【七海建人】夢の場所
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2018年10月31日。
世はハロウィンだ。
私は仕事だけど。
この日も夜遅くまで仕事をし、疲れた首を回すと骨が鳴った。
相当疲れているなぁ、なんて思いながらパソコンの電源を切り会社を後にした。
いつものように電車に乗り込み、いつもの駅で降りる。
そのはずだった。
そのはずだったんだけど。
この日、駅は騒がしくて。
というか電車が遅延していて。
ハロウィンだからとかそう言う理由ではなくて。
なんだろう、何か事件が起きているのかななんて思っていた。
一瞬だった。
何か、身体に違和感を感じて視線を自分の胸に向けたら。
「……え?」
ボダボダと私の胸から大量に血が出ていた。
意味がわからなくて。
私の足元には血だまりができて、たくさんの人が倒れていた。
「いやいや、嘘でしょ……」
遠のく意識。
膝から崩れ私は地面にぐしゃりと倒れた。
聴こえる悲鳴がうるさいBGMのようだったのに、それすらもだんだん聞こえなくなってくる。
ああ、そうか。
死ぬのか。
何で死ぬのかもわからないまま死ぬのか。
霞む視界で、薄れゆく意識の中で。
やっぱり思い浮かべるのは、あの人の事ばかり。
「会いたかったなぁ……」
小さく呟いた言葉は、悲鳴にかき消され誰にも届きはしなかった。
ザザン……。ザザン……。
何かの音で目を覚ました。
ゆっくりと開く視界には、真っ青な海が広がっていた。
私、さっきまで駅にいたはずだけど。
なんで海にいるんだろう。
違う。私は死んだんだ。
ここは死後の世界かなにかだろうか。
それとも私が生み出した意識の産物なのか。
まぁ、考えても無駄かもしれない。
昔、あの人から薦められた本の中に書いてあった。
"人はみんな、海から生まれてきた"と。
本当かなって思っていたけど、目の前の光景をみると本当かもしれないって思う。
海に足を入れて、その冷たさを肌で感じる。
寄せては返す波は穏やかだ。
同じことを繰り返す毎日に疲弊していた私にとって、この穏やかさは安心できる。
なんでもない場所で、本を読んで。ただゆっくりと。
その時。
とんとん、と肩を叩かれた。
振り向くと、そこには、数年前別れた彼が立っていた。
「貴女もここにきてしまったんですね」
悲しそうに、寂しそうに笑って。
会えたことが嬉しいのに、言葉にならなくて。
開いた口はフルフル震えて、何か言いたいのに。何を言えば。
「リトさん」
名前を呼ばれ両手を広げる彼の胸に、私は飛び込んだ。
ぎゅっと力強く抱きしめられ、変わらない彼の匂いに安心して涙を零す。
お互い何も言わずに口付けをしあって、絡めた指はもう離さないというように固く握った。
「これからはずっと一緒です」
「別れてって言ってももう離してやらないから」
「そんなこともう言いません」
涙で濡れる頬を彼の指が拭って。
そしてまたキスをする。
一ページずつ、止まっていた時間が動き出すように。
今までの時間を取り戻すように。
ゆっくりと彼と今までの話をしよう。
これからの話をしよう。
私と彼が望んだ夢の場所で。
静かに、穏やかに、誰にも邪魔されずに。
二人だけの時間を。
ずっとずっと。