任務の数が多いのにテストの点数は私より高いし。
あぁそうか。
私が怒っているとわかっていたから図書館にしたのね、ここなら大声出されないもんね、と勝手に捻くれて勝手に落ち込んだ。
喧嘩になるたびに私が一方的に喚き散らすその声を、憂太はいつも苦手だと言っていた。
勉強する気にもなれず、机に突っ伏して腕の隙間から憂太を見上げた。
私と目が合うと、また優しく微笑んでくれる。
でもそれだけじゃ、私の心は満たされないんだ。
机に置かれた憂太の左手を握った。
彼の右手が伸びてきて、ゆっくりと私の手首を掴んで引き剥がす。
自由になった両手で消しゴムを使い始めた彼にムッとして、机の下のその足を爪先で軽く蹴った。
そしたら逃げるように椅子を移動された。
構って欲しい。
黙々と勉強する憂太の前で、私はわざと不機嫌を態度に出した。
乱暴に頬杖をついて、貧乏ゆすりをした。
それでも彼は困ったように笑うだけで一向に構ってくれない。
為す術もなく、私は憂太を見ていた。
そして知らないうちに集中している彼に見とれていた。
というわけで、冒頭の通りたしなめられたのである。
なぜ憂太は優しいのに他人の怒りにはこんなに鈍感なのか。
私がどんな気持ちで目の前に座ってるかどうしてわからないのか。
任務で忙しいことは知ってる。
特級術師だから余計に勉強の時間が必要なことも知ってる。
でもさ、久しぶりに会えたのにこれはないんじゃないの?
連絡できなくてごめんな、って、一言謝って欲しいんですけど。
私、ずっとずっと我慢してるんだよ?
限界だった。
私は椅子から立ち上がった。
自習室の扉を開ける。
開けながら、振り返ってみたけれど憂太はこっちを一瞥しただけでまたノートに視線を戻した。
信じられない。なんで追いかけてくれないの。馬鹿。
完全に拗ねてしまった私は、本棚の海へ飛び込んでいった。