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新たな存在が生まれるために、初めはなんの存在も無い。
広がる遮断を止められず、通過した後で振り返る。
あり続けていた存在は、葛藤の中で後悔となり限界を超えた出口を見つけ、言いわけの中で閉鎖する。
ありのままを装うことは、壁の向こうを知ることだから。
いくつかの過程をみるために、いつも何かを見失い。
進化の過程を知るために、理解の限りを諦める。
あり続けるためのプロセスは、目の前の壁を越え続けること。
存在の行方を探すため、地平の彼方を見つめてる。
パタン、と音を立てて白髪の男―――五条悟は自身の書いた日記を閉じた。
「科学は、日々進歩しています。今のところ科学に限界はありません。優れた科学者は、科学の壁をも超えることができるのです」
そう言って五条は、静かに後ろを振り返る。
男の研究室にいる、白衣を着た女性はソファに座りコーヒーのカップを口へと運んだ。
そのアンニュイな瞳が、目の前の陽気な男を映す。
男は女性に近づき、向い合せのソファに腰を下ろし長い足を組んだ。
「正確に言うと、科学の壁を超える理論を実証できるのです」
そう言って、男は一冊のノートを女性に渡した。
女性はノートを受け取りページをめくる。
そこにはこう書かれていた。
【おそらく50年後には人類は、文字を電波に乗せて発信する機能を発明するでしょう。電磁波の仕組みを利用した火を使わず物体を温める装置を開発するでしょう。火や水の力を借りない、もっと新しいエネルギーを発見するでしょう。そして人間たちは、暑い日には涼しく、寒い日には温かく、快適な毎日を送る為、空気を支配することになるでしょう】
文章に目を通した彼女は吸っていた煙草を灰皿へと押し付け火を消した。
そしてノートを静かに閉じ、ローテーブルへと置いた。
「素晴らしい言葉だね。これは?」
「1950年、私と同じ科学者だった祖父が学会で発表したものです」
「1950……。今から100年も前ですか」
「予言、とでも言うのでしょうか。20世紀後半の科学の発展を述べた文章です」
どこか誇らし気な表情の男はノートを大事そうに手にすると、それを自身の机の引き出しの中に閉まった。
大きな背中を横目で見ながら白衣の女性は、再び煙草に火をつけた。
ライターの音を聴きながら、男は女性に尋ねる。
「家入先生は、ノストラダムスという人物をご存じですか」
「いや……」
「50年前までは誰もが知る予言者でした。フランスの医師であり、先生学者でもあった彼は1999年、世界が滅ぶと述べたんです」
「世界が滅ぶ?そんなこと当時の人間は信じたんですか?」
半ば笑いながら女性―――家入硝子は煙草の煙を肺の中へと入れた。
そう言う反応をするだろうと思っていた男―――五条悟もまた、その顔に笑みを張り付け再びソファへと腰を掛けた。
「半信半疑、と言ったところでしょうかね。予言なんてものは的中して初めてその真価が問われる。しかし、ノストラダムスの場合は、予言した1999年が近づくにつれその信頼度は上がっていきました。その理由は―――」
「当時の人間が、本当に世界を滅ぼせる力を持っていたから」
「そうです」
静かに五条は頷いた。
深く吸った煙草の煙を口から吐き出す硝子は、煙草の火を消し、まっすぐに五条を見据える。
「私も20世紀後半の文献を読みました」
「しかし、当たり前の様に月日は流れ、そして2000年を迎えた。この時から、偉大な予言者と崇められた彼の名前は人々の記憶から消されていったんです」
「なるほど。しかし……いや、科学者であるあなたにこんなことを聞くのはおかしいが……」
「なんです?」
言い淀む硝子に、五条は目で訴えた。
言いたいことがあるのならばはっきり言え、と。
硝子は、小さく視線を外しながらも軽く息を吐いた。
「科学の発展はあまりにもおろかな結末を辿った」
ゆっくりとソファから立ち上がる硝子は、本棚の前まで行くと一冊の本を手にした。
「20世紀後半、科学は無茶と言えるほどの過度の発展、そして犠牲を伴い、エコロジーなんて言葉が生まれた」
「……よくそんな50年も前の言葉をご存じだ」
「しかしその言葉は遅すぎた。まぁ、当時の人間もわかってはいたんだろう。しかし人々の自意識のようなもので同調できなかった」
「まったく、よくご存じだ」
「……文献を読んだんだよ」
