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その時。
「何やってんですか、みんな待ってますよ。早く行きましょうよ」
レッドが夏油を迎えに来た。
「行かないよ。私は」
「どうしてですか?」
「どうしても何も行かないよ」
「なんでですか!!!!」
いきなり大声を出すレッドーーー灰原を夏油はじっと見つめる。
そして小さく口を開き、彼に向って言葉を投げた。
「…………よかったね、皆と仲良くなれて」
「はい!!!ありがとうございます!!!」
先ほどとは打って変わって、灰原は満面の笑みでにこりと笑う。
その笑顔に夏油は複雑そうな表情を一瞬みせたが、柔らかく微笑んだ。
「じゃあ、僕はもう行きますね」
ぺこりと頭を下げた灰原だったが、何かを思い出したように夏油の後ろを指さした。
「その扉。その扉は超えちゃいけませんよ」
ゆっくりと振り向くと、先ほどまではなかった白い扉が夏油の前に現れた。
扉には「BOUNDARY」という文字が書かれている。
「どうして、超えちゃ……」
「その扉は超えちゃいけません。その扉は……BOUNDARYだからです」
「………パウンドケーキ?」
「へ?」
予想外の返答に灰原は間抜けな声を出した。
至極真面目な顔で夏油は灰原を見つめる。
自分の言い方が悪かったのかなと心の中で反省をしながら、灰原はもう一度扉に掛かれている文字を読み上げた。
今度はさっきよりも声を張って。
「BOUNDARY!!」
どや顔で決め顔で口角を少し上げる灰原。
夏油は少し間を置いて。
「ハウンドドック?」
「へ、なんで、え、どうして、え、なんで、どういう……えぇ……」
まさか2回も聞き間違いをするとは思っていなかった灰原は動揺を隠しきれない。
わざとなのかそれともマジなのか。
確かめたくても少しだけ怖くて、灰原はゆっくりともう一度扉の文字を読みあげた。
「ば、う、ん、だ、り、い!!!!」
「BOUNDARY?」
「よかった。通じた」
「意味は?」
「…………………………………わかりません!!!!」
元気よく素直に応える灰原に夏油は思わず笑った。
「"境界"って意味だよ」
「なんだ、知ってるんじゃないんですか」
「すまないね。ちょっとからかってみたくなって」
「夏油さんらしいです。それより、その扉は超えてはいけませんよ」
「どうしてだい。さっきから同じことを言っているけど」
「こっちとそっちは違うからです。足を踏み出したらもう二度と戻ってこれない。つまり、"一方通行"なんです」
一方通行。
その言葉に夏油は眉を寄せた。
灰原はニコニコと夏油を見つめる。
「もう一度言います、夏油さん。その扉は超えちゃいけません!!」
そう言って、灰原は姿を消した。
一人取り残される夏油は、自分の後ろに現れた扉へと近づく。
開けるなと言われたら開けたくなるのが人間の心理。
夏油は、ドアノブに手を伸ばし数ミリの所で止まった。
「私に選択の余地はなかった」
ぽつりと吐き出した言葉。
まるで誰かに話しかけているような独り言のような。
どちらともつかない声で彼はただ真っすぐに扉を見つめる。
「今来た道はもうない。そんな時、誰かが私に教えてくれればいいのに。……私は暫く考えた。やってきたのは一本道だ。分かれ道など見えなかった。一本道の終点までやってきて、そして私の目の前に扉があった」
例えるなら、エスカレーターの降りる直前で足踏みをする状態。
そんな状態で長い間考えていた。
考えていても一つの答えしか見いだせなかった。
「誰か、そっと私に教えてくれればいいのに」
静かに、自分に言い聞かせるように。
夏油はそう言った。
じっと目の前の白い扉を見つめ続け、唇を噛む。
「だけど、やっと私は決断したよ」
大きく息を吸って。吐いた。
そしてドアノブに手をかけ開けようとしたその瞬間。
「お話はよく聞かせてもらったよ」
どこからか声がした。
夏油はドアノブから手を放し、辺りを見渡す。
しかし自分以外の姿はどこにも見当たらない。
「………」
自分以外の姿はどこにも見当たらないはずだった。
「アナタはここに居てはいけません」
「……誰だ、オマエは」
目の前には五条袈裟を着た"何か"がいた。
顔は真っ黒に塗りつぶされていて、表情が一つも分からない。
表情どころか男か女かさえも分からない。
その"何か"は夏油に向かって「ここから早く立ち去りなさい」と優しい口調でそう告げた。
「………先ほど同じような事を言われたよ。この扉を開けるな、ともね」
自嘲気味に笑いながら扉を指さす。
今来た道はどこにもない。
つまり戻る道はない。
どうするべきなのか。
「ここに居てはだめで戻る道もない。……私は一体どうしたらいいんだ。どこに行けばいいんだ!!」
「簡単ですよ」
夏油の叫びを遮るように、凛とした声が響く。
「扉を超えればいいんです」
「なんだって?」
「だから、扉を超えればいいんです」
「だってこの扉は……」
「その扉は、BOUNDARY!!」
「境界って意味ですよね」
「あ、ボケてくれないんだ」
ボケてくれると思っていたのか、"何か"は困ったようなしぐさをして笑ったようなそんな気がした。
不思議なことに、夏油には"何か"の表情や考えていることがなんとなく理解できた。
表情が見えないのに。
不思議に思いながらも、夏油は「境界は超えちゃいけないんだろう」と"何か"に質問をぶつける。
「なら、私がアナタに教えましょう。私がそっとアナタに教えてあげます」
ゆっくりと"何か"は夏油に近づいてくる。
怖い、という恐怖は一切なかった。
恐怖はなかったが、得体の知れない不気味さは感じていた。
夏油は少しだけ後ずさるも、"何か"は気にすることなく夏油の間合いまで入り込んだ。
「アナタは立ち続けることを諦めた」
「え……?」
「アナタは生きながらに死んでいた」
「オマエは一体……」
自分の心の内を見透かされ、夏油はこの時初めて焦りの色を見せた。
誰にも言ったこともない胸の内を、どうして目の前の奴は知っているのか。
それは夏油に"恐怖"を与えた。
「オマエは一体誰なんだ⁉」
不安や焦燥、恐怖、混乱などが一気に押し寄せてくる。
そんな夏油を見て"何か"はまた笑った。
「言っても分かんないと思いますよ」
「分からなくてもいい。誰なんだ」
「私の名前は……ウィンストン・レナード・スペンサー・チャーチル。第二次世界大戦時、イギリスの首相でした」
「本当かい……?」
「…………………………………嘘です!!!!」
「嘘をつくんじゃない!!本当の事を言え!!」
悪ふざけをする"何か"に向かって夏油は叫ぶ。
灰原といい目の前の奴といい、夏油を振り回すものだから少しばかり夏油は疲れてもいたし苛立ってもいた。
そんな彼の心境などおかまいなしに"何か"は夏油をまっすぐに見つめ口を開く。
「本当のことならアナタが一番よくご存知のハズだが……」
「え?」
「私はアナタの中にある"真理のYES"」
「真理の、YES……?」
真理のYESは言った。
大切なのは思い込むこと。
夏油は今国境を跨いでいることと同じことをしている。
どちらかを選ばなければいけない。
扉を超えるということは「GO」か「BACK」ではない。
「YES」か「NO」であることなんだと。
「YESかNO……」
「さぁ、アナタはどちらを選ぶんですか。アナタの昔の話を聞かせてください」