DOOR
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「それではただいまより、頭部切開、脳髄摘出及び、CPG、サイバーピクチャタリーグラウンドの合成手術を行う。よろしくお願いします」
手術着に着替えた硝子の声に、看護師たちは声をそろえた。
そして手術室で手術台に横たわる人間をただ見つめる五条を硝子は見つめる。
「どうした?」
「え?」
「緊張しているのか?」
「まさか」
「頼むよ」
「わかってる。……新しい時代の幕開けを見せてやるよ」
「楽しみだ。では、手術を開始する」
メスを手にした硝子は慣れた手つきで頭部を切開していく。
その横で固唾を飲む五条。
頭部を切開するのにそこまで時間はかからなかった。
「流石だね」
「は?」
「頭部を解剖しても平気そうだ」
「馬鹿にしてんのか?」
「まさか。馬鹿になんてしていないよ」
会話を交わす硝子に看護師は声をかける。
そして再び手術が始まる。
どのくらいの時間が経ったのかなんてわからない。
まるで時間が止まってしまったのではと錯覚するほどに。
その空間は緊張感で満たされていた。
そして、手術が成功し今度は五条の番となった。
パソコンにコードを入力し、人間と機械の交信を始める。
自分の理論が正しければ、既に成功しているはず。
そう信じて。プログラムを打ち込み、最後のキーを押した。
「どうですか?」
「大丈夫です。私の理論が正しければ、既に終了しています」
「それじゃあ」
「蘇りますよ‼」
その言葉と同時に。
植物状態だったはずの彼が。
手術台に寝ていた彼の手が。
「先生……七海さんが……」
看護師のその声に。その場にいた全員が彼を見た。
微かに。
彼の手が。
動いている。
いや、手だけではない。
ゆっくりと、固く閉じられていたその瞳も開かれた。
心電図は、ちゃんと生きているという証が刻まれている。
自分の理論が正しかったのだと、実験は成功したのだと。
喜んだのも束の間。
「先生!!脳波に乱れが!!」
「何⁉」
一人の看護師の声が手術室に響いた。
瞬間。
男の身体はまるで波に打ち上げられた魚のように暴れ、むき出しになった眼球は血管が浮き上がる程に真っ赤に染まり、そして口から泡を吹いていた。暴れる彼を押さえつけ鎮静剤を打つ。
が、意味をなさない。
急激に低下する心拍数。
パソコンに向かって、キーを打ち込む五条だったが手術室には無機質な音が響き渡った。
それは心臓が機能を停止した音。
ベッドの上の男は先ほどまで暴れていたとは思えないほど、ピクリとも動かず、その瞳は虚空を見つめていた。
硝子は見開かれている瞳を優しく掌で覆った。
固く閉じられた瞳。
安らかな表情で死んでしまった彼を見つめる看護師と硝子。
しかし一人だけまだ諦めていない人物がいた。
「まだだ……。まだ、終わってない……」
「もう無理だよ」
「無理でも無茶でもない!!僕は僕の理論道理にやるべきことをやったんだ!!必ず蘇る!!」
「もういい」
「もういいだって?……ふざけるなっ!!お前らもだ!!」
五条は硝子や看護師たちに怒鳴りつけ、そして何度も何度もプログラムを打ち込む。
しかし、ベッドの上の彼はもう二度と目を覚ますことはない。
それを認めたくない認められない五条は、息を荒くしただただ自分の理論を立証しようとした。
「科学に"もういい"なんて言葉はないんだよ‼」
「もう無理だ。無理なんだよ」
「僕が鍵になるって言ったじゃないか。僕が扉を開くんだっ!!」
「やめるんだ五条!!」
五条の肩を硝子は強く掴んだ。その力に。
五条はやっと、動かしていたその手を止めた。
静まり返る手術室。
硝子は看護師たちにこの場を離れる様に目線を送る。
そして彼らは頷き合って、その場を後にした。
室内に残るのは、医者と科学者と死体。それだけだ。
椅子から勢いよく立ち上がり、肩に触れていた硝子の手を払う。
睨みつける様に硝子を見るが、彼女の瞳はどこまでも真っすぐで、嫌でも理解せざるを得なかった。
力を失い、地面に膝をつく五条。
唇は震え、瞳は絶望を噛みしめているように揺れていた。
うなだれる様に俯く五条に、硝子は静かに口を開く。
「これで、いいんだよ」
「………」
「生命を繋ぐことはできない。人を、蘇らせることはできない」
小さく背中を丸め、震える五条の身体。
それを目に映しながら、硝子はただ淡々と正論を述べる。
「医学でも科学でも。死んだ人間を生き返らせることは、神への冒涜なんだよ」
「僕は‼僕は、限界を超えることができるんだ!!立ちふさがる壁の、その向こうを見ることができるんだ!!」
拳を握り思い切り床を殴りつける五条。
強く握りすぎたのか、掌からは赤い液体が滴っていた。
だけど誰もそれを気にすることなく。
重たい空気がこの部屋を覆っていた。
「この世に。"限界を超える"なんて言葉は存在しないよ」
「……」
「七海は確かに一度だけ、この世を見た。彼はお前の力によって、最後に金縛りが解けた。やっと死ぬことができた」
「……科学は、科学に限界はっ、……ない」
限界はない。
なぜなら先ほど確かに動いたから。
瞳を開けて指先が動いて。
死んだはずの人間が再び、この世に……。
限界などでは、ない。
「その時お前は確かに鍵となり、限界という扉を開けた」
科学に限界はない。
そう、はっきりと断言したいのに。
うまく言葉が舌に乗らない。
喉の奥でつっかえて、音にならない。
「五条。扉の向こうには、一体何が見えた?」
未だに憔悴しきっている五条に、硝子は容赦なく問いかける。
自分の言葉で、自分の実験結果を述べろと。
そう言った。
「扉の、向こうには……」
小さな声が、硝子の耳に届く。
か細く今にもかき消えてしまいそうなほどの、弱弱しい声。
「扉の向こうには?」
「……っ」
「はっきり言いなよ。扉の向こうには、何が見えた?」
「…………壁」
「もう一度言おう。"限界"なんて言葉は、この世にはないんだよ」
五条の前に現れる扉。
その扉には「LIMIT」と書かれていた。
家入は扉の前まで行くと、ドアノブを勢いよく回し、そして開けた。
その向こう。
扉の先は、真っ白い壁が聳え立っていた。
「っ……」
唇を噛みしめる五条。
目の前の現実を受け入れることができずに壁から視線を反らす。だが、硝子はそれを許さない。
「さあ、報告してください。お前は確かに鍵となり扉を開くことができた」
「!!」
「さあ、報告してください」
五条は、眉間に皺を寄せ奥歯を噛みしめ唇を噛み、震える足に力を入れて、ゆっくりと立ち上がった。
頭も心も体も何もかもが痛かった。
だけど、報告しなければいけない。
それが科学者としての仕事だから。
「科学は……日々進歩しています。しかし……科学の進歩は………っ、科学の進歩は、その"限界"を知ることです……」
進歩とは限界との一方通行のようなもの。
「2050年、プログレスサイエンス。お前は限界と向き合った。そしてお前は漸く限界に辿り着いたんだ」
「は、はは……はははっ!!」
五条は、声を上げて笑った。
腹を抑えて大声で笑い続ける。
進歩とは限界のこと。
それにたどり着いた時、五条は自身の鍵を開けることができた。
笑い続ける五条。
その様子を見ていた硝子は、静かにその部屋を後にする。
残された後も、男はずっと笑い続け、その瞳から一筋の涙を零した。