手にしていた本を読む硝子に、若干の苛立ちを覚えながらも五条は組んでいた足を崩し、両膝に両肘を乗せ前かがみになった。
「それで。家入先生は何が言いたいんです?」
「……先生はやめよう。お互いに。……今日あなたにお会いしたのは、実はこのことが聞きたかったんです」
読んでいた本をパタンと閉じ、元の場所に戻した硝子はゆっくりとソファに座る五条へと身体を向けた。
ぶつかる視線と視線。
自分の言葉を待っている五条に、硝子は静かに口を開いた。
「科学に、進歩はありますか」
思ってもいなかったその言葉に、五条は思わず立ち上がった。
その表情は侮辱されたことに対しての怒りや、困惑などの色が伺えた。
「失礼。お気を悪く……」
「そういうあなたはどうなんですか?」
硝子の言葉を遮り、五条はぎらついた瞳を彼女に向けた。
「医学に進歩はありますか」
「医学は常に進歩しているよ」
「それは病の進歩に伴ってということだろ」
口調の荒くなり五条の言葉に、硝子は何も返せない。
何故なら五条の言う通りだからだ。
医学は病の進歩に追い付いていない。
硝子は言った。
今から50年も前に馬鹿げた話があったと。
1990年。
日本で初めてエイズが発見された年、無責任な医師は皆口を揃えて「2000年には特効薬発見されている」と言ったそうだ。
「予言でもなんでもない。ただの他人まかせにすぎない」
「それからもう50年以上も経ってしまった……」
「ああ。まぁ、当時の不治の病なんてもんはエイズくらいだったんだろう。彼らが今の現状を知ったら腰を抜かすだろうね」
2009年の時点で、神経、消化器、血液、呼吸器など全ての器官を合わせれば約130疾患もの指定難病が厚生労働省で疾患として指定されている。
つまり、未だに難病を治すための薬などは開発されておらず、今もその病気で苦しんでいる人がいるということだ。
2019年。
この年は世界を脅かした新型コロナウィルスが流行した。
空気感染や飛沫感染をするため、人々は外出の際は必ずマスクをし手洗いうがいを徹底的に行った。
「当時は、酷いものだったね。感染者に対して心ない言葉たちが飛び交って。感染者は何も悪くないと言うのに」
「それほどまでに感染力の高いウィルスだったのでしょう。仕方ありません。人間という生き物は未知のものと遭遇した時、視野が狭くなりますから」
「ワクチンが出来上がったのはそれから2年後のことだったけれど、中には"対処が遅い"という声も少なからずあった。病を治すための薬なんてものは、どこにもないとその時初めて知ったね」
「……それは科学も同じです」
ぽつりと、五条は小さく呟いた。
先ほどまでの自身に満ち溢れた男と同一人物とは思えないほど、どこか弱弱しかった。
科学が日々進歩していた科学者が今の現状を知ったらどう思うのか。
五条はそう思った。
なぜならあの頃は科学者であれば誰しもが「瞬間物質転移装置」や「タイムマシン」が本気で作れるとそう信じていた。
しかし蓋を開けてみればどうだ。
そんな夢から覚めたような現在は、未だにそんなものは存在しない。
科学の発展が終わってからもう50年以上も経ってしまった。
世間では誰も科学者などとは呼ばない。
そんな肩書はもはや存在していない。
「マッドサイエンティスト。闇で人体実験ばかりしている、そんなイメージしか持ち合わせていないんです」
「では、なぜあなたは科学者を?」
硝子のその質問に。
五条は唇を結んだ。
科学の発展はもうないと世間から見放されてしまった。
それでも自分が科学者でいるのは。
「科学者は常に次の時代の発展を想定しています。つまり自分が予言者となり、その予言を自ら実行するんです」
100年前の五条の祖父は50年後を想定し、そして50年後、科学はその通りの発展をした。
「今度は僕の番だ」
自分に言い聞かせるように。
五条はそう言葉に力を乗せる。
しかし硝子はそれをバッサリを切り捨てた。
「だが、その時から50年。科学は未だに闇の時代だ。科学の発展が終わってしまった現在、人々はみんな快適な生活を送っている。……科学は既に存在自体、不必要なものじゃないのかな」
「僕は今でも信じている!科学に、科学者に限界なんてない」
「ほぉ……何を根拠に」
「根拠なんてありません。ただ、鍵が必要なんです」
「鍵?」
新たな存在が生まれるためには、存在していない何かの存在が必要だと、五条は言った。
余りにも抽象的なそれに硝子は眉間に皺を寄せた。