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二人の空間は少しだけ静寂が流れる。
この沈黙が虎杖にはとてもうるさく、痛く、居心地の悪いものだった。
お互いに次に出る言葉を探しているような。
だけど、それを破ったのは伏黒だった。
「東堂の話しを聞いてさ、どう思った?」
「ん?何が?」
「役者。本当にダセェ、無理だって思ったか?」
「……そう、思う反面、正直ちょっと羨ましいなって思った、よ。伏黒、お前だってそうだろ?30手前にまでなって結婚もしないで好きな事やってんだもん」
「結婚はお前だってしてないだろ」
「俺はだって!!……いいんだよ、俺の話しは」
「……まぁ、確かに結婚もしないで好きなことをやってたら、そりゃあ羨ましく思うよな。でも、この年になったからこそ好きな事を続けていくって言うのは大変だろ。夢を追いかけてるみたいだぞ、二人とも」
二人。
虎杖は眉を寄せた。
東堂と、もう一人は誰だ。
「五条さん。あの人の家、名家じゃん」
「うん」
「家を継ぐために勉強とか留学とかしてたらしいけど、それ捨てて教員免許取るための勉強してるんだって」
「へぇ……、教師……」
「あと、東堂」
「役者、になること……。……本当、だっせえよなあいつ!!」
「虎杖。本当のこと言えって」
「……………ちょっとだけ、羨ましい、かな。ちょっとだけな」
「かっこつけんなって」
「しつこいな、お前!!」
同じ問答を繰り返す彼等。
そこから抜け出せ居ないのは、意識や感情がそういうサイクルをし続けているせいだ。
伏黒は、夏油をちらりと見ると「この人も大変なんだよ」と小さく零す。
何が大変なのか。
虎杖の視線が夏油に向けられたのを確認すると、伏黒は口を開いた。
「奥さんいるのに、子供二人残して田舎に単身赴任だって」
「単身赴任?うわー、それは寂しいだろうな」
「色々大変なんだよ」
「……私の話はいいんだよ」
今まで寝ていたはずの夏油が、ガラガラに枯れた声でそう言った。
ゆっくりと上体を起こし、目をこする夏油の顔は未だに赤い。
「まだ寝ていれば」という伏黒の声に夏油は首を横に振った。
「悠仁、よく聞け。こんな事言っているけどね、恵も毎日に毎日大変なんだよ」
「え?」
「この馬鹿野郎の親父さんが馬鹿野郎でね、多額の借金を残したまま蒸発したの。その借金を返すために恵はその会社を受け継いだんだけど、この間、恵のお姉さんが交通事故に遭って意識不明の重体。借金返済と入院費を稼がなきゃいけないって時に、こいつ、取引先でヘマしてね。一人で頑張っていたのに、倒産する一歩手前まで追い込まれてね」
「なんで、あんたがそんな事知ってんすか」
「私はなんでも知っているんだよ」
ケラケラと笑う夏油の情報網に伏黒は虫を潰したような表情をした。
「だけどね、一人で頑張っていたのを知っていたから、悟がね、入院費だけは支援してやるって。会社を立て直して黒字になった時でいいからってそういう約束をしてね。だから今恵は会社を立て直して頑張ってるんだよ」
「だからなんで知ってんすか。あの人が言ったんすか」
「だから言ったろう。私はなんでも知ってるんだよ。いい話だろ、悠仁」
伏黒がそんな大変な目に遭っていたとは知らなかった。
それ以前に、伏黒に姉がいたことを今知った。
それでも虎杖は、なにもかも一人で頑張る旧友に「そうだね」としか返せなかった。
伏黒も大変だが、夏油も大変だろうと思った。
結婚して幼い子供二人と奥さんを残して田舎に単身赴任。
寂しくないわけがないのだ。
「月に一回くらいは会いに行ったりしてるのか?」
「いや」
「なんで?たまには会ってやれば?」
「いいんだよ、離れ離れで。……離婚したんだから」
まさか夏油が離婚するとは思わなかった。
なんて言えばいいのかわからずにいる二人に夏油は笑う。
教育費がどうのこうの子供の教育はどうのこうの。
そういうものが煩わしかった。
家庭というのもは結局子供ができればそれが全てになる。
当たり前ではあるが。
そうなると、資金は女性が握ってしまう。
存在価値がわからなくなってしまった。
大黒柱、一家の主。
その言葉に騙されて、嫌になったと夏油は言った。
「気楽でいいよ」
そう言って、氷が溶けて味の薄くなった酒を一気に飲み干してそして咳込んだ。
口の端から零れる酒なのか涎なのかわからない液体を拭う夏油は、虎杖をまっすぐに見つめる。
酒が回って据わっている瞳なのに、その鋭さに虎杖の心臓は大きく跳ねた。
「悠仁の話し聞いてたけど、つまらない男になったね」
「は?」
「空間が違うとか超えたとか、悠仁はね、通り過ぎたものを振り返りすぎなんだよ。通り過ぎて後ろ振り返ってるくらいなら、勇気を出して後ろの下がってみればいいんじゃないんですかぁ⁉」
「夏油さん、水飲みましょう」
テンションが明らかにおかしい夏油に、伏黒はすかさず水を差しだした。
渡されたコップを掴んで一気に降下する。
緩くなった口元からは、水が零れ首を濡らし服も濡らした。
それを気にすることなく夏油は袖で口元を拭いて、もう一度虎杖に向き直る。
虎杖はただ、夏油の勢いとその言葉に静かに耳を傾けるしかできない。
「通り過ぎた扉を、その目で逆から眺めてみればいいじゃない。いつでも戻ることができるんだよ。悠仁!!見てろよぉ、いつか、いつか私だって奥さんとよりを戻してやるんだからぁ……」
言いたいことだけ言った夏油は再び、テーブルに突っ伏し寝息を立て始めた。
その様子を黙って見て虎杖は、口をきゅっと結んだあと、小さく伏黒の名前を呼んだ。
「あのさ、伏黒」
「ん?」
「俺、やっぱりかっこつけてたのかも」
みっともない姿を晒す夏油の姿は、他の人間からしたらかっこ悪く映るだろう。
だけど虎杖目にはそうは映らなかった。
こんな醜態を晒しながらも、自分の気持ちを、自分の本音を言う夏油の姿はかっこよく見えた。
建前と嘘で塗り固められた自分の方が、よっぽどかっこ悪い。
昔の友人に自分の弱さを曝け出すのは照れくさい。
相当な勇気がいる。
それをいとも簡単に夏油はやってのけた。
いや、夏油だけではない。
東堂も伏黒も五条もみんな。
自分の弱さを曝け出した。
曝け出したと言うよりは、暴露されたに近いが。
昔の自分と今の自分。
その違いに、昔の自分があまりにも眩しくて。
だけどそれを口にだすのは怖い。
「プライドみたいなものが、さ。なんか、あんじゃん」
「わかるよ、虎杖。……みんな、そうだって」
「なぁ……」
虎杖が何か言いかけた時、トイレに籠っていた二人の足音が聞こえた。
二人は「ゲロ吐き部隊、参上!!」と、ヒーローが変身をするときのようなポーズを取った。
先ほどまでの静かな空間は二人によってぶち壊された。
「すげえよ‼もうさ、ゲロが滝なの!!」
「交互に吐きまくったな!!」
「汚えな、二人とも!!」
「全部出してすっきりした!!」
「もう一回飲むぞ!!」
「もう飲むなよ‼」
「葵なんかすごかったぞ!!鼻からゲロだしてやんの!!」
ゲラゲラ笑う五条に、葵もまた笑った。
そしてテーブルで突っ伏して寝ていた夏油は、その喧騒の中目を覚まして。
「鼻ゲロマンだ」
と、ぼそりと呟いた。
その声は4人の耳に届き。
「「「鼻ゲロマンだ!!」」」
東堂を指さして笑った。
虎杖も昔のように、満面の笑みを浮かべて。
「よしっ!!二次会に行くぞ!!」
「夏油さんはもう飲まない方が……」
「いいや、飲むね!!悟!!いい店紹介して」
「おっけ~!!」
五条と夏油は肩を組み、バインダーを持ってレジへと向かった。
東堂もまた「今度こそは五条も鼻ゲロマンにしてやろう」と言いながら、二人の後を追いかけた。
遠ざかる3つの背中を見つめる虎杖に、伏黒は声をかける。
「お前も行くだろ、二次会」
「ああ」
「お前の話、もっと聞かせろよな」
肩を軽く叩かれた虎杖は、自分の先を行く同級生の背中をじっと見ながら、ゆっくりと足を動かした。
居酒屋だったそこは砂嵐となり、チャンネルが変わる。
かちりと音が鳴ると、目の前には扉が表れた。
「PASS」と書かれた扉。
その扉に向かって虎杖は歩き出す。
彼の頭の中で、同級生の声が聞こえた。
ような気がした。
【虎杖。超えて来いよ】
その言葉を信じて。
目の前にある扉のノブを回して。
扉の向こうに、足を踏み入れ、そして、静かに扉を閉めた。
瞬間。
指を鳴らす音と同時に。
空間は真っ白いあの大広間へと変貌した。
虎杖は他の4人の視線を感じながらも、ゆっくりと、自分の椅子へと腰を下ろした